クリームソーダの向こう側 4
喫茶店を出て暫く、相も変わらずレディさんに引きづられている。
腕をぐいぐいひっぱるので、指先に血が通わず、痛みを越えてさっきからは冷たくなっている。
掴まれている腕と反対の手で叩いて抗議するが、全く意に介していない。
何処に行くつもりなのか?いつになったら解放されるんだ?
今日だけで、靴底に穴が空きそうだ。
「この世界で大切な事その1!怪異についてよく調べる事や!」
レディさんが大きく両手を広げて叫んだのは、ガラス張りの建物の前だった。
頭と腕が同時に痺れる。ここはどこだと見渡すと、玄関には「名古屋市重徳図書館」と、大声を出すべき建物ではない事は分かった。
「杉ちゃん!鮫岡夫婦の物件を調査した時の事をおもいだしてみや!」
鮫岡夫婦については、渡された資料を読み込んだ。他に手段が無かった。
「今回は、ある所について調べる為に図書館や!何よりここには頼れる人が居るんや!金かからんしな!」
本棚に並べられた背表紙は、様々なフォントで「私はこういう者です。」と、名刺代りに自分達を主張している。
1つの建物に老若男女が一言も発する事なく、本を手に頭をもたげていた。
時計の針の音、本を検索する人が叩くキーボードの音、足音さえも壁に貼られた「お静かに」のルールを律儀に守っているようだ。
かつかつと響き渡るレディさんの足音。
周りの人の迷惑になっていないかと心配になる。
その足は、なんの躊躇もなく「関係者以外立ち入り禁止」へ向かっていく。
「ちょっとレディさん。怒られますよ!」
レディさんだけに聞こえるように、小声で抗議する。
「うちに任しとき!この先に用があるんや!」
関係者以外立ち入り禁止の向こう側は、重厚な鉄の扉と、右手には地下へ続く階段。
レディさんは迷う事なく、じっとりと空気の重い階段を降りてゆく。
降りきった先には、「閉架資料保管所」のプレート。
扉を開けると、首に「司書 今村あられ」と書かれたネームプレートを掛けたお下げ髪の女性が、両手をお腹の前で重ねて立っていた。年はレディさんと同い年位。少し年上で25歳前後か?
「お久しぶりですレディさん。用意はしてあります。」
鈴を転がすような声。
閉館資料保管所は、一階の本棚とは異なり、手に取らなくても年代物と分かる墨で書かれた古書や端が茶色く変色した新聞が保管されていた。
まだ新しい本もあるが、どうにも聞いた事の無い本ばかり。
「さて、これらがあの場所に関する資料やな!」
レディさんは、白い机に広げられた新聞に名古屋市史を眺めて興奮ぎみ。
閉めきられているからいいものの、これが一階だったらと思うと、この人はどれ程マイペースなのかとため息が出る。
「杉ちゃん、ここ読んでみ!」
指が指された新聞紙の記事には、「またも引き裂かれた死体。犯人は依然として不明。」と書かれていた。
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