情報過多精神的瑕疵物件 10

息苦しさと駆け巡る激痛。

喉に指が食い込み、直に骨が軋んで熱を孕む。

肺も体重で押し潰されている。 

辛うじて開く目で馬乗りになっている相手の顔を…。

せめて一矢報いるために…。顔だけでも!

細く消えていく意識を掻き集め、一瞬だけ明瞭となった視界の全てを忘れんと目を見開く。

 馬乗りになっている者は怯えていた。

顔が定まらない。

表情が定まらないのでなく、老若男女の顔が浮かんでは霞となって消える。

 息苦しくて死んだのではない。確かに首の骨が折れる音を聞いた。

背中から熱が抜けていく。力も抜けていく。

頭の中を砂嵐が駆け抜けていった。

 僕は馬乗りになって篠崎さんの首を締めていた。

「ねえ、次はどうやって愛してくれるの?」

僕はどんな顔で答えたんだろう?

いや、解っている。

僕達は笑いあうだけで繋がっている。


「はっくっしょん!」

目が覚めて聞こえてきた第一声。

枕にしていた腕から頭を持ち上げようにも異様に重たく、離すのに随分と難儀なんぎした。

日がすっかり落ちて、喫茶店のランプは仄かな明かりを灯していた。

「起きたか」

声を掛けるだけでこちらを見ない。

そんないつも通りの平坦な篠崎さんに安心する。

 思い返せば今日は姉に怯えたり、人形に優しく接したり普段は見ない顔を多く見た。

「ほら、もう大丈夫なんだから」

ティンカーさんが篠崎さんが抱えている人形に手を伸ばすと、人形は確かに首を振った。

 薄々気づいてはいたけど、ここの人形達もやっぱり話せるのかと思っていると、ズボンの裾を引っ張られた。

人形が心配そうな顔で見上げていた。

「今から大切な話をするから子供はもう寝なさい」

ティンカーさんが優しく諭すと、人形はぽてぽて歩いてソファの端に座った。

「単刀直入に言おう。君が見た夢は呪いの残滓ざんしだ」

篠崎さんの煙草の煙が鼻先に漂ってきた。

不思議と爽やかな香りに感じる。

「夢の内容は話さなくていい。こちらで共有していたから大丈夫」

優しく諭すように言われると、嬉しいような悲しいような。

「本題に入ろう。君のお姉さんは生きながら呪具にされている。全く無自覚にばら撒く存在に」

空気か凍りついた。凍りついた空気より更に身体が冷たく凍っていく感覚が全身を襲う。

「最悪の場合、君のお姉さんは大切な人を失うことになる」

ティンカーさんが放った言葉で、思考回路ひび割れていくのを感じた。






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