昨日の薬指 4
レディが目を覚ましたのは、自分の部屋でなく、自らも事務所を構える三階建ての雑居ビルの一階、「喫茶 ティンカー」だった。
向かい合わせに置かれた椅子の上で寝るのは、一度や二度ではない。
厚手のコートを着ていたとはいえ、どうしても出っ張る肩甲骨や腰の辺りがじんわり痛む。
頭は喫茶店で寝る時に使う、ティンカーに無理矢理預けさせてるレディ専用の羽根枕のおかげで頭蓋骨は痛くないが、血液に針でも混じっているのかと中からチクチクする。
もうお酒なんて呑まないと決意する何度目かの朝。ウィスキーを迎え酒で。
「なぁティンカー、なんか店の中、寒くない?」
ショットグラスで一杯呷っても、直ぐに体が冷める程に。
「エアコンが壊れたんだよ。」
慣れた手つきで、まな板の上のキャベツを千切りにしてゆくティンカー。
いつ聞いても心地好い音だ。リズムよく踊るように。
エアコンの方を見れば、見慣れない人間がいる。
ティンカーが呼んだ業者のようだ。灰色の作業着を着て、胸ポケットの上には「神谷 鞘」と、青色の刺繍がランプの明かりを反射していた。
壁に掛けられた時計が11時のチャイムを鳴らす。「喫茶 ティンカー」の開店と同時に作業は終わった。
「部品交換、終わりました。請求書はまた後日に郵送になります。」
少しは休んでいけば良いものの、忙しいのかティンカーが用意したホットコーヒーを口にする事なく、そそくさと出ていった。
入れ違いで入ってきた人形を抱えたライトニングは、寝起きでボサボサ髪のレディを見るなり一言、「レディ!今日は珍しくお前の所に客が来るんやろ!?とっとと身支度せんか!」
レディは頭の中で計算する。
こんな辛気臭い雑居ビルにある事務所だ。
仕事の内容的にも、散らかった部屋であるのはポリシーであり決して譲れない。
だから今から片付ける必要なんてない。身だしなみも整ってない方が雰囲気があっていい。
つまり、ここで昼食のお好み焼きを食べる時間を30分とすれば、まだ1時間半は寝られると。
「てことで、お休みやライトニングはんにティンカーよ。」
革張りのソファーでゴロンと横になるレディ。
「起きんかいアホー!!」
ライトニングの叫びは届かない。レディは寝る直前に、完全にライトニングの言霊をシャットアウトしたから。
そんな二人を見てやれやれとため息をつくのは、ティンカーと店のアンティーク人形達。
上手く言えない。強いていうならおかしな雰囲気を漂わせてる人。
エアコンの修理を終え、入れ違いに店へ入っていったパンチパーマのおばちゃん。
ヒョウ柄の上着を羽織って、まさに絵にかいたような大阪のおばちゃん。
抱いてたあの人形、確かに瞬きした。
正直、人形が瞬きする位で今更驚く私じゃない。
そんな事より、今日はまだ二件のエアコンの修理が残っているんだ。人形の瞬きなんて直ぐに忘れてしまう位に忙しい。
「次は東別院の鮫岡さんね。」
先輩の花子さんが運転する作業道具を詰め込んだバンに乗り込み、次の現場に向かった。
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