第10話 ヴァルド王国の侵攻 戦場の花唄

「な、な、な、何を言っているんだ。おばさんをからかうんじゃない」




 目の前で慌てているのは、帝国従属国フロスト王国騎士隊長キリエ様だ。僕は同じ従属国モルディニア国の騎士だ。合同演習で、良く会い、厳しく、凛々しい、キリエ様に憧れていた。で、ちょっと声をかけたのだが、この反応だ。どうしたんだ?








「キリエ様、合同演習ありがとうございました。大変勉強になりました」


「うん、そうか。かなり厳しい演習であったが、気合いの入った。素晴らしいものだったな。特に、君は、良かった。えーと」


「モルディニア国騎士、ヒルマリオで、あります」


「そうか。ヒルマリオ、ご苦労様」


「はい、キリエ様もお疲れ様でした。わたしにとって、美しく凛々しいキリエ様の側で、御一緒できることが、何よりの励みであります」


「な、な、な、何を言っているんだ。おばさんをからかうんじゃない」


「いえ、キリエ様は、おばさんではありませんし、お美しいです」


「えっ、そ、そうか。いや、しかし。33にもなっていて、気が強く、男性にも相手にされず、この年齢になってしまって、いかず後家だの、いき遅れだの言われていて」


「はあ」


「う、うむ。そういうわけで、あ、あまり、褒めるな、勘違いしてしまう」



 と言って、全力で去っていった。可愛い。キリエ様。また、次回の演習の時に声をかけてみよう。









「お疲れ様です。キリエ様。今日もありがとうございました」


「あっ、お前は、ヒルマリオ。えっと、お疲れ様。うん、今回も良かったぞ」


「ありがとうございます。美しいキリエ様に、お褒め頂き、わたしは、天にも登る気持ちです」


「な、な、何を言っておるのか。う、う、う、美しいなど」


「いえ、本心であります」


「そ、そ、そうか。うむ、では、この後、一緒に、食事でもするか。いや、断っても全然良いのだぞ」


「いえ、光栄であります」





 こうして、僕は、キリエ様と演習の後に食事することになった。






「どうだ、美味しいか?」


「はい、さすがキリエ様おすすめの店、とても美味しいです」


「そうか、良かった。美味しかったか」


「はい。ありがとうございました」


「うむ、そう言えば、わたしは、ヒルマリオの事を良く知らないのだが、教えてもらっても良いか?」


「はい、失礼しました。僕の名はヒルマリオです。年齢は、25歳です。元々モルディニア国の、騎士の家の生まれです。弟がいます」


「そうか。まだ若いのだな。わたしは、キリエ=フォン=ユキヤナヒだ、フロスト王国の下級貴族の次女だ、年齢は33歳だ。すでに、姉も妹も結婚している。姉の旦那である男が婿入りして、我が家を継いでいるので、家のことは心配ない。えっと、職業は、騎士団の小隊長をやっている」


 なんか、お見合いのような自己紹介になっている。キリエ様、面白いな。



 こうして、合同演習の度にキリエ様と食事をするのが恒例行事となった。





 そして、1年以上の歳月が過ぎた。僕は、キリエ様に恋をしていた。しかし、相手してくれるのだろうか? 次は、告白してみよう。









「我々、モルディニア騎士団は、この度ヴァルド王国の為に、帝国と戦うことになった」


 モルディニア騎士団騎士団長が、僕達騎士団員に話をする。何だって、ヴァルド王国方に? キリエ様の国。フロスト王国は、どうするんだ?



「団長、あの」


「どうした? ヒルマリオ」


「はい、フロスト王国は、どちらに?」


「フロスト王国か、フロスト王国は、帝国と関係が深い。おそらく、帝国方だろう」


 えっ! では、キリエ様と、敵味方に別れてしまうのか? 嫌だ、それは。しかし、そうすれば良いのだろうか? 僕は考えたが、良い考えが浮かばなかった。






 もたもたしているうちに、戦争は始まってしまった。中央では、帝国軍とヴァルド王国軍の騎士団による激しい戦闘が始まった。僕達、従属国は、従属国同士の戦闘になった。初日僕達も、僕達なりに激しい激突をすると、徐々に乱戦になっていった。



 演習で、見かけた騎士とも戦闘になった。しかし、運良く? 運悪く? キリエ様と会うことはなかった。





 戦争が長引くと、たまに遭遇戦をする位で、激しい戦闘はなくなっていった。中央部では、ごくたまに思い出したように、騎士団の突撃合戦が起きているが。







 そんなある日、僕は周辺の警備担当になり、見回っていた。そして、今は誰も戦っていない、戦場を見て回る。所々すすきが伸び見通しが悪いところもあった。



「ガサッ!」



「何者だ!」



 僕は音のした方を振り返る。そして、抜剣して、剣を構える。すると、同じく剣を構えた女性が現れる。凛とした立ち姿、キリッとした顔。キリエ様だ。



「キリエ様」


「お前は、ヒルマリオ」


「えっと、お会いしたかったです。キリエ様」


「わたしは、会いたくなかった」


「なぜですか?」


「わたしとお前は敵同士戦わないといけない」


「えっ。キリエ様と戦う? 僕は出来ません」


「何をしている、ヒルマリオ。剣を構えろ、そして、わたしと勝負だ」


「出来ません、キリエ様」


「戦場で、何を甘いことを言っている。そんな事では、命を落とすぞ」


「キリエ様に斬られるなら、それも本望」


「貴様!本当に何を言っている。わたしが、お前を斬って、嬉しいはずがなかろう!」


「じゃあ、結婚して下さい!」


「は? ヒルマリオ、何を言っている」


「嫌ですか?」


「えっイヤ、その、い、嫌とかではなくてだな、その」


「じゃあ、結婚して下さい!」


「ヒルマリオ良く考えろ、ここは戦場だ。そして、わたしとお前は敵同士」


「そんなの関係ありません。僕は、キリエ様が、好きだ!」


「そ、そ、そんなこと、言われても、え、えっと、わ、わ、わたしも、ヒルマリオには、好感をも、持っている。し、しかし、こんな年増と、け、け、結婚する等と。い、言うのは、ほ、ほ、本気のわけは、な、なくてだな」



 いつもの凛とした姿はどこへやら、キリエ様は、顔を真っ赤にして、もじもじとしている。


「僕は本気です。キリエ様、返事を待ってます」


 僕は、そう言うと、陣地に向かって歩きだそうと、背を向けた。すると、


「ま、待て、ヒルマリオ!」


 振り返ると、キリエ様が、こちらに駆けてきた。キリエ様に殺されるのか? それも、良いか。




 僕は目を瞑った。すると、かなりの衝撃と顔に柔らかい感触がした。僕とキリエ様は、草原に転がった。



「返事は、今だ。ヒルマリオ、結婚しよう」


「嬉しいです。キリエ様」









「マックス、何見てんだよ。出歯亀みたいな真似やめろよ」


「そんなこと言って、ビル先輩も見てるじゃないですか」


「まあまあ、しかし、衝撃的な場面っすね。戦場で、戦わないで、一戦交える男女の騎士」


「ジロー、言い方」


「今後どうするかとか考えているのかな?」


「脱ぎ捨てられている軍服からして、フロスト王国の騎士と、モルディニア国の騎士か」


「今は、敵同士っすね」


「じゃあ、うちの騎士団欠員あるから。うちに来てもらうか」



 僕は、立ち上がると、男女の騎士の方に向かう。



「ちょ、ちょっと、マックス。このタイミングで声かけんの?」


 ビル先輩の声が、背後から聞こえる。

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