昨日の薬指 7


「他に好きな人がいる。」

本人は、なんて事は無いと澄ました顔をしていた。

そのせいで私は、美味しいかったであろう辻岡のランチの味はおろか、何を食べたかの記憶が曖昧だ。

辛うじて彩り豊かな飾り付けと、噛めばすぐ横から聞こえる天ぷらの咀嚼音は頭に残っていた。

 車を運転する花子先輩は、顔がニコニコと笑顔なだけでなく、嬉しそうに歌を口づさんでいる。

アニメで例えるならそう。恋するヒロインである。

花子の名の通り、満開の花。ここだけ陽だまりのような。

白いワンピースのすそをくるくる回して、踊りだしそうだ。

「鞘ちゃん、着いたよ。」

予め断りを入れておいたのであろうか、家主に一言声を掛ける事なく、車を家の前の駐車場に止める。

 中々に立派な洋風の一軒家だ。

周りの家と比べても、駐車場も庭もひと回り広い。

大きな会社の重役さんとかか?分かりやすいお金持ちの家だ。

呼び鈴を鳴らして出てきたのは、これといった特徴のない二十歳位のお兄さん。

もっと言ってしまえば、特徴が無いのが特徴。

だが、何だろう。さっきの黒牟田さんに似た雰囲気がある。

外見は全く違うのに。生木を焼いた時に出る、白が強い灰色の煙が頭の中を覆い始めた。

口と鼻、塞いでしまえば毛穴から立ち上がりそうだ。

「神谷電気です。エアコンの修理に来ました。」

簡単な仕事ならいつも私に押し付けて車の中で寝ている癖に、珍しい。花子先輩が率先して仕事をするなんて。いや、初めてかも。

「鞘ちゃん、今、私が働くなんて珍しいと思ったでしょ。」

おっと、その通りである。その通り過ぎて、何も言い返せない。だが、珍しいのはまごうこと無き事実なのだ。

「鞘ちゃんは素直に顔に出るんだから。読み取るまでも無いから楽ね。」

聴き間違えか?読み取るまでも無いって不思議な日本語だ。考えれば考える程、[?]マークが頭上に生まれていく。読み取るって何を?と。

「あぁ、来てくれましたか。いや、助かりました。」

居間の奥の扉から出てきたのが、家主の鮫岡さんのようだ。白髪混じりで品のあるシャツを着こなしている。嫌らしさなく、自然と上品さを漂わせていた。

 エアコンの詳しく話を聴けばなんて事は無い、部品交換だけで済みそうだ。

作業に取り掛かる頃には、[?]マークはさっぱり消えていた。


「詳しく聴かせて貰えまへんか?」

レディは俯いてさめざめと泣く依頼人に問い掛けた。

青いレースのハンカチで目許を押さえたまま、10分は経っていた。そしてゆっくりと再び顔を上げた。

「少し冷めてしもてんけど、良かったらコーヒーを一口飲んだらどうでっか?」

勧めたコーヒーからはもう湯気は立っていない。

一口飲めば心を落ち着かせるには充分だったようだ。

この時レディは、既に依頼人の堀川あかりの言霊を、支配下に置いていた。

だから、泣いてばかりのあかりにコーヒーを飲ませる事が出来た。やろうと思えば話を無理矢理引き出す事も出来たが、それは流石に残酷だとあくまでも自分から話し出すのを待った。

「私の妹は今村あられといいます。一卵性双生児だったんです。私と間違って殺されてしまった。」









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