胡麻の廃屋 8
扉にはめ込まれた磨りガラス越しの歪んだ台所。
長方形で花びらの形に盛り上がったガラスが昼の明かりを廊下に落として、燃え上がろうとしているようだ。
薄暗さに慣れた目に染みる。
「ここが台所ですね……」
ずっと興奮気味でカメラのシャッターをきっていた白木さんのトーンが落ちた。
篠崎さんが吐く煙草の煙が廊下に充満して、漏れ出す光に重なっていく。
「失礼します……」
安全の為に土足で踏み込んで失礼も何も今更ない。
ゆっくりと開かれる扉。
埃の塊が頭上に落ちてもそんな事、白木さんは気にしない。
そして飛び込んだ。
そこは台所というよりダイニングキッチン。
三脚の椅子が向かい合う長机。油性ペンで一杯に落書きされている。
明かりを取り込む窓の下は流しと調理台。
写真にあった通り、プリントが褪せた食器洗剤の容器が立っている。
調理器具の類も見当たらない。
がらんとした台所、窓の外には高級住宅が続く。
質素なのだ。この廃屋が時間から置いてきぼりにされている事実だけが胡座をかいていた。
写真を撮り続ける白木さんを横目に篠崎さんは煙草に火をつけ、ごそごそとトートバックから御札を一枚取り出した。
「その御札ってなんですか?」
出来る限り平常心で。
篠崎さんに声を掛けるって緊張する。
今に今、思うことじゃない。その自覚はある。
「呼び鈴」
背を向けたままだが答えて貰えた。
床にペタリと貼られた御札を観察してみる。
僕が鮫岡さんの家に貼ったものとはまるで違う。
そもそも所長曰く、あれは想いを断ち切る札と言っていた。
そしてこれは……御札?
呼び鈴。正に呼び鈴だ。
真ん中に鈴の絵が描かれているだけの御札。
「ここが一番撮りたかった台所ですが何だか拍子抜けですね。他もみてまわりましょう!ここ、周りが高級住宅街のおかけで荒らされてないんですよ!何かあれば警備員がひとっ飛びです!」
「そいいえばなんでここだけ廃屋なんですか?周りは高級住宅なのに」
「それはですね!編集長いわく!家主がある日突然!行方を断ったらしく!所有権が生きているので下手にいじれないらしく!」
成程と手を叩いた。
「さてさて!見ていない場所は他にもありますから!気を取り直していきましょう」
余程、台所に期待をしていたと見える。
白木さんの語尾が少し下がった。
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