昨日の薬指 23

チャイムを押してものの10秒もしないで杉ちゃんは出てきた。

しかめっ面でなんや寝起きみたいな顔やな。

チャイムで起こしてもうたか?でもすぐ出てきたって事は、起きてはいたって事やろ。

「突然ですまんな。電話の一本でも入れとくべきやったが、思いたったら吉日って事で堪忍や。」

 手土産の菓子折り渡したら、えらいいい笑顔や。

にこにこしながらリビングまで案内してくれるやなんて。

杉ちゃんてこんな現金な奴やったか?


あまりの満腹の心地良さに、うたた寝をしていたようだ。

ほんの数分…浅瀬の眠りだったが妙だ。

チャイムが鳴ってレディさんをリビングまで案内する夢を見た。

白昼夢というやつか?隣に座っているのは、紛れも無くレディさんだ。


「初めまして。うちはレディと言って杉ちゃんの知り合いで、心霊に携わる仕事をしてます。失礼とは思いますが単刀直入に聞きます。あなた達夫婦の事はこちらで勝手に調べさせて貰いました。すみません。どうしても教えて欲しいんです。おふた方がどうやって想いを絶てたのか。なんでまだ現世に留まっているかを。」

焦りから不躾な問い方になってもうた。

椅子に腰掛ける美千江さんもソファで寛いでいる俊之さんもうちの事、ポカンと口を開けてみとくる。

 やってもうた。血流が滞って足に溜まっていく、背中が冷えてきた。

ほんまに何をやっているんだ。自己嫌悪。やっぱり帰ろ。


「レディさんと言いましたか。いつも達郎君がお世話になっています。」

事故物件の家主の妻、鮫岡美千江は突然な訪問と質問を厭に思わず、語り始める。

「私達がどうやって死んだかもうお知りなら、その事は省きますね。レディさん。あなたの言う通り、私達は達郎君がこの家に来るまでの間、ずっと残した想いに縛られていました。達郎君が来るまでも色んな人がこの家に住みましたが、皆さん私達に怯えて出て行きました。」

静かに語る美千江さんの声は、直したばかりのエアコンの吹き出し口から出る風の音に掻き消されそうな程に小さいが、レディにはしっかりと聞こえている。

「私達、気が付いて欲しかったんです。ここに居るんだよって。そして伝えて欲しかった。」

「美千江、ここから先は私が話そう。」

美千江さんの隣にすっと座る俊之さんは語りだす。

「妻を殺したのは私です。仕事に行き詰まってストレスを抱えては、いつも妻に当たっていました。最低な夫でした。今までの事を初めて謝ったのは、妻を殺した後でした。誠に独りよがりで自分勝手な馬鹿です。幾ら罵られても足りません。ですが、伝えたかったんです。妻に謝罪の言葉を。」

夫婦揃ってレディを見る。その目には縛られていた頃の暗闇はなく、死を越えた先で絆を育むあかりがある。

レディは分からなくなる。では今は、何が二人をこの家に繋いでいるのか?薄い障子紙の向こうには、答えのシルエットが映ってはいる。筋肉が悲鳴をあげて指先を伸ばしても、僅かに届かないその向こう

への渇望を抑えきれない。

「お願いします!今のお二人を繋ぐ想いをうちに教えて下さい!」

立ち上り頭を90度倒す。勢いでフローリングの床に倒れた椅子が、豪快な音を立てる。

「鈍感なのね金髪ゴリラって。お兄ちゃんを呼び出して家まで来たのにまだ分からないの?」

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