昨日の薬指 14

仕事を受けてから、真っ先に来るべきやった徳重図書館。その1階にあるのがティンカーがこしらえた閉架資料保管室。

 依頼人が会って話がしたいと願う相手は、目の前で椅子に座ってなにやら難しそうな本を読み耽っとる。

残りのページの厚みからすると、物語は最終盤、話を切り出すリミットだと思うとつま先がピンと上を向いて、ふくらはぎまでつられて緊張する。

ふぅっと小さく息を吐くと、あられは本を閉じた。

長いこと同じ体勢で読んでいたのだろう。座ったまま両腕を頭の上まで伸ばすと、小さく震えた。

「浸ってるところ悪いんやが、これ調べて欲しいんや。」

おっちゃんから貰った切り抜きをあられに渡す。

「確かに預かりました。3 日程時間頂きます。」

いつものあられ。いつもの笑顔。

だから怖くなる。

「なあ、あられよ。その、なんて言っていいのか。」

「レディさんが歯切りが悪い話をするなんて珍しいですね。」

目を白黒させるあられ。本題を切り出せない。

「その、あれなんやが。体、どうしたんや?」

「これですか?ティンカーさんがくれたんですよ。普段からお世話になっているお礼だって。」

嬉しそうに笑うあられ。辻岡で見かけたときもそうだったが、生きている人間とさして変わらない立ち振る舞い。流石は魔術師ティンカーとしか言いようがない。完璧な魂の入れ物を作ったんやな。

「未だに信じられないんですよ。生きてた頃と変わらずで、思わず服も買ってきてしまったんです。」

青いカーディガンの裾を握って嬉しそうに。

その笑顔を曇らせる話をせなあかんのが辛い。

「あかりが会いたいと言っとるんや。会ってくれへんか?」

あかりの顔が一気に青ざめた。

当然の事。あかりの話をするという事は、あられの死に触れるのが不可欠。

あられの足元から透明な壁が生まれていく。遮られてしまう。

「お姉ちゃんが来たんですね。」

俯いてうちを見ない。

「不思議と分かってはいました。いつかお姉ちゃんとまた会う日がくると。」

机の上に涙が溜まってゆく。

うちもあられが泣くところなんて見とうない。

「時間を下さい。明後日の夜、辻岡で会うと伝えてください。不思議とあそこに居ると落ち着くんです。」

 閉架資料保管室を後にする。

扉越しに聞こえてくる嗚咽に背を向けて。

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