情報過多精神的瑕疵物件 2

「たっぢゃあぁん!」

そうだそうだ。かおり姉はいつもこうだ。

何かとよく笑いよく怒りよく哀しみよく泣く。

感情の発露が一極で特に泣いている時はやたら抱きついてくる。

Tシャツに涙が染み込んでくる。ついでに鼻水も。

 花子の散歩から戻ってきた篠崎さんは、来客があろうと関係なく自分の席で煙草をふかしている。

対して所長は、なにがそんなに面白いのか笑顔が絶えない。

花子はかおり姉のふくらはぎの辺りを舐め回している。

「どうしてここにいるんだよ?」

脱水症状にならないか心配になるくらい泣き続ける姉を一旦引き離そうと両肩を押す。

座ったまま腰にまわして、腹に擦り付けてくる顔を引き離せない。

タオルじゃないから俺は。頼むから一度落ち着いてくれ。

「たっちゃんこそ、なんでここにいるの?」

上目遣いにとても当たり前で最大に返答に詰まる疑問をぶつけて頂き、どうもありがとうございました。

助けを求めて所長と篠崎さんに視線を移す。

二人とも淡々と自分のペースを厳守している。

 返答に詰まる時間の分だけ姉の疑問が疑惑に変質していく。

証拠に泣き止んだ顔が強張っていく。目が尖っていく。

「まぁまぁ、杉ちゃんのおねぇさん。彼はぁ、うちのお客様でしてぇ」

そうそう。ここの社員なんて本当の事を言われたら仕事の内容、ひいては鮫岡夫婦との居候が発覚してしまう。

そこは流石に所長として機転が効く。

「ほらぁ、ここってぇ事故賃貸をぉ扱ってるお店でしてぇ」

そうそう。

「ほらぁ、彼ってぇ収入がぁ、乏しいじゃあないですかぁ」

そうそう。悪かったですね。今はお給料も上げて頂いて身分不相応な暮らしを満喫しています。

「だからぁ、部屋が決まるまでぇはぁ、うちの篠崎ちゃんとぉ同居をしていますからぁ、安心してくださぁい」

はい?

いやいやいや。同居しているのは鮫岡夫婦であって、決して篠崎さんじゃない!

 所長の全くあらぬ発言に巻き込まれてどんな反応を示しているのか確認するのが怖い。

花子の吐息が響く静寂が怖い。

扉の向こうは車がたまに走る車道があって、耳を澄ませば時々、話し声や足音も聞こえてくるのに。

今は全く。鳴き始めた街路樹の蝉の声も。

 篠崎さんは煙草を灰皿に擦りつけていた。

まだたっぷりと刻み部が残っている吸い殻のフィルターに付いた赤い口紅が目に焼き付いた。

「それじゃあ話をもどしますがぁ、杉ちゃんのおねぇさんはぁ、どうやってここにぃ?」

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