クリームソーダの向こう側 10

ここはうちの金庫や。

二度と開かないよう固く閉ざして、鍵は処分した。

無理矢理こじ開けたんや。

内側からガタガタ動いていたのが収まったとしても、中身が変質した訳やないのは知っとたのに。

初めは、自分から来た訳やない。

20年前の夏の日、共働きの親が帰ってくる迄、一人で学校帰りに公園で遊ぶのが日課やった。

話し掛けられたんや。「あなたも寂しいの?良い所へ連れて行ってあげる。」って。

日の落ちきらない、空の青にうっすら橙が移る時間。

巫女さんの服を着た姉さんやった。

優しく私を心配する目。今まで誰にも掛けて貰った事がない、穏やかで荒さが全くない声やった。

だからうちは、差し出された手を握った。

白くて細い指。掌は叩く為だけにあるものじゃないと知ったんや。

異界は楽しかった。何をするんも自由。

うちに温かく、遊び相手になってくれる人達。何でも話を聴いてくれた。体を擦りつけたり、甘えてくる動物達。撫でると心地ええんか、目を細めたりして。

ここが天国やと思っとった。

ライトニングはんが操り人形を手にして、うちを異界から連れ出した時はほんまに悲しくて、腕の中で暴れて泣いた。

「離して!離して!帰りたくない!ずっとここにいたい!」

神様達はライトニングはんを止めようと、鬼の形相になって追いかけてきおった。

今まで優しくて大好きだった神様達に、はっきりと恐怖を覚えた。

巫女の姉さんは、ただ立ち尽くして涙を流していた。唇は「絶対に取り戻す。」と、動いた気がする。

脱出する際に、神様が一人、うちを追いかけて一緒に出てきはった。

一番可愛がってくれはった神様やった。


「ただの気まぐれよ。私と同調したあの子を拐ったのはね。」

両手を広げて僕を見下す巫女さんは、さながら劇場で立ち替わり入れ替り動き回る女優だ。

観客の視線など気にも留めない。自分の思うまま立ち振る舞っている。

「でもね、一人連れてかれるとは思わなかったわ。取り戻してやるわ。あの子も仲間も。」


外の世界はうっすら雪が積もっとった。

神隠しと騒がれとったうちが帰ってきたのを、家族は喜ばんかった。

「帰ってこない方が良かった!」

今、考えれば両親が激しく動揺しとったから出た言葉だと分かる。

自分の子供が神隠しから帰ってきたとなったら、周りからどんな目で見られるか。

実際、それから毎日のように家の周りを記者達が囲った。

一挙一動を監視される生活。家庭が崩壊するのは必然やった。

それでもしつこく付きまとう記者に言い放ったんや。

「付きまとうな!どっか行け!」

記者はうちが言った通り、ふらふら揺れる足取りでどっか行った。

「止めて!叩かないで!」

部屋の中で、うちを叩く両親の動きが止まった。

他の人には見えへん守り神様が、膝を曲げてそっと抱き締めてくれた。

うちの言霊で相手を操る。それが神様なりの守り方やった。




















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