第67話:三位一体の誓約

 「泥のように眠る」という言葉がある。

 どういう意味だろうか。


 俺は恐らくだが……泥の中にいるように、自らが動けないほど、まるで泥に足を取られているように、眠気に襲われている事だと思う。

 いや、寝ている時点で既に陥落しているか。


 何が言いたいかというと……今、俺はまさしくそういう状態だということだ。

 というよりも、その状態から脱しつつあるのだろう。


 なにせ、寝ているのにこんな感じで思考が働いているのだ。

 寝ているわけではないのだろう。


 目を開けてみる。

 いや、開けようとしているのだが、まるで見えない。

 というか、全てが白で塗りつぶされたかのように、自分の手足すら見えない。


 その圧倒的な眩しさを感じながらも、俺の身体にはどこにも影は落ちておらず。

 というよりも、全てが白で塗りつぶされている様は、まるで「白い闇」の中にいるかのようだ。


 眩く、暗く。

 目が開けていられないほどに暗く、何も見えないほどに明るい。


 そんな相反する景色を感じながら、俺は同時に心地よさを感じ、この状態から抜け出したくないとすら感じ始めてくる。


「――駄目だよ、――。ここでまた寝てしまっては、私が来た意味が無くなっちゃうよ」


 あの戦い以後、一体どれだけの時間が流れたか、俺は知らない。

 もしかしたら数秒かもしれない、もしかしたら数年かもしれない。


 いい加減に起きろというのか?


「そうだよ。君は、君を待っている人のところに戻らなきゃ――」


 目を向けると、紅の燃えるような美しい髪を湛えた存在が見える。

 声からするに、女性だ。


 その女性は俺に近付き、俺の頭を彼女の膝の上に載せたらしい。

 ふと見上げると、その女性の顔が見える……はずなのだが、どうも彼女の髪で見ることができないようだ。


 だが……


 優しげで。

 理知的で。

 美しく。


 誰よりも人を想い……誰よりも世界を愛した……そんな美しい人。

 そのことだけは、理解できている。


 ああ、そうだ。

 俺は彼女を知っている。


 俺の記憶ではない。

 俺の身体ではない。


 もっと深い、俺の根本の部分が、彼女が俺にとって大切な人だったことを憶えている。


「――っ!」


 俺は彼女に話しかけようとするが、声が出ない。

 そんな俺の様子を見て、彼女は俺の頬をそっと手で包んだ。


 上手く見えない顔だが、その髪の間からも認識できるほどの、その美しいサファイアのような瞳が俺を見つめている。


「……大丈夫だよ。私はいつだって一緒にいるから」


 彼女の姿がぼやけてくる。


「――っ、――っ!」


 駄目だ、行くな。

 俺はまだお前に……何も、何も――!


「――幾星霜のときが流れても、幾億層もの世界を飛び越えても……私は君と一緒にいるよ。だって……」


 必死に彼女の姿を見る。

 霞む視界に、彼女の顔が見えた――気がした。


 彼女は、そのサファイアのような瞳に涙を浮かべ、そうでありながらも俺に笑顔を向けてきていた。


「――だって、私は君を愛しているから」


 ――だから、例え姿が変わっても。

 ――君を君と分からなくなっても。


 最早俺は何も見えず、ただその空間に残響のような声だけが聞こえる。


 ――何度だって思い出すよ。

 ――何度だって会いに行くよ。


 ―――愛しているから。


(駄目だ、消えるな――! 俺は、俺だって――!)



 * * *



「――っ!」


 その瞬間、俺は覚醒した。


「……ここ……は?」


 周囲を見渡そうとして、上手く身体が動かないことに気付く。

 どうにか目だけを動かして周囲を見ると、どうやら離宮の俺の部屋のようであることだけは分かった。


「……?」


 ふと、俺は先程起きようとした瞬間、何かを叫ぼうとした……いや、誰かの名前を呼ぼうとした気がする。

 だが、一体誰の、どんな名前だったか思い出せず首を捻る。


(なにか……大切な……)


 だが、色々考えてみるもののピンとくるものはなく。


(まあ、いいか)


 そう思い直し、俺は身体を動かそうとした。

 ……とそこへ足音が近付いてくるのを俺の耳が捉える。


 この足音からすると……


「おはようございますの、レオン」


 やはりエリーナだったか。

 というか、おはようということは朝なのか?

