騎士の国のマキシ

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

第1章 トゥルク動乱編

第1話 剣聖ランベルク

「ふわ~あ」


「ちゃんと真面目に仕事してください!」


「だって、これ俺がやる仕事か?」


「仕方ないじゃないですか。ここは今平和なんですから」


「だからってよ。俺様が何が悲しくて、帝国兵士のお守りなんてしなきゃならねーんだよ」


「依頼は、依頼なんです。結構良いお金貰ったんですからね。働かないと食べていけないですからね」


「はい、はい」



 身長は190cmを越えているだろうか、逆立った髪にはやや髪に白いものが混じり、日焼けしてやや褐色の肌を持つ顔には少しシワが刻みこまれはじめている、大柄な壮年の男が、草の上に寝転びながらぼやく。身には帝国ではない、どこかの国の濃い緑色の軍服を纏い、上の方のボタンを外し、大きく胸をはだけている。そこから見える胸筋は大きく隆起している。



 この男こそ、騎士と呼ばれる中で最強の証、ただ一人の剣聖の称号を持つ男、剣聖ランベルク。そして手には剣聖の証でもある金色に輝く神剣が握られている。




 そして、ランベルクの傍らには一人の若い女性が、こちらは変わった格好をしている。白い肌、目は切れ長できつそうな印象を受ける。服装は、同じく濃い緑色の軍服だが下は膝丈のスカート。そして、その上から深紅の長いローブを頭まで覆い纏っている。



 ローブの襟と言うのであろうか、両肩には金色の糸で剣聖の紋章である2本の剣が交差している模様が刺繍されている。これこそ剣聖の専属魔術師の証であり、そして、そのやや小ぶりの胸元には銀色の杖をかたどったネックレストップが下がっている。これは高位の魔術師であり、十二賢者の一人であるという証であった。



 魔術師。騎士をサポートするために存在している。その中でも最上位の大賢者の称号を筆頭に称号持ちの高位の魔術師達がいる。彼女もその一人のようだ。


 目の前を黒い軍服を纏った兵士が通り過ぎて行く。シルキリア帝国軍の兵士だ。そして、ここはシルキリア帝国領内ではない。東方十ヵ国と呼ばれる帝国の従属国の1国トゥルク神聖国の領内だ。



 何で、帝国軍がトゥルク領内にいるのか。従属国である、東方十ヵ国は、かつて、その圧倒的な国力に怯え、従属したり、あるいは、攻められて仕方なく従属した国ばかりである。程度は違うが帝国に対する不満はある。


 そんな場所に演習と称して派遣された帝国軍の目的は、襲われること。攻めこむ理由が欲しいのだ。そうならないために、トゥルクは、剣聖を雇って、派遣したのである。






「しかし、本当に何もないな。気合い入ったトゥルク軍の騎士とか、帝国兵殺しにこないかな?。そしたら手伝ってやるのに」


「ランベルク様! 何考えてるんですか!」


「あれ? お前いつの間に俺の心が読めるようになったんだ?」


「はあ~。口で言ってましたよ」


「あっ。そうか。いけね、いけね。ハハハ」


「笑い事じゃないです!」



 行進を続けていた。帝国兵士の後ろ姿がだいぶ小さくなってきた。帝国軍兵士以外誰も近づいて来ていないのは、把握しているが、あまり離れ過ぎるのも問題ありだ。騎士だったら、1km位の距離、1分位で走り抜ける。



 俺は体を起こして立ち上がった。と、前方50m位の所に、人影を認めた。その人影は、俺達の方にゆっくりと歩いて来る。




「どなたでしょうか? 黒い軍服? 帝国軍の方でしょうか?」


「おい。そういう問題じゃない。俺は、誰も認識していなかった」


「えっ!」



 アレリアの顔がひきつり、警戒心をむき出しになる。




 そう、剣聖の俺がこの距離に近づくまで、気づくことができなかった。それが、どういう意味を持つのか。今まで、数度しかかいたことのない、冷や汗が背中を流れる。



 年の頃13・14であろうか、まだ、成長途中であろう160cmほどのスラッとした体躯に、漆黒の髪にまだ幼さの残る顔は、野獣のようにギラギラ光る青い瞳と対照的に人形のように無表情。




