昨日の薬指 15



昼食というには少し遅い昼下り、レディは喫茶ティンカーに居た。

いつものようにお好み焼きを食べる為ではない。

「なあティンカーよ。単刀直入に聞くけど、なんであられに体を与えたん?」

ティンカーは夜の営業に向けてタンブラーを磨くだけで、レディの問には答えない。

 レディがまき散らす熱に人形達は小さく震えていた。

各々が「おにいちゃんとおねえちゃんこわい。」と、囁きながら。

「なんとか言えや。ティンカーさんよぉ!」

レディの熱を球体に圧縮した問を何とせず、バーの仕込みを続ける。

 とばっちりを受ける人形達は目を瞬いたり見開いたり、可哀想に膝が震えて棚から転げ落ちてしまいそうなった者もいる。

「レディ。子供達が怖がるだろ。」

小さい子を諭す様に優しく。

分かっとる。これはただの八つ当たりなんやと。

「レディ。お前の目にあられさんはどう映っている?」

「どうって何や!?あられはあられやろ!」

ティンカーは1つ大きく溜息をついた。

レディにはティンカーの溜息の理由が分からない。

「あられさんと久しぶりにお会いした。驚いたよ。繋がれたままじゃないか。」

レディにはティンカーの言っている事が理解できない。

おおよそ想定していた言葉から、全く見当違いなものが出てきた。

あまりにも拍子抜けで、目がぱちくりになる。

「繫がれたってなんにや?」

ティンカーがうちを見る目は、小さな子供を愛でるのでなく、悪戯っ子の相手に全力を出し切ったような、もっと言えば一周回って悟っているような。

「念にだよ。鎖ともいうか。」

鎖。重たくて冷たい。動いて鳴る音が、縛られている事を忘れさせない。

「レディ。あられさんに体を与えたのは、鎖から開放する為の第一歩を踏み出すのに必要だからだ。知らないか?いつまでも縛られているとどうなるのか?」

「そんなん知らへん。初耳や。」

そんなん聴きとうない。だって鎖の話をするティンカーの声色、暗闇の中で氷と刃物が飛び交っとる。

「忘れてしまうんだ。何で縛られているのか。そうなったら誰も助ける事はできない。」

「助けられないって…どうして言い切れるんや……?」

ティンカーの言いたいことは、うちにも伝わってきた。

あられがその状態に近いってことか。

うちのせいか?うちのわがままがあられを追い詰めとんのか?

「レディ、それは違う。念は鎖とも言うが、繋がりとも言える。それぞれが真っ直ぐに伸びていれば問題ないが、あられさんの場合は引っかかり絡まってしまったんだ。」

淡々と話しているように聞こえるが、温かみがある声や。子供達も懐くわけや。

「レディ、絡まっているなら解けばいい。それがお前の仕事だ。」

そうか、そうなんやな。

ありがとうティンカー。やる気が湧いてきたわ。

「レディ、これは別件だが、案内所の杉原君。彼は何者だ?」

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