 そう思いながらエリーナに挨拶を返す。


「……おはよう、エリーナ」

「ええ、おはようございます……」


 だが、エリーナは挨拶を返している途中で固まり……まるで、「ギギギ……」と油切れの機械が動くときのようなゆっくりとした動きで俺の方を向いた。


「どうした?」

「…………って、ふえぇぇぇええぇぇぇぇっ!? レオン、目が覚めましたの!?」


 いや、「ふえぇ」って……と思いながらも俺はエリーナに話しかける。


「ああ……今さっき起きたんだが……というか、実は少し動けなくてな……」

「レオン!」


 そう俺が行ったと同時に、エリーナが抱きついてきた。

 はっきり言って、ここまでエリーナが積極的に動いてくるのは非常に珍しい。

 そのため俺は面食らっていたのだが……


「ひくっ……よかった……レオンが……ひくっ……もう二度と目を覚まさないのかと……!」


 エリーナの声に嗚咽が混ざる。

 同時に、俺に抱きついている手が震えているのを感じた。


 ……これほどまで、心配を掛けたのか。

 申し訳ない気持ちと同時に、ここまで喜んでくれるエリーナに嬉しさと、愛おしさを感じる。


 俺はどうにか手を動かしながら、エリーナの頭を撫でた。


「……ごめんな。心配掛けた」

「本当ですわよ……あの時も勝手にいなくなって……今回は……本当に死んでしまうのではないかと……! 本当に心配だったんですのよ!」


 前からエリーナには迷惑というか、心配ばかり掛けてしまっている。

 申し訳なく思いつつも、そうやって俺に対する感情を思うがままにぶつけてくる彼女には不思議と懐かしさすら感じる。

 どうにか身体を動かし、身体を起こすと俺はエリーナを抱きしめながら告げた。


「これからは……ずっと一緒だ」

「ええ……ええ……!」



 * * *



「落ち着いたか?」

「…………ええ、ごめんなさいですの」


 どうやらしばらくして恥ずかしくなったらしいエリーナは、俺の寝ているベッドの布団の上に顔を埋めていた。

 といってもこのベッド、めちゃくちゃ大きいので普通にエリーナがベッドに上がり込んでいる状態なのだが……まあ、親族だから良いか。婚約者だし。

 顔を真っ赤にしながらそうしているエリーナに萌えながらも俺は、エリーナに声を掛ける。


 ちょっと照れくさいのはあるのだが……まあ、そうも言ってられないだろう。


「なに、気にするな……というか、心配してくれて嬉しかった」


 お礼もかねて……本心であるのは事実なのでそう告げると、チラッと俺の方を少し顔を上げて見てきたが……


「……~~~~っ!」


 再度声にならない声を上げて、布団に顔を埋めてしまった。

 同時に足がバタバタしているところからすると、少しだけイジめたくなってしまう。


「エリーナ……嬉しかったよ」

「!? ……~~! ~~!」

「そんなお前も可愛いよ」

「!! ~~~~!! ~~~~!!」


 ――ジタバタ、ジタバタ


「……何しているんですか本当に」

「おや、ファティマか」


 そんな事をしていたら、エリーナの侍女であるファティマ・アンデルスが扉の前に立っていた。

 相変わらずの無表情というか……


「……レオン様がエリーナ様を寝所に連れ込んでいる件」

「おいやめろ」

