昨日の薬指 12
眠りから醒めていの一番に触るスマートフォンは、午後7時半過ぎを表示していた。
隣で眠る人形を起こさないよう、布団から這い出る。
疲れは抜けきっていない。
「どうすればええんや?」で一杯の頭が、動いた後をワンテンポ置いて追いかけてくる。
ドスンと重く、鈍い痛みを伴う。
商店街は20時となれば人通りが無くなり、殆どの店が閉まる。
雨上がりのアーケード通りを抜ける風が冷たい。
店先の換気扇が唸り、肉が焼ける匂いを撒き散らしている。
染みの店に顔を出せば、知り合いと楽しい飲みになるやろが今は親しい人間にこそ会いたくない。
飯は喰いたいが、人には会いたくないなんて自分の我がままぶりに溜息が漏れる。
こんな事になるなら、自炊する習慣を身に着けてとけば良かったわ。
米は炊けるが、おかずは作れん。
激安をウリにしとる八百屋で、閉店間際に流れるBGMを聞きながらしこたまインスタント食品とレトルト食品を買い込む。
生鮮食品も他所より安いという話やけど、うちには関係ない。
しかしまぁ、生鮮食品を買い込む人間もおるもんやなぁ。
レジ待ちの列で前に立つこの紫パーカーの青年、買い物一杯に人参、ジャガイモ、肉を入れとんな。
カレーにするつもりか?カレーやな。カレールーも入れとるし、カレーの匂いを漂わせてとる。
あられの事を考えまいと、青年のあれこれに思考回路を使う。
しかしカレーなぁ。レトルトも充分に美味しいけど、たまには1から作られたのを食べたいなぁ。
ティンカーに頼んでみるか?辻岡で黒ちゃんに作って貰うのもええなぁ。
「お次でお待ちのお客様どうぞー!」
若干の苛立ちをはらんだ店員の呼び声で、青年から始まった脳内カレー会議は終劇となった。
カーテンコールは拍手でなく、何故か辻岡はんの声で、「さよなら。さよなら。さよなら。」だった。
店員の方を真っ直ぐ見るのも気まずい。
せやから通りの方を見てみると店先の駐輪場で、紫パーカーの青年が自転車に跨っている所だった。
「あれ、杉ちゃんやん。」
昨日、初めて会ったばかりの案内所の新人。
仕事の関係上、よく知っとかなと思ってはいたんやが、あられの隣に座るんやから、話し掛けづらかったん。
近くに住んどんのか?これも何かの縁ってやつか?
あんまり頼りたくはないんやが、篠ちゃんの顔を見るついでに明日、おっちゃんに話を聞きにいくとしよか。
今日のところは飯食べて、仁王門湯の熱い湯に浸ってから寝るとしよ。
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