クリームソーダの向こう側 11
背後の杉原はすやすや眠っとる。
うちが寝かせたとは言え、よぉ寝るわ。
怪物の目、一つ一つ全てに怨みが満ちとる。
邪視や。動こうにも体がうごかへん。
蛇に睨まれた蛙になってもうた。情けないわ。
しかもこいつ、言葉を発っせへんから言霊で縛れへんし、魂が多すぎる。
ズリッズリッ。不快な音を立てて向かってくる。
あかん。こいつはうちなんかの手に負えへん奴やった。
篠ちゃんの時は、まだこいつには心があった。こいつなりに一線を越えへんよう踏ん張っとたんや。
杉原は遂に到達したようだ。
煙を通さずとも分かる。
私の半分を見られている感覚。背中にもぞもぞと熱いやら冷たいやら不快感が泡だって抜けてゆく。
もし、杉原にまた会えたら私は私と言えるのだろうか?
もう中身はぐちゃぐちゃだ。知られたくない。見られたくない。私の事を見る目が変わったりしたないだろうか?
いくら煙草を吸っても気分が落ち着かない。
肩までの長さで切り揃えていた髪も腰まで伸びて、とうとう尻尾まで出てきた。
目だってきっと、鏡を見れば。
一人きりの案内所で、堪らず出てしまった叫び声は獣の咆哮になっていた。
「私にもね、かつては心があったのよ?」
転調。声が怒りから哀しみへ。
「忘れ去られたとしても、ここで生きている人間達は、私が守ってきた者達の子孫だもの。」
神様でも遠い昔を見つめる目は、普通の人間と変わらない。
悪夢の景色の中で、何を思い出しているのだろう?
「皆も嘆いたわ。結局、我々は忘れ去られてゆくだけの存在なんだって。」
少しずつ確実にこちらへ近寄って来ている。
立ち上がって逃げようにも、上から幾重もの重石が乗っているかのようで動けない。
「それも良いと思い始めていた頃だった。あさひがここに来たのは。」
手を伸ばせば届くだろう。手にしている短刀の先が。
「何があっても絶対に離したくなかった。私の血を受け継いだ子供だもの!」
握る手の血管が浮き上がっている。今にも弾けそうだ。
「不届き者なら、ここでゆっくりと四股を切り裂いてから出してあげたわ。大切な我が子を助けるのは当然の事でしょ?」
無邪気に語る顔は、両親に学校での出来事を嬉しそうに話す子供と何も変わらない。
「あの二人、ライトニングにレディと名乗ってたしら?私から子供まで奪った二人。」
短刀の先を白衣の胸に当て、真っ直ぐへその辺りまで降り下ろす。
「今日はライトニングが来たわ。また人形を手繰ってこちらを探ってきたから、ばらばらにしてやったわ。中に入ってた魂を捕まえてやりたかったけど、逃げられてしまったわ。」
短刀を握ったまま、裂いた胸の辺りを握る。
「レディだけは逃がさないように、今、しっかり捕まえているわ。」
黒目が縦に細長くなっている。獲物を睨む蛇の目だ。その後の事を考えているのか、真っ赤な舌先で唇を舐めまわして。
「奪われたのはあさひだけじゃないの。ほら、これを見て?」
白衣をはだけさせるよう、両腕をぐっと横へ引く。
本来なら乳房がある所に、ぽっかりと黒い穴が空いていた。
「あさひに持ってかれてしまったの。私の心。」
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