「陛下、こいつです」

「それマジで止めて!?」

「このロリコン共め!」

「だから同い年……ってどっからそのネタ持って来てんだお前は!」


 無意識のうちに【発勁】で身体強化をして、ひたすらにツッコミを入れていたらしい。

 どうやら満足したのか、「ムフーッ」とした表情でドヤ顔を向けてくる。


「……なんか腹立つな」

「そんな……褒めても何も出ませんよ。母乳以外……」

「逆に出たら怖いわ!」

「出せるようにしてくださってもいいんですよ?」

「ド阿呆! エリーナの前でなんてことを言いやがる!」


 こいつ実は転生者だろ……なんてことが頭を過りつつ、俺は荒れる息を整えた。


「どうぞ」

「……ホントお前って……ありがとう」


 そして散々俺をおちょくった挙げ句には、こうやって俺にさりげなく水を差しだしてくるという……

 本当に良い性格しているとおもう。


 そんな事を考えていると、エリーナがむくれていた。


「……いつも思うのですけれど、レオンはファティマと喋っていると活き活きしていますわよね?」

「いや……どちらかというと疲れるぞ……?」

「でもでもっ! 掛け合いが凄く楽しそうですし、まるで叩けば響くみたいにポンポン言葉が出てくるではありませんのー!」


 どうやらエリーナからすると、こういったある意味雑な掛け合いをしている俺とファティマが羨ましいらしい。

 そんな様子に少し苦笑しながら、俺はエリーナを手招きする。


「……むー」

「ほら、そうむくれるな……可愛い顔が台無し……いや、これはこれで可愛いが……」


 少し不機嫌そうな顔をしながらベッドの上を移動して近くに来るエリーナの肩を抱き、頭を優しく撫でる。

 しばらくむくれていたエリーナも、少しすると身を委ねて撫でられるがままになった。


「……なんか、私をダシにしていちゃつかれている感じが腹立たしいのですが」

「自業自得、って言葉を知っているか?」

「うるさいですよ…………ほら、エリーナ様もそろそろ離れて。レッスンの予定が入っていますよ」

「……あっ、そうでしたわね」


 今思い出した、というような表情をしながら、ベッドから降りるエリーナ。

 少し名残惜しそうではあったので、また後で存分に撫でようと思う。


 そこからは少し、どの程度の時間が経過しているのか、どのような状況になったのかなどを二人に聞いていく。


「……1ヶ月……そんなに寝ていたのか」

「ええ……おじさまもおばさまも、相当に心配されていらっしゃいますわ」

「……だろうな」


 あの騒ぎの後だ。

 それこそ気が気ではなかっただろう。


「それと、スタンピードはどうなった?」

「それが……確かに高クラスの魔物がそれなりの数押し寄せてきましたが、低クラスの……例えばゴブリンやオークなどはさっぱりだったそうですわ。まあ、高クラスの魔物も、おじさまにおばさま、さらには国軍が動きましたので、兵士たちに多少の被害は出たものの無事終わりましたわ」

「そうか……良かった……」


 もちろん本来であれば、そのようなことが起きる前にディムたちを倒せればそんな被害も生じなかった。

 俺はあの時の自分の力のなさを痛感しながら、無意識に布団を握りしめていた。


(ディム・パル……もし次に会うことがあれば、その時が貴様の命日だ……)


