胡麻の廃屋 11
階段は踊り場で折返しになっていて、下から覗くだけでは二階の様子は窺えない。
実家の階段もこうだった。
電気をつけても死角となる踊り場の先が怖かった。
いつかひょっこりと何かが顔を出しそうで。先に続く廊下から仁王立ちする者に睨まれているような。
曰く付きの家となれば尚更だ。
腕にしがみつく白木さんを難とせず篠崎さんは階段を登っていく。
膝を震わせながら必死に着いていくその姿、哀れとしか言いようがない。
「あの、白木さん」
「はぁっ!わっわわったし!?なっ名前ぇよばれたぁ!」
声を掛けたのが階段を登りきってからで良かった。
白木さんの中でどの方向から名前を呼ばれた事になっているのか分からないが、可能性が有りもしない天井を見上げで慌てふためく。
溺れて藁でも掴むように空中に両手を振り回しながら。
鼻から息を吸えば埃の味がしそうだ。
少し置いて、ある疑問をぶつけた。
「ここってどんな方が住んで居たんですか?玄関もそうでしたけど階段の壁にまでおとうさん、おかあさんと描かれた似顔絵が貼られたりしてるので」
「あっ……その事ですか。実はですね、私もよく知らないのです。えぇ。編集長も全く教えてくれそうになく」
落ち着きを取り戻した白木さんは淡々と語った。
質問された事がイコール頼りにされたと繋がったようだ。ちょっと自信を取り戻した顔だ。
真っ青だった顔に血が通う。
「ただですね、編集長も気が進まない様子でずっと無口でした。あの編集長が」
白木さんは僕に同意を求めているようでじっと顔を見てくる。
その目は透き通り「もっと質問して。頼って」と書かれていた。無下に話を切り上げられなくなってしまった。
無難な雑談に切り替える術もない。元来、人見知りの僕はこれでも頑張って声をかけた方なのに。
もっと安アパートで壁のシミ相手に人と話をする練習を続けるべきだった。
ふと、気がついた。
それは、窓が蔦で覆われて光が鈍く薄暗いせいか。
「白木さんって、黒目が大きいですね」
「なっ、ななんっなんですかいきなりー!」
両手で顔を覆い隠せていない所は真っ赤だ。
思いもよらぬ反応にたじろいてしまう。
「置いてくぞ」
「あわわ!待ってくださぃ!」
篠崎さんは廊下の奥、扉の前に立っていた。
僅かな距離を白木さんは全力疾走する。
来客を気にも留めず胡麻の廃屋の家主は風呂掃除を続ける。
子供達の健康を願いながら。
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