「狂剣の人形か?」


「えっ?」




 腰には、漆黒の神剣がぶら下がっている。確か雷帝と呼ばれたホルス大公が、孫に与えたと聞いた。その孫のあだ名が狂剣の人形。若いにもかかわらず、剣を握ると強く、無表情で狂ったように強者を殺すと。





 少年は、俺達の20m手前で立ち止まる。俺の一太刀の間合いに堂々と入ってきた。



「はじめまして、マキシ=フォルスト=ホルスです。剣聖ランベルク様ですよね?」


「これは、これは、殿下。はい、わたくしが、剣聖ランベルクです」


「そうですか。王族ではないので、殿下ではないのですが、まあ、良いでしょう。では、ランベルク様、僕と、立ち会ってください」


「は? なぜ立ち会わなきゃならないので?」


「あなたは、強い。僕は強い人と戦ってみたい」




 あくまでも無表情で能面のような顔が、感情のない言葉をつむぐ。そして、目だけが感情をつむぐ、好奇心という。とても気持ち悪い。




「わかりました。では!」




 一瞬で距離をつめ、金色の神剣を抜いて斬りかかる。一般人が見たら、俺が瞬間移動したように見えただろう。それを漆黒の神剣で何気なく受け止める。打ち合った衝撃で周囲に暴風が吹き荒れる。



「ランベルク様! サポート致します」


「いや、いい。やつも、魔術師連れてないからな」


「わかりました。ご無事で」





 アレリアは、少し下がって俺達の戦いを見つめる。



 数合激しく打ち合う。打ち合った感じお互い本気出してはいないが、相手は俺の斬撃になんとかついてきているという感じだった。ちょっと驚かしてやるか。





 俺は少し下がって距離をとる。そして、スピードを本気モードにして攻撃を仕掛ける。相手には、複数の俺が攻撃を仕掛けてくるように見えるだろう。まあ、多重分身攻撃と表現したら良いだろう。そして、やつの四方八方から攻撃を仕掛ける。実態のない攻撃ではない、実態のある本気の攻撃。



 俺は、やつに裂帛の気合いをこめて斬撃を加える。


「ウリャアア!」


 よしとらえた。ある程度重症負わせてもアレリアがいる。大丈夫だろう。




 そして、剣が当たる寸前やつが消えた。



「消えた?」



 パワーでも、技術でも俺の方が上だっただろう。ただ、そのままごり押しで戦っていれば、勝っていたのは俺の方だったろう。しかし、後悔してももう遅い。





 俺の倍以上に多重分身した奴が四方八方から俺に攻撃を加える。無言で無表情で。そして、



「ぐはっ!」


「ランベルク様!」




 慌てて駆け寄ってくるアレリアとは対照的に、奴は静かに頭を下げ、背を向けて去っていく。そして、静かに消える。




 駆け寄ってきたアレリアは、慌てて治癒魔法をかける。



「無駄だ。もう助からない。奴に心臓を飛ばされた。そこら中に散らばっているよ。」


「ですが!」


「それより、この剣をクレストに渡して、剣聖を継げと伝えてくれ、そして、お前は、クレストの下で働け、クレストは、もうすでに俺より強い」


「はい、わかりました」



 アレリアは、泣きながら返事をしている。そんなに泣くなよ。目の前が霞むだろ。いや、俺の目が霞んできてるのか。




「ゆめゆめ、仇を討とうとか思うなよとも伝えろ。奴とは戦うな」


「なぜですか!仇を討っちゃ駄目なんですか!」


「奴は、純血の騎士だ。剣聖とは相性が悪い」


「純血の騎士ってなんなのですか? ランベルク様」


「まあまあの、一生だったな。孫に囲まれて死ぬ予定だったんだがな。って、子供もいなかったな、俺」


「ランベルク様~!」





 剣聖ランベルク死す。このニュースは、瞬く間に国中、いや世界中を駆け巡った。そして、殺したのは、マキシ=フォルスト=ホルスだと。

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