 あのシルベスターと名乗る男はディムを処刑すると言っていた。

 だが、それを完全に信用できるはずもない。


 俺はもし次に会うことがあれば必ず仕留めることを心に誓いながら、今はその心にそっと蓋を閉じた……


「それで! ですわっ」


 いきなりのエリーナの大声に、俺は心臓が飛び上がるかと思った。

 折角区切りよく締めたつもりだったのに。


「な、何だエリーナ? いきなりそんな声を出して……」


 跳ねる心臓を抑えながら俺はエリーナに聞き返す。

 すると、エリーナは扉の方を見ながらこう言った。


「……あそこで隠れているように見えるのは、プエラリフィアさん、でしょうか?」


 エリーナの言葉を聞いて、俺もそちらの方向を見る。

 すると、確かに扉の隙間……隙間? からこちらを窺う瞳が見えるのだが……


 ……いや、完全に耳が出てますやん。

 ……尻尾も出てますやん。


 そう思っているとファティマが意識の隙間を掻い潜るような歩法で移動し、扉を思い切り開けたのである。


「きゃっ……!」

「ちょっと……!」


 そんな可愛らしい声を上げながら床に倒れてくる約2名。

 というか……


「ノエリアまでか……」

「あ、あらら?」


 微妙に視線を逸らしながら、こちらを窺っているのが分かる。

 俺は苦笑しながら、手招きした。


「……ほら、二人ともこっちに」

「あら、いいの?」

「……」


 すぐに近付き、ベッドの上に乗ってくるノエリアと、なんとも言えない表情をしながらおずおず近付いてくるフィア。

 その様子を見ていた俺は、少し考えてファティマに声を掛けた。


「ファティマ」

「ええ、分かっています。エリーナ様のレッスンは今日はお休みです。それに今日はヒルデ様のレッスンのようですから」

「……それ、逆に怖くないか?」

「フォローは任せます!」

「お前!?」


 それだけ言うとさっさと逃走するファティマ。

 ……エリーナの休みのフォローは俺がするのか、少し怖い。


 まあ、いい。

 とにかく今は、彼女たちと話していたい。

 特に……フィアとはきちんと話をしておきたいのだ。


 と思っていると、残っている女性陣からのなんとも言われない視線を頂戴した。


「……何だ、その目?」


 聞いてみるが誰も答えてくれない。

 それよりも、3人で顔を付き合わせて意見交換をしている。


「……やっぱり、ファティマとレオンは怪しいんですの」

「……明らかに慣れているわよね」

「……妾とて、ああまで応答できんのう」


 そう言いながら、一斉にこちらを見てくる。

 その目を見た瞬間、俺は無意識に後退りしそうになった。いや、ベッドの上だからできなかったと言うべきだろうか。


「「「ちょっと……お話が必要 (ですの)(じゃ)(だわ)!!」」」

「ま、待て……話せばわか……る……アァーーーーッ!?」



 * * *



「……だから、そう心配する事ではないんだ。昔からあんな感じだしな」

「そうは言うけれど……明らかに怪しいわ」

「そうですのよ? ああも親しいというのはどうかと思いますわ!」

「この娘の言う通りじゃ。どこで誑かし込んだのやら……」

「お前ら……」


 流石に言えない。

 俺が【エクレシア・エトワール】近郊の村で孤児を見つけ、それを祖父と大叔父が全力でエリーナを守るために彼女を訓練したなんて。


 実は彼女の主人というのは、俺だったりするのだ。

 もちろん絶対にそんなことを言うわけにはいかない。


 ……最近ちょっと主従関係が怪しくなってきているが。

 とはいえ流石にこれを教えるわけにはいかないので、とにかく彼女たちを必死で宥める。


 ……――


 どうにか小一時間説明し、納得してもらえた。

 さて……それよりも大切なのは。


「……フィア」

「……レオニス」


 さっきまでは平然としていたフィアだが、改めてとなるとどうも緊張するらしい。

 流石にあのような別れ方をしたので、気まずいというのもあるのだろう。


 だから、俺は先にベッドの上ではあったが頭を下げた。


「フィア、すまなかった」

「レオニス……」

「……俺は、確かにお前に甘えていた。お前と離れるなど考えず、振り回してしまっていた……それがどれだけお前に負担を掛け、お前の心を苦しめていたかも知らずに」


 あの時ノエリアから言われるまで、俺は全く分かっていなかった。

 そしてそれまでの自身の言動を思い返し、やっと自分が取り返しのつかないような愚かな行動を取っていたことに気付かされたのだ。


「あの時、フィアが俺の前から去ってから、お前がどれだけ大切な相手だったのか気付かされた……こんな俺だが、許して欲しい。そして、これからも俺の隣にいて欲しい」


 もし、ここで許してもらえなかったとしても。

 俺は許してもらえるまで努力する。


 そう心に決めながら深く頭を下げる。


「レオニス……」


 すると、フィアが俺の名前を呼びながら俺の頬に触れてきた。


「……妾も同じじゃ。お主に甘え、言葉がなくとも心は伝わると、そう考えていた……考えてしまった。そして言葉にする事を良しとせず怠った……それは妾の怠慢であり、そして愚かな独りよがりじゃった」


