クリームソーダの向こう側 14

どれくらい寝ていたのだろうか。

気が付いたら案内所のひんやり冷たい石畳に横たわっていた。

私の守り神である狐が、今までにない危険を察知して表に出てきたのは覚えている。

真冬の暖房の点いていない室内だというのに、随分と寝汗をかいたようだ。

とりあえず暖房を点けようと壁に掛かったリモコンを手にすると、所長と花子が帰ってきた。

「いや、大変だったみたいだね。杉原君なら心配ない。無事に帰ったから。」

「そうですか。」

出来るだけ素っ気なく返事をするが、所長には全てお見通しだ。

「花子がね、異界からの帰り道を案内してくれたからずっと楽に帰ってこれたよ。」

労いの意味を込めて青いマグカップ一杯にインスタントコーヒーを注ぐ。

疲れているのか薄暗い室内だからでなく、顔色が悪い。

「久しぶりに力を使ったよ。正直、しんどいね。」

所長はわざとらしい笑顔を向けてくる。

「でもね、やっぱり杉原君がうちに来てくれて良かったよ。じゃなければあの人を消滅させるか封印するしかなかったからね。」

マグカップに口を付けずずっと音を立て一口。

声には安堵がみてとれる。

「彼が因果を見てくれたおかげで書き換える事が出来た。まっ、書き換えたのはあの公園だけじゃないけどね。」

悪戯っぽく笑みを浮かべる所長。

その一言で、私は深く安心する事が出来た。


暖房がよく効いた案内所で、今日も昼食後の読書を決め込んでいる。

案内所に来るのは、決して鮫岡夫婦を避けているからではない。二人の時間を大切にしてほしいから席を外しているのだ。

花子の散歩から帰ってくると、篠崎さんは昼食と食後のデザートを用意して待っていてくれた。

食後の一服を楽しむ篠崎さん。

相変わらずパソコンに何かを打ち込んでいる所長。

僕の読書を邪魔するかのように、膝に手を

かけてくる花子。可愛いから本を伏せて、つい構ってしまう。

いつもと変わらない日常。

強いて変わった事をあげるなら、いつも案内所に居る篠崎さんが、片手の指で数えてちょうど5日間、案内所に居なかった。

帰って来たと思うと、巫女さんを象った日本人形を手にしていた。

何か面白い事でも起きないかなと考えていた時だった。

「ヘーイ!おっちゃんに篠ちゃんおるね!おっ、君が杉ちゃんか!話は聞いとるで!」

勢いよく開かれた扉と同時に飛び込んできた関西弁の声の主は、長い金髪で目の青い女性。

「初めましてやな!うち、レディいうねん!」

真っ赤なコートに黒いスキニーパンツを履いた女性。はっきり言って綺麗な人だ。

「おっ、レディちゃん久しぶり!」

ぱっと顔と手をあげて歓迎ムードの所長とは対照的に、篠崎さんは切れ長の横目で見るだけだ。

「住宅街の中にぽつんと放置された公園、知っとるやろ?あそこに居酒屋構えた変わり者が現れたで!店主は辻岡はんらしいわ!交流を深める為に今夜は宴会や!」

そんなに嬉しいのか、ぱちぱちと拍手を鳴らす所長。

篠崎さんは大声にあてられたのか、右手の指先に火の着いた煙草を持ちながら左手は肘を着いて頭を支えている。

「ライトニングはんにティンカーも来るで!ほな、しゅっぱーつ!」

どこまでもマイペースで明るいレディさん。

参ったな、鮫岡さんに今日は晩御飯が不要だと伝えなければいけない。

確か今日はカレーライスだったな。明日の朝に頂くとしよう。

ばたばたあわただしい案内所の中で、花子は自分には関係ないとひとつ大きく欠伸をした。

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