昨日の薬指 11
事務所の中がいやに暗くなってきたと思えば、遂には雨音が聞こえる迄になった。
打ちつける雨が、オンボロの雑居ビルを一層、倒壊へ近付けていく。
流石にそこまで考えるのは失礼と思うが、反響する音が寂しさを増幅させ、人恋しくさせる。
レディは迷っていた。
あられは図書館への想いに縛られた地縛霊。
もしかしてだが、もし、あられが成仏しない理由が姉への想いがあるとしたら。
あかりと話をしたら、あられは成仏出来るのだろうか。
成仏するのは祝うべき事だ。
イコールで、あられが居なくなる事に耐えれるのか自信がない。
最初は何の気なしのつもりだったが、今やあられは自分にとって長年の親友になっていた。
残された閉架資料保管室で一人、資料を漁るのは亡失感を抱えながらになる。
「はぁ〜、とりあえず帰って寝よか。」
ソファから立ち上がり呟く。
誰かがその意思決定を、肯定や否定をしてくれる訳はない。
鍵は掛けない。
こんな薄気味悪く、金気のない雑居ビルにわざわざ盗みに入るような暇な泥棒もおらへん。
「聴こえとるわ。」
耳元でライトニングはんの声がした。
雑居ビルから最寄りの地下鉄❲伏見駅❳へ乗る。
休日の昼間とあって、家族連れやいちゃつくカップル達に友達同士と思われるグループ達が車両に詰まっとる。
皆が皆、「私達は一緒にいる人がいて楽しいです。」と見せつけてくるようで、辛うじて一人座れる座席に身をねじ込み、目を詰むって寝ている振りをした。
本当に寝たりはせえへん。
直ぐに乗り換えになって、10分で上前津駅についてまうから。
車両の何十倍もの仲良し人間グループが往来する大須商店街を脇に抜ければ、雑居ビルに負けずと今にも朽ちそうな木造のアパートに着いた。
実際、日の当たらない壁の所々に苔が生えていて着実に分解が進んでいる。
ここに暮らすと決めたのは、いつも人が居るからだ。
中にいても聞こえてくる雑踏が、うちを安心させてくれる。
「ほな、暫くお休みや。」
畳敷きの部屋、そこそこの値段がした布団で横になる。
寝具には金をかける。睡眠が一番やからな。
「おねえちゃん、おかえりなさぁい。」
その声は、夢に登場した想像での幼き日のあかりとあられのやり取りじゃない。
ライトニングはんから預かっている、まだ幼い人形の声や。
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