 そう言いながら、俺の顔を手でそっと上げながら正面から視線を合わせてくる。


「――ノエリアに、そしてこのエリーナ王女に対し嫉妬したものじゃ。そして……妾は必要ないと、お主の気持ちも考えず判断してしまった。……お主がどれだけ傷つくのか、その事実から目を背けながら」


 そう告げるフィアの双眸から一滴、涙が零れ落ちる。

 だがそれを拭うことなく、フィアは言葉を続けた。


「どうか……妾を許してくれぬか? そして、これからも側に……ずっと側に居させてくれぬか?」

「フィア……」


 俺は彼女の頬に流れる雫を震える指で拭い、頷く。


「……フィア、どうかこれからも、俺の側にいてくれ。それが、俺の願いだ」

「うむ……うむ……! 勿論じゃ、勿論……ずっと一緒に……!」


 そう言いながら俺の胸に顔を埋めるフィア。

 俺は彼女をそっと抱きしめながら、彼女の頭に顔を埋める。


「……すんっ……頭の天辺が冷たいのじゃ」

「うるさい、じっとしてろ……それに俺の胸の辺りも冷たいわ」


 お互い声を上げることはなかったが、想いの溢れるままに任せて、顔を埋めたお互いの場所をしとどに濡らす。

 ようやく擦れ違ったお互いの想いが、重なったのであった。



 * * *



「……って、なんかズルいですわ!」

「エ、エリーナ?」

「そうよね……ファティマちゃんの話から、なんでフィアの事に移っているのかしら? しかも私たちの前でいちゃこらと……」


 しまった。

 フィアとの仲直りができたことで少々舞い上がっていたのか、エリーナもノエリアもいる状況で抱き合ってしまっていたのである。


「あ、あの、その、じゃな!」


 フィアがあたふたしながら必死に何かを言おうとしているが、全く言葉になっていない。

 というか、フィアの尻がこちらを向いているため荒ぶる尻尾が俺を往復ビンタしているのだが、これはどうしたらいいのだろう。


「レ、レオニスも何か言ってたもぅ!」

「ふっ……」


 顔を真っ赤にしながら耳を倒し、こちらを振り返って助けを求めてくるフィアの姿になんとも萌えながら俺は吹きだしてしまった。


「な、何笑っておるのじゃ! お、お主の責任じゃぞ!?」

「そうですわ! ちゃんと説明した上で、わたくしにもご褒美をくださいまし! 頭ナデナデとか!」

「あら、それなら私はキスしてもらおうかしら?」


 確かにそうだ。

 きちんと言葉にしなければ、何も伝わらない。


 だから俺は決めた。


「ほら……良いから少し落ち着いてくれ。ほら……」


 俺はそう言いながら両手で俺の隣を叩く。

 正面にはフィアがいるので、俺の隣にはエリーナとノエリアがくっ付いてきた。


 俺はまず、エリーナに声を掛ける。


「エリーナ」

「ひゃ、ひゃいですの!」


 隣にいるエリーナの肩を抱き寄せながら、耳元で名前を呼ぶと飛び跳ねんばかりに反応する。


「俺たちは小さいころから一緒だった……例え俺が【白】だと判明しても、エリーナは俺を見てくれていた。それがどれだけ俺の心の支えだったか……本当に感謝しているよ」

「は、はい、ですの……」

「そして、俺がいない2年の間に、さらに強く、美しく育ってくれた。王女としてふさわしく、民を愛し……そして、誰よりも家族を気遣う君は、愛らしく、誇らしい女性だ」

「……っ」

「どうか、これからも俺の側で、一緒に生きて欲しい。その優しさを、どうか一緒に支えさせてくれ」

「……はいっ!」


 俺はエリーナを抱きしめ、そっと唇を重ねた。

 愛しさを胸に、俺は彼女を絶対に離さないと誓う。


「フィア」

「……つ、次は妾なのかえ」


 今度は俺の対面に座る……というか俺に跨がるフィアに声を掛ける。


「あの闇の中で一人封印されていた君を解放してから、俺の世界は変わった。独りではなく、誰かと共に歩く喜びを……そして、自分に対する本当の自信を与えてくれたのは君だ、プエラリフィア。あの1年、苦楽を共にしたというのは非常に大きかったと思う……