情報過多精神的瑕疵物件 7

真っ暗闇。

目を瞑った時と眠りに落ちた瞬間の断面はぴったりと切れ目なく続いている。

 何処かで誰か泣いている。

助けを求めて泣いている?

啜り泣く声。静寂の空間だから聞き取れる微かな。

耳にした者の道徳観とか損得勘定なんて吹き飛んでしまう。

絶対に手を差し出さなければと。

 声の主は一体どこに居るんだ?


目が覚めると両腕を伸ばしていた。

すぐに力が抜けて指が顔に当たる。 

夢が続いているような浮遊感で痛みは麻痺していた。

それと、見つけられなかった悔しさもある。

「さっきから面白そう」

棚に向けた足先から、篠崎さんのと違う声がした。

かおりねえとも。

 じゃあ、誰だ?

まだ幼い、性別の判断がつかない声の主は。

 半身を起こして辺りを見回す。

篠崎さんの姿は見当たらない。

かおりねえも寝たまま。

 聞き間違えの可能性が頭をよぎる。

夢の中の声の主を見つけられなかった焦燥感が生んだ幻聴か?

 ……なぜ僕は、そこまで夢の中の声の主にこだわっているんだ?

自分でもまるで分からない。

おかしな部屋が思考までおかしなものに作り変えてしまうのか?

 でも、無性に夢の中の声の主に後ろ髪を引かれる。

 篠崎さんは見当たらないし、かおりねえは寝たまま。

「さっきから面白そう」の声の主はどこに?

夢の中の声の主ならいいのに。

見つけられなかった後悔がやってくる。

 さっきから思考が同じ所をぐるぐる回ってないか?

「さっきから面白そう」

また同じ。

同じ声が考えが頭の中を回る回る。

「おねえちゃんの煙草なら右にあるよ」

改めて教えるように、催促するような声。

向こうから見ると様子がおかしくて心配で、そのうち泣き出しそうに震えている。

 声の主に従い、置いてある煙草に火をつけた。

篠崎さんの見様見真似みようみまねで、深く一息。

喉から肺にかかった慣れない刺激に思わずむせた。

「わあ!大丈夫?」

背中を擦られて、少し楽になった。

有り難い。感謝の後に残る疑問。

 しかし、なんて小さな手なんだ?

それに、声は足先から聞こえていた。

今は、背後に居る。

足音は咳に掻き消されたのか?

 後ろに居る熱を感じない手の持ち主は誰だ?

「起きたか」

篠崎さんの声だ。

「うん、おにいちゃんおきた」

振り向けば、篠崎さんがティンカーさんの店に飾れていたのより、ひと回り大きなフランス人形を抱いていた。

 篠崎さんの方を向いて瞬きしている。

甘えるように胸元の服を握りしめて、決して離そうとしない。







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