バターナイフの切れ味は 9
「結論から言っちゃうとねぇ、」
「分かってます。心中事件を繰り返しているんですね。」
小田の言葉を遮ったのは意図したものではなく、頭の中でぐるぐる廻る断片がひとつになって、吐き出さないとどうにかなりそうだったから。
「そう、よく資料読んでくれたみたいだねぇ。昨日も言ったけどぉ、夫婦は地縛霊になっちゃみたいだねぇ。」
事件に縛られているというのか?ならどうしたら断ち切る事が出来る?
「杉原君、お札は貼ったぁ?玄関にじゃなくてぇ、台所とリビングにだよぉ。」
言われるまで忘れてた。篠崎さんが書いてくれたお札。先ずは貼らなくては。
「貼ってくれたぁ?実はねぇそのお札、ちゃんと意味があるんだよぉ。よくみてみてぇ。」
七夕の短冊程の縦長の長方形の和紙に書かれているのは、下部に縦の波線が3本ならんで線の上に横一直線がひかれている。
線の上には、達筆過ぎて読めないが何か文字が書かれているのは分かる。
「上の文字はぁ、言ってしまえば仏様の救いの言葉だよぉ。」
「そしてぇ、波線はぁ俗世に残してきた念を現してるんだよぉ。」
このお札にはそんな意味が込められていたのか。
しかし、書き方を知っている篠崎さんは一体何者なんだ?
「そしてぇ、横線はぁ断ち切る事を意味してるよぉ。もう分かってると思うけどぉ、それが杉原君の仕事だよぉ。」
分かってはいるんだ。何故なら、貼って話して暫く、目の前でさっきの寝巻き姿の女性が不思議そうに辺りを見回しているから。
自分の母親のような全体的に丸っこいシルエットは、何とも言えない安心感がある。
この人が鮫岡美千江さんだ。
じゃあ、夫の敏之さんは?美千江さんに許しを乞う叫び声を聞いているから、居るはずだが、何処に居るかは検討がつかない。
「ねぇ、杉原君。ちょっと意識して部屋の匂いを嗅いでみてぇ。まだ朝ごはんの支度してないんだよねぇ?」
指示通り意識を嗅覚に集中させる。匂っているのは線香の匂い。
「その家、奥に仏間があったよねぇ?じゃあそこに貼ってねぇ。そしたら現れるはずだからぁ。」
炊いてもいない線香の匂いが充満する仏間の壁に最後の1枚を貼る。
先ずは美千江さんの話を聞こうとリビングへ戻ると、縁がシルバーの眼鏡をかけた白いシャツにスラックスを履いたほっそりとした男性が居る。
白髪混じりの髪は真ん中で別けられていて、よく言えば丁寧、悪くいえば神経質な印象を与える。
「君は誰だ?何故、私達の家にいるんだ?」
詰問口調の男性が鮫岡敏之さんだろう。
「杉原君、何を言われようと怯む事はないよ。彼らは本来ならもう居ないはずの存在だ。見下せと言ってるんじゃないよ。君なら出来る。」
「所長は彼に随分と思い入れがあるんですね。」
「篠崎ちゃんだって、さっきから煙草を止めないじゃないか。」
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