情報過多精神的事故物件 9
「もう、おにいちゃんは」
「ねぇ、きいてるの?」
ソファに座っている二体。
「おねーちゃん、まだかなぁ」
カウンターの端で両手をテーブルに着け、うわの空で足をぱたつかせながら。
「ねえねえ、それ、だれのまね?」
「かみのながーいおねえちゃん」
窓辺から。
一旦、客足が途絶えた喫茶ティンカーの昼下り。フランス人形達が好き勝手にお喋りしている。
ティンカーは「彼らが自ずと構築する社会性を重視して」との名目で、最初から放置を決めていた。
「あっ、ちょっとまって!」
夜の営業に使われるグラスや皿が収納された食器棚に置かれた子が叫ぶ。
「りりりりーん。りりりりーん。はいこちら、きっさティンカーです」
掌を耳に押し当てて、電話ごっこを始めた。
上擦った声に喜びの色が隠せずにいる。
棚の硝子が共鳴して微かに震えた。
「うん、うん。わかったぁ!」
満面の笑みを浮かべた彼に誰もが注目した。
「しのざきおねーちゃんくるって!」
一瞬、ティンカーが顔を顰めたのには誰も気が付いていない。
篠崎さんのアパートのフランス人形の既視感はこれだ。
ティンカーさんの喫茶店にも飾られているからだ。
改めて見てみると、さっきのやり取りのせいで精密な作りによるリアルさでなく、ここのフランス人形達も動いたり話したりする気配すら感じる。
思い込みか、幻覚に近い視線が刺さる。
いや、まさかね。
「コーヒーふたつ」
カウンターに座り、メニューを見ないで篠崎さんが注文した。
「どうぞ」と置かれたまま口にすることなく、焙煎された豆の香りと沈黙がふわふわ細くたなびき漂っている。
妙な緊張から喉が渇く。
とりあえず一口すする。コーヒーの旨いまずいは分からないけど、苦さが春菊のような野草に似たものが混じって独特だ。
カップをソーサーに置く。
篠崎さんが横目で、ティンカーさんが正面から見据えていた。
だけでなく、店内の至る所から視線が刺さる。
非難されているのか?飲んではいけない訳じゃないよな?
「えっ…?あの…」
口にしたかった言葉。
「ぎぇっ…!がぁ!あっ…!」
実際に出てきたのは喉を潰されたうめき声。
「はっくっしょん」
と、誰かが平坦なくしゃみをした。
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