昨日の薬指 5
私が言うのもあれだが、花子先輩は変わっている。
くりくりと丸い目の中は、いつも好奇心が一杯で全力で動き回っていると思えば、所構わず居眠りをしている。
底抜けに明るく子供っぽい人だと思えば、「じっと見てるけど何か用?」と、横目で見ながら問うてくる仕草の妖艶さ。
ショートボブパーマの黒髪を耳に掛け、ちらりと茶のインナーカラーを見せるのを忘れない。
私は疑っている。この人は別の顔を持っている。
工具の入ったツールボックスがカタカタ揺れる二人きりの車内で、花子先輩の秘密を絶対暴くと決めた。
「鮫岡さんとの約束、13時からだよね?なら、先にランチにしよ。この辺に最近、和食のお店が出来たの。辻岡って名前なんだけど、鞘ちゃん知ってる?」
先輩の口から出た店の名前に、驚きを隠せない。
知ってるも何も、一度は行ってみたいと思っているお店だ。
私には身分不相応な高級店で、雲の上に建っているのかとさえ思ってしまう。
「花子先輩、そんな高級店でランチですか?」
語尾が震える。何か企んでいるのかと全力の警戒心のせいで。
「私の知り合いがそこの店長と色々あってね。お礼を兼ねてというのか何と言えばいいのか...。まあ、そこは秘密。」
人差し指を唇に当て微笑む先輩。
その仕草は、あざとかった。
「それで、今日はどんな客がくんねん?」
食後のデザートのパンケーキを頬張りながら、ライトニングはレディに問う。
「どんなん言われても、メールでしかやり取りしてへんからなぁ。」
箸先でお好み焼きを一口大に切りながらレディは応える。
「そうか。」
パンケーキを綺麗に平らげるとライトニングは立ち上がった。
「飴ちゃんあげるわ。わての好きなグレープ味や。ほな、今日はよそで用事があるからさいなら。」
バックから紫色の包み紙の飴玉をテーブルに5つほど置いて出ていった。
時計の針は12時50分を指している。
久しぶりの仕事だ。せめてテーブルの周りでも片付けるかと、3階の事務所へ向かった。
客が「レディ心霊相談所」を訪ねて来たのは、13時を少し過ぎた頃。
今に崩落してもおかしくない、壁に亀裂の入った雑居ビルにこの名前。
雰囲気に気圧されて、1階の階段前でおどおどする客を迎えに行く事はしょっちゅうで、迎えに行かずに済んだのは珍しい事だ。
ここに相談にくるのは殆どが軽いものばかり。
「住み始めたアパートが事故物件かもしれない。」
「心霊スポットに肝試しに行った後から、誰かに見られている気がする。」
大体が気のせいだったり、憑いていても大したこと無い浮遊霊だったりと相談と簡単なお祓いで済んでしまう。
ここまで自力で来るのは、考え詰めて後が無い人間と相場が決まっている。
レディは出入りに背を向けて応接のテーブルを拭いている所だったから、依頼人の姿を見ていない。
「こんにちは。依頼したものです。」
その一言で、振り向かざるを得なかった。
何度も聴いたあの鈴が鳴るような声。
「妹と。亡くなった妹と話がしたいのです。」
閉架資料保管所の管理を任せている協力者、今村あられとよく似た女性が立っていた。
体の前で組まれた手。その薬指には指輪がはめられていた。
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