胡麻の廃屋 24

篠崎さんとあおいさんの関係に戸惑い黒牟田さんの影がどうとか、堰を切ったように一気に流れ込んできた情報の渦に思考回路は翻弄される。

 お母さんと呼ばれた女性は膝から崩れて指先ひとつ動かない。

だらりと横たわる身体が少しずつ萎んでいく。

ぱんぱんに膨らんだ風船の先端からゆっくりと音を出さずに空気が抜けていくよう。

「あっちの蹴りはつけたわ。想いを出汁に使うなんてまぁ始末の悪いことを」

言い終わりを待たず背後から左右に赤と黒が斑模様まだらもようの体毛に覆われた腕が伸びる。その先は鉤爪。

上は天井に触れ。下は床を這って。全てが僕達に襲いかかってくる。

「そこで寝転げる騒がしかった阿呆のツケは後でえぇ。何よりあさひの姿を真似てるお前が一番腹立たしいわぁ」

襲いかかる鉤爪を火花散らして弾く短刀。

袖の桜が舞う。

ひなたさんの言う通り、怪物は篠崎さんの姿をしていた。今より少し幼く背の低いセーラー服姿の篠崎さん。

「寄りにも寄ってここを出た日の真似をしてるのかお前は」

握る拳に血が通わず白くなっている。

 短刀が篠崎さんの顔面を掠めた。

ぽとりと落ちたのは葉巻の先端。

咥えた葉巻と拾い上げた先端に篠崎さんはライターの青い瓦斯がす火で焼べる。

たっぷりと肺に息を送り込み葉巻の先が赤く燃えて紫煙を部屋中に撒き散らす。

「やめろやめろ!その煙をやめろ!忌々しい!巣を壊した煙!」

セーラー服の篠崎さんが頭を掻き毟り悶絶する。

指が深く皮膚に食い込んでゆき、粘着性のある透明な液体が糸をひいて剥がれていく。

「人の真似しといて何を被害者ぶってやがるこの腐れ女郎蜘蛛が」

留めと云わんばかりにもう一度、深く吸った紫煙を吹き付けた。

蜘蛛はひっくり返り触手を痙攣させている。

顔に血の気が無い。呼吸が浅く短い。

「娘が若いうちから煙草を飲むなんて、お母さんも悲しいのよ。およよよよ」

「嘘泣きすんな気味が悪い。煙草じゃないことくらいお前も分かってんだろ」

ひなたさんが袖を目元に宛てた所で僕の記憶は急激に襲いかかってきた眠気で途絶えた。





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