胡麻の廃屋 7

言われた通り案内所に寄ったのは午後1時過ぎ。

流石に昨日ははっちゃけ過ぎたのか所長の顔色は悪く「じゃあこれあげる」と一言告げると机に打っつぷした。

 渡されたのはトートバック。受け取ったのは篠崎さん。

中身は分からない。

固く握る様子から重要な物が入っているのは分かった。


篠崎さんに連れられて到着したのは高級住宅街だった。

洋風の煉瓦造りの家から正統な和風の家が立ち並びどれも大きくたっぷりと庭を有している。

 白木さんが撮った廃屋はコの字に並ぶ住宅の一番奥に建っている。

周りの家が立派なだけにその廃屋は異質。

どの家も庭は綺麗に整えられているのにその廃屋は雑木林。

お世辞でも造りが立派と言い切れない。

空き家と言わられて思い浮かぶ茶色の壁の廃屋。

ただ、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。

「お待たせしましたぁ!今日は本当にありがとうございますぅ!」

物静かな住宅街に場違いな挨拶。

上下緑のジャージを着た白木さんが両手を振ってこちらに来た。

「歩行者用信号か」

白木さんには聞こえない小さな声で篠崎さんが呟いた。

確かに赤毛で緑のジャージ。

見えなくもない。

「はい!ここでグダグダしてても始まりません!早速ですが中に入ります!」

白木さんが手にしているのはメッキが剥がれた鍵。

玄関の扉に差し込むとカチッと解錠の音がした。

「なんで私が合鍵を持っているかは企業秘密です!正確には私も知りません!編集長から渡されたのですが、詳しくは聞いていないのです!」

聞いてもいないことをぺらぺらよく話す人だ。

「私もお邪魔するのは初めてなので!とても!とても!不安で!」

心配になる事を言わないでくれ。 

安っぽい木の木目のシートが貼られた玄関の扉。

白木さんが開くと中から風が吹き抜けた。

運ばれた埃やカビの匂い。

「お邪魔します」

住人が不在の廃屋だが一応の挨拶をする。

蔦が窓を覆っているせいで中は薄暗くひんやり冷たい。

靴箱の上に絵が飾られている。

ぐるぐると黒と肌色のクレヨンで描かれた誰かの似顔絵。

右下に書かれたタイトルは「お母さん」

描かれているのがかつての家主か?

 玄関から正面に二階へ続く階段。

両脇に扉が備わっている。

写真の位置関係から件の台所は右側か。

閉まった扉が開けることを拒んでいるようだ。

「先ずは台所を目指しましょう!」

白木さんを先頭にして玄関から右側の扉を開ける。

廊下だった。

埃が積もって廊下がうっすら白い。突き当りにまた扉。

長い事誰も通っていないようだ。

廊下の左手には襖。和室があるようだ。

開けてみたい衝動に駆られるが先ずは台所だ。



「おかえりなさい」

誰にも聞こえない小さな声で白木が呟いた。

白木自身、なぜ呟いたのか理解していない。


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