情報過多精神的事故物件 8

人形が話している?

しかも、動いている?

なんだこれ?

疑問がいくつも湧きでて、答えが一つも提示されない。

「怖がるだろ」

言われて、胸に埋まる人形の指先が震えているのに気が付いた。

僕は知らないうちに、随分と怖い顔をしていたようだ。

「ごめんなさい」

こちらを目の端で捉えて、また埋めた。

掴んで離そうとしない篠崎さんのジャージの皺が深くなる。随分と嫌われてしまった。 

純粋な子供に嫌われるというのは、どうにも気が重い。

「おねえちゃんね、今からおにいちゃんとお出かけしないといけないの。だから、みんなとお留守番しててね」

確かに首を二度縦に振った人形はそっと降ろされると、振り返らずに扉の前に長い髪を揺らして走って行った。

身体が軽くて床を踏み込んでも足音がしない。

彫り込まれた渦巻き模様に指を掛け、部屋に入っていった。

 表情もそうだが、関節の滑らかな動きは正に人間。

「着替えたら行くぞ」

言い残して篠崎さんは、人形が入っていったのとは別の部屋に。

色々聞くタイミングを逃してしまった。

 もし、かおり姉がさっきのやり取りを見ていたら?

きっと篠崎さんから人形を取り上げて「えっ!?凄い凄い!どうやって動いているの?」って、目を輝かせていたただろう。

好奇心が人の形をして歩いているような人だから。

 かおり姉とはよく喧嘩もしたけど、なんだかんだで僕の心配をしてくれていた。

親父と喧嘩して家を出た時も、駅で電車を待っているときに電話で「頑張れよ!」と励ましてくれたのもかおり姉だった。

僕たちは仲がいい。

友達と話しても、姉二人と旅行になんて考えられないと。

 止め処なく溢れる記憶と同時に、かおり姉に死の呪いをかけた者に対して底知れぬ怒りが湧き出る。

 そいつはどこにいて今は何をしている?

かおり姉にしたことを他の人にしているのか?

絶対に許さない。許せるはずがない。

もし、見つけ出したら。

 ふと、視線を感じた。

篠崎さんか?

違う。まだ出てきてない。

かおり姉か?

違う。寝ている。起きて欲しいと希望的観測がつくった錯覚か?

 背中を撫で回すように首元に這い上がってくるこれが錯覚なのか?

 僅かに開いた引き戸の隙間の暗闇に、白い顔が浮き上がっていた。

人形だ。目が合うと、すすすっと閉めた。

思わず「うわっ!」と叫んでしまった。

昼ドラの嫁を監視する姑か君は。

「うるさい」

着替えたらといった篠崎さんは、普段のジャージ姿だった。

正直、別の格好を期待していたよこしまな自分を否めない。

「行くぞ」

ズボンのポケットに煙草とライターを突っ込んで玄関へ進む。

「どこ行くんですか?」

呪いを解くあてに心当たりが?

「ティンカーだ」 



お姉さんか。

親族が居ない私にとって羨ましい限り。

愛してくれる人がいて、彼も普通の世界に居るべき人間なんだと痛感する。

 長く暮らしたこの部屋には様々な私が残留している。

眠りについた彼は、どの私と会うのだろう?

深くなければいいけど。

廃屋の探索を終えてから、いつも一緒にいて先導をとっていたあの子が彼と離れている。

今、深みに足を踏み入れたら。

 考えるのは止めよう。私にできる最善を尽くすだけを考えろ。

 このジャージも白線に黒が滲んできた。

真新しいのに着替えなければ。

 クローゼットに何着も同じ純白のジャージが吊るされている。

どれも一緒だ。

身につければ、たちまち黒が広がり白線が残る。

 いつになったら解放されるのだろうか。

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