昨日の薬指 24
翌日、レディはまた閉架資料保管所の扉の前に立って、たて篭もるあられに話し掛けていた。
「そんでな、その夫婦を繋いでるのって何やったと思う?」
その声には自嘲が混じっている。
「杉ちゃんなんやて。杉ちゃんと繋がりを持った事が今の二人の幸せなんやって。」
あかりからの返事は無い。それでもレディは話を続ける。
「ほんまに簡単な事やったんや。あのな、今日はあられに言いたい事があるんや。」
ひとつ深呼吸して、心を落ち着かせる。
「改めてうちの為におってくれんか?うちはあられと繋がっとらんと嫌なんや。」
中から本が落ちる音がした。あられは心を落ち着かせる為に読書をしていたようだ。
「レディさん、私は悪い人間です。姉さんに酷い言葉を浴びせて逃げ出して。」
「自慢やないが、口の悪さなら負けへんで。人間なんてそんなもんやろ。」
「姉さんを傷付けてしまいました。姉さんは何も悪くないのに。」
語尾が震えている。
「嘘をついたんです。姉さんに突き放して欲しいなんて本当は全く思っていない。今でも姉さんが好きだから。」
レディは知っている。あられと出会ったあの真夏の日、図書館の玄関の前で手を合わせて屈む女性がいた。
その女性は、真夏に相応しくない白いタートルネックセーターを着た女性と顔が瓜二つ。
セーターの女性は、屈む女性の両肩を揺らして存在を主張していたが、屈む女性は気付かない。
「なあ、あられよ、嘘をつくのはあられの専売特許とちゃうで。うちも嘘をついてるんや。」
レディは隣に立つあかりに目配りをする。
「あられ、いるんでしょ?私もあられの事、今でも好きよ。あられって昔からお話作るの上手だったよね。お願い、また私に聴かせて。」
扉を挟んで外と中。同じ泣き声が響いた。
「ほな、うちはこれで帰りますから後は姉妹仲良うな。」
閉架資料保管室へ続く階段の途中、レディは振り返った。
目に映ったのは、泣きながら抱きしめ合うあかりとあられだった。
辻岡では午前11時から午後2時までランチタイムを設けている。
これが中々の好評で、近所の主婦から会社役員まで幅広い客層が利用している。
昼は宮司として働いている店主に代わって、店を預かるのは黒牟田とあおいひなた。
「ひなたさん、あの時どこまで本気だったんですか?」
客の出入りが一段落し、厨房で夜の仕込みをする黒牟田はあの夜の事を聞いている。
「最初からよ。断って欲しいと願うなら、断ち切らせて貰うつもりだったわ。」
鈍い光を放つ短刀を手に、ひなたは微笑む。
「断ったらどうなるんですか?やはり堕ちるんですか?」
ひなたの口端から幾重もの笑い声が溢れる。
「私達が導いて差し上げます。だって、お客様は神様ですから。」
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