バターナイフの切れ味は 2

外見とは相対的に明るい室内に目が慣れる迄に幾分かの時間を要したが、同時に口から飛び出そうなった心臓は落ち着いた。

石畳の床に深緑の壁、木目を生かしたカウンターテーブル。

出されたホットコーヒーは美味しく冷えた体に染みて、本当は喫茶店ではないかと辺りを見回す。

カウンターテーブルの向かい側、喫茶店だとしたら店長にあたる男性を見ればそんな考えは吹っ飛んだ。

ぶかぶかのスーツに金のネックレス。長髪の金髪でパーマが掛かっている。若作りのつもりのようだが、笑った時の目尻の皺は深い。

コーヒーを持って来てくれた女性は、年は自分と同じ二十歳位で茶髪のショート。上下黒のジャージに赤い縁の細い眼鏡を掛け、机に戻ると煙草に火をつけている。

さっきから膝に熱い吐息を吐き掛けてくるのは、黒と茶の虎柄の犬。

「おっ!珍しいなぁ。花子が吠えもせずお客さんになつくなんてぇ。」

このおっさん中々に聴いてると疲れる口調だな。聴きたいことは山程あるが、さっきから一方的に話をしていて、会話にならない。

「ほら、僕って隠し事とかしない人間だからぁ。」

成る程、道理でかつらがずれて見えている生え際の白髪も隠さない訳か。

「あっ!お客さん、此処は何なんだ?って思ってるでしょ?顔に書いてあるよぉ。僕ってそういうの直ぐ分かるからぁ。」

そりゃこんな謎だらけの店に来たら、十人いたら十人はそう思うだろう。

貰った縦書きの名刺には「所長 小田鉄也」と書かれているが、本名かどうかも怪しい。

「君は杉原達郎君だね?いや、こんな寒い日にアパートを追い出されて大変だったねぇ。」

さっと体から熱が抜けた。まだ何も話して無いのに何故そこまで知ってる?

男の満面の笑みに黒い靄が掛かった気がした。

「言ったでしょお?顔に書いてあるから直ぐに分かったよぉ。」

「いや、何でそんな事...。」

思わず口に出た。情けないほど声が震えている。

「あっはっは!冗談冗談。ほらこれ。」

すっとテーブルに出されたのは、僕を追い出した大家の名刺。

「うちみたいな商売してるとさぁ、色んな所から些細な情報も入るんだよぉ。あっ?驚いた?でも力、抜けたでしょ?」

ネタばらしされて、怒りやら情け無さで確かに力が抜けた。

恥ずかしい姿を晒した事で何となく、男との距離が縮んだ気がする。

「で、提案なんだけど、この部屋なんかどう?月15万からなんだけどぉ。」

「いやいや、金が無いから追い出されたんですよ。住める筈ないじゃないですか。」

何を言い出すかと思えば、賃貸契約の話かよ。

「あー違う違う。家賃じゃなくて仕事の給料としてだよぉ。」

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