昨日の薬指 6

あぁ、まさに初めての体験だった。

引き戸を開けて、目に飛び込んできたのは別世界。

席は中央にどんと構えたU字型のカウンターテーブルだけ。

BGMはかかっていない。外の木々が風に吹かれて木の葉の擦れる音が静かに流れていた。

仕事柄つい見てしまったが、天井カセット型エアコンは綺麗に磨き上げられていた。

文字通り埃1つ落ちていない店内。

「いらっしゃいませ。」

 お冷とおしぼりを持ってきた店員さん。

ほんのり甘い匂いが漂う、眉毛の無い人。

面喰らっておかしな顔をしていただろう。隣に座った花子先輩に肘で小突かれるまで口が半開きになっていたようだ。

少しだけ、顎が疲れていた。

「昼の一切を任されている黒牟田といいます。」

低いウィスパーボイス。なんて心地よい声。

握手を求められ、また肘で小突かれるまで握手したまま口が半開きになっていたようだ。笑顔に魅入られていた。

「先日はどうも。」

花子先輩と親しそうに話している。

断片的に聴こえてくる内容からすると、花子先輩が黒牟田さんからお礼の言葉を言われていみたいだが、詳しくは分からない。

絵になるなこれ。美男美女のツーショット。もしかして、花子先輩の彼氏さんとか?いや、秘密を暴くと決めたが、そんなプライベートを覗き見るって何だか罪悪感が腹の底からふつふつ湧き上がってきた。反面、ずっと眺めていたくなる。

「そんなにお似合いに見えた?」

 黒牟田さんが厨房へ戻って暫く、料理が出て来るまでの待ち時間。

花子先輩はクスクスと笑みを浮かべて聴いてきた。

「なんていうか、美男美女同士って感じでした!」

思ったままの事を口にした。

「鞘ちゃんは素直だから好きよ。」

一瞬、心臓が止まった。あまりにも綺麗だったから。

「でも残念でした。私、他に好きな人がいるの。」

次は驚きで心臓が止まったうえに、目玉が飛び出た。


メールでは日時の取り決めのやり取りしかしておらず、依頼の詳細は実際に会ってからになっていた。

 応接用のテーブルを挟んで、向かい合うように置かれた革張りのソファは喫茶ティンカーで使わなくなったのを譲り受けた。

湯気をあげるコーヒーも喫茶ティンカーから。

『妹と話がしたい。』

ソファに座り、その一言から次の言葉が出てこないのは、依頼人の堀川あかり。

身をぎゅっと縮め、指をもじもじと擦り合わせてばかり。

決して部屋が寒いからではない。ただ、少し埃臭いからティンカーの所に来てた業者を呼ぼうとレディはぼんやり考えていた。

こうしている間にも料金は発生している。

流石に気まずいので、レディは自分から仕掛ける事にした。

「ここは名前の通り心霊現象の対処をする所やけど、妹さんと話がしたというのはどう言う意味でっか?」

俯いたまま肩をビクッと震わせた堀川あかり。

「大丈夫です。分かっています。ここは行方不明の人間を探す探偵事務所ような場所ではない事は。」

絞り出た声は、今にも消え入りそうだ。エアコンが空気を排出する音にかき消されてしまいそうな程に。

「妹は、私の妹は殺されたんです。」

ようやく上げた顔。目には一杯の涙が溜まっていた。




 






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