胡麻の廃屋 22

食卓に両腕をだらんと伸ばして座る少女が忙しなく足を漕ぐ。

踵が座面と机の下を行ったり来たり。

ご飯のおかずと女性の背中を交互に眺めるその顔は。

「篠崎さん……?」

黄色地の半袖のTシャツにジーパン。

普段のジャージ姿とは違っても。

煙草を咥えていないけど。

見比べれば切れ長の目は間違いなく。

「そうだ。あれは私だ」

最近の何処か空気が抜けていく様子から察してはいた。

篠崎さんは胡麻の廃屋と関係していると。

探索でアルバ厶写真を持ってきた時は観念したような顔をしていた。

「意外とよく見てるなお前」

さっきから考えてることが筒抜けになってないか? 

 突然、ぎゅっと手を握ってきた。

篠崎さんの震えが伝わってくる。

俯いている。

篠崎さんを呼んだ女性を見ないようにしている。

「あさひじゃない!」

篠崎さんに気がついたチェック柄のエプロン姿の女性は歓喜の声をあげた。

今ここには現在と過去の篠崎さんがいる。

 過去の篠崎さんはさっきから変わらずに足を漕ぐ。

笑みを浮かべながら。

こっちを見ている。

口角のあがったその笑み、ありありと悪意が見て取れる。

女性は両腕を広げて現在の篠崎さんの方を見ている。

「お母さん……」

手を離して篠崎さんは歩いていく。

止めなければいけないのか?どうすればいい?

「篠崎さん待って!」

そう叫ぼうとした口は後ろから小さな手に塞がれた。

「折角捕まえた子達を逃したのって、お兄ちゃん達だよね?」

口を塞ぐ手。もう片方は脇の下から通って喉を掴んでいる。

「手ぶらじゃ帰れないの。解ってくださいな」


篠崎あさひの心は子供に戻っていく。

咥えていた煙草を落としたことを全く気に留めず。

これは幻と頭では理解していても母親に抱きつきたい心が歩みを進ませる。

 帰りたいと願い続けた場所。時間。人。匂い。日常。音。呼吸。全てがここにある。

 身体の端から感覚が抜けていく。

指先から手の甲から腕から肘から肩が。

溶けていく。

 あさひが母と呼ぶ女の背中から金属が擦れ合う音が出る。

カチンカチンと。

 それは鎖だ。

鎖は背中から指先から足下から伸びてあさひを縛りつける。

 引き寄せられた二人の影が重なってそこだけは夜のように。



















 

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