クリームソーダの向こう側 2
冬の都会の昼下り。ビルと歩道の灰色と街路樹の茶色が占める景色は、レディさんの華やかさを引き立てる。
誰もが振り返る美人と歩くのは、男として憧れるシチュエーション。
自分の意思でなら。
歩みが止まったのは、高層ビルに挟まれた3階建ての雑居ビルの前。
黄土色の壁の所々にヒビが入って、今に崩れてもおかしくない。
「ここの三階に事務所を構えとる!」
階段を上がるハイヒールのカンカンと高い音が、全体に響き渡る。
三階のフロアは三つに分けられている。
事務所として使っているのは突き当たりの部屋で、後は物置きと作業部屋だと、大振りな身動きで説明された。
「怪しいと思っとる?そう!うちらみたいな仕事の人間はイメージが大切!敢えて、怪しい雰囲気を醸しとんねん!」
なんて勝ち誇った顔をしているのか。鼻息が荒い。
「こんな辛気臭い所でおしゃべりしとってもしゃあないから、喫茶店行こ!一階に店をひらいとる変り者がおるん!」
有無を言わせないパワーに溢れている。提案ではなく、決定のようだ。
喫茶店ティンカーは雑居ビルと相反して、古い使シンプルで重厚感のある木の扉を備え付けている。
内装は、奥深い森に建っていた洋館をそのまま移したように、机も椅子もアンティークだらけ。何体かのフランス人形が、壁際やカウンター席の向かい、棚の洋酒のボトルと並んで鎮座。
クラシック音楽が静かにながれていた。
「今の時間は喫茶店、夜は照明を少し落としてバーにしています。」
店主のティンカーさんは、長袖の光沢のある黒いシャツを着こなすお兄さん。
「おっ!ライトニングさんおるやん!やっぱじてこが表に置いてあったから!」
カウンター席に座り、お好み焼きを頬張るこてこての大阪のおばちゃん。
横の椅子に置かれた、木を編み込んで作られた買い物かごからは、白と赤の斜線がデザインされたお菓子の袋が顔を出している。
「おっ!じゃおまへん!あんたはよ家賃払いなさいねん!」
お好み焼きが飛んできそうな勢いだ。
「堪忍してや!あっ!杉ちゃんなに頼む?クリームソーダがオススメやから、クリームソーダやな!奢ったげるで!」
どこまでも僕の意思が介入する隙間を与えてくれない。
ずっと流れに乗せられっぱなしだ。
ティンカーさんが運んできたクリームソーダは、汗をかいたストレートなグラスにメロンソーダが入って、渦巻きのソフトクリームが乗っている。
丸いアイスクリームに比べて、溶けやすいんだよなこれ。
「杉ちゃんは、クリームソーダはアイス溶けてから混ぜる派?別々に食べる派?」
「あっ、僕は溶けてから混ぜます。」
久しぶりに発言したせいか、少し声がこもる。
「そっか!なら溶けるまでの時間、ちょっと頂戴!」
「良いですけど。」
「そうや!おっちゃんから聞いたけど、幽霊と同居しとるらしいな!どんなんか教えてや!」
小田は、レディさんにどこまで話しているんだ?
今までの話の内容から、この人もおかしな世界の人間のようだが。
「話すと長くなるのでざっくり説明すると、実の子供のように可愛がられてます。」
「えぇ!えらい事やな!でも、ええ事やん。実の親御さんと思って甘えたらどうや?」
「でも、どうも抵抗が...。」
「何を遠慮しとるん!それが二人の為やろ?」
そうなんだ。鮫岡夫婦は悪い人じゃない。むしろ実の両親より頼りたくなる。
「まぁ、実を言うと今日、杉ちゃんを連れ出したのは、この世界の事を知ってもらいとうて。」
先程までのテンションが嘘のようにトーンダウンするレディさん。
「ほら、そろそろソフトクリームも溶けて飲み頃やろ。一口飲んで落ち着きや。」
促され、飲もうとクリームソーダを手にして自分の目を疑った。
ソフトクリームが全く溶けてない。溶けて外側に垂れ落ちていてもおかしくない程に、時間が経った筈なのに。
「うち、言ったやろ?“溶けるまでの時間を頂戴”と。」
レディさんの青い目が、ソフトクリームより冷たく見えた。
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