胡麻の廃屋 5
新たに白木を引き連いれ百鬼夜行の如く街を練り歩く案内所の一味は、当初の目的を果たすべく辻岡へなだれ込んだ。
スーツをぴしっときめた先客達は、震える雪だるまもどきの白木を見て面食らった。
あぁ、心許して通うこの店が人を拐う悪党の隠れ家とは。
警察とやらは仕事をしていないのか。
「こんばんわ小田さん。今日は新しい方を連れてこられたんですね」
辻岡は挨拶ひとつで白木を軸に沸き起こった嫌疑を霧散させた。
夜を請け負うのが店主だ。
昼とは訳が違う。
この程度はいなせて当たり前。だから任せられる。
「はいこちらぁ、白木杏さぁん。ほら、白木ちゃんも顔だしてよぉ」
所長に催促されてなのか、厨房から漂う魚を焼く匂いにつられてなのか、白木さんはゆっくりと顔を覆うコートを外した。
腹の虫がなっている。頑なに握りしめていた指を解いたのは間違いなく後者だ。
「初めまして、白木杏です。美味しそうな匂いですね!!」
お堅い身なりの先客達も、全く予想外な方向の挨拶に噴飯した。
お通しは白磁器の小鉢に旬菜のおひたし。
そして乾杯のグラスビール。
白木さんはその一杯でたがが外れた。
何でも頼む食べる飲む。
肉に魚に野菜なんでも貪る。
順番も食べ合わせのへったくりもない。
そして飲む。
串焼き片手にして。刺し身で口をいっぱいにして。
「もぉねえ!聞いて下さいょお!路上でたまたま友達にあったんですよぉ!そしたら!!その子ねぇ!友達の子供だったんですぅ!世間は私を置いてきぼりにしているんです!ひどくないですかぁ!?ねぇ!?聴いてます?杉原さぁん!」
白木さんは苛烈な絡み酒だった。僕に話かているつもりらしい。
実際は、隣に座る名前も知らないお客さんに永遠と絡んでいる。
白木さんから見ればお爺さんくらい二人の歳は離れていそうだ。
僕が「すいません」と会釈すれば「まあまあ」と微笑みを返してもらった。
「白木さんよく食べるねぇ。こりゃあ厨房の黒牟田君もぉ、働き甲斐があるかなぁあ?あっはっはぁ!」
せっせせっせと厨房と板場を行き来するひなたさんは、着物なのに止めどなくよく動く。
黒地に桜の花びらがあしらわれて、舞う様に。
一片、舞って。見とれてしまう。
「黒牟田君なら半ベソかいてましたよ。忙しすぎるっ!て。まあ、修行ですからね」
楽しそうなひなたさん。
一言も喋らず酒、つまみ、煙草のルーティンを崩さない篠崎さん。
「本当に!美味しいですぅ!うちの所長、いつも同じものしか食べさせてくれないから!あっ!!たまのパンケーキは美味しいです!!」
そういえば白木さんて人が苦手って言ってたな。
編集者なんて人と対面が基本なのによく勤まるものだ。
「子供が!特に子供が苦手でして!!所長のお子様が逃げ惑う私を追いかけるんでずょお!」
語尾が震えまたわんわん泣き出した。
お客さんに「大変だね」と背中を優しく擦られてよく泣いた。
鍋が沸騰して蓋が鳴く。
魚を捌いて刺し身に焼き物に。
冷蔵庫から食材を取り出して。
天ぷらが揚がって盛り付けて。
明日の仕込みに肉を切り分け。
まだ足りないと米を炊く。
「魚焼けたよ」
「きのこってどこ?」
「つけ汁の味見して」
「いってぇ!油がはねたぁ!」
「洗い物が終わらん!」
「かえりてぇなあ」
泣き声と笑い声と太鼓でも叩けばお祭りな客間に相反し、厨房では怒声と罵声が響き渡っていた。
同じ見た目でも、能力は三者三様の黒牟田が働いている。
「誰か助けてー!!」
嘆きは仲良く同時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます