クリームソーダの向こう側 12

「この穴を埋められる物は何か、色々と試したの。絶望の淵に立つ人間の魂や土足で踏み込んできた無礼者。」

玩具箱から人形や車の模型を取っ替え引っ替え遊んで、片付けない。

保育園児達の日常だ。飽きたら見向きもしなくなる残酷な一面を持ち合わせてる。

この神様にとって、穴埋めを試す作業は遊びにすぎないのだ。

「あさひは今頃、大変な事になってるようね。」

手櫛を通る長い黒髪を眺めながら、口調は他人事。

さっきまで篠崎さんへの執着心が見え隠れしていたが、どんな心変わりが起きたのか。

「分かるの。だって、失った心が強く脈撃ってるの。ほら、もうすぐよ。もうすぐで。」

胸の前で子供を抱くように腕を組む。

髪で見え隠れする横顔は、恐ろしくも美しかった。

「あなた、名前は何て言うの?」

答えようにも、言葉が出ない。

まただ。夢の世界で動こうと覚めそうになる。

「逃がさないわ。あなた、あさひのお友達なのね。なら、ずっとここにいましょ?戻れないように容れ物は壊してしまいましょう。」

地面に這いつくばったままの僕の前で、膝を屈める神様。

目の前で短刀の先をゆらゆらと揺らす。

メトロノームの針のように左右にゆらゆら。

「やっぱり、首かしら?いっぱい出るから。」

耳から脳味噌までを凍りつける声。大きく開いた口から黄ばんだ鋭い牙がカチカチ音をたてていた。


怪物がうちの横をすり抜けてゆく。

それぞれの口から鋭い牙が飛び出していて、

眠る杉ちゃんに向かっとる。

倒せずとも封印する位は出来るとおもったんや。

そういえばなんでうちは、こんな自分の能力も分かってないような未熟者を選んだんや?

一緒に戦うならライトニングはんにティンカーもおるのに。

会ったばかりの杉ちゃんに能力まで晒して。

本当にうちは、うちの意思でやっとんのか?

一度湧いた疑念は簡単には振り払えへん。

頭の中を渦巻いて、耳もとで爆音を鳴り響かせる嵐になった。

今すぐに答えが知りたい。おかしくなりそうや。

「あっ、レディちゃん久しぶりだねぇ。いやぁ、杉原君が中々帰って来ないってぇ鮫岡さんからぁ連絡があってさぁ、探しに来たんだよぉ。こんな所にいたんだねぇ。あっははぁ。」

嵐を鎮めたのは、妙に間延びした声。

こんな場所に立ち入って平然としていられる奴。

怪物を連れた怪物。

「おっちゃんもホンマに人が悪いでぇ。」

努めて明るく振る舞う。こいつらの前に立つと、いつも心臓を握られてる気分になる。

全てを見通しとるような目。見え隠れしてる白髪。

「いやぁ、花子のぉ散歩がてらだったけどねぇ。」

赤い首輪を着けた犬は、杉ちゃんの匂いを熱心に嗅いでいる。

「篠崎ちゃんもぉ、案内所で待ってるからねぇ。」


「やっぱり、首かしら?じゃないよ。お兄ちゃん、いつまでそうしてるつもり?もしかして本当に動けないの?」

僕と刃先の間に突然現れたのは、白いワンピースを着た小学生位の女の子。

黒い髪は、腰を越えて膝まで伸びている。

前髪で両目が隠れている。声に出さなくても口元で分かる。

この子は、僕の様子に呆れ果てているんだ。

「もう充分に因果を見たでしょ?さっ帰ろ?篠崎さんも待ってるよ?」

差し出された手を掴む。冷たく懐かしい感覚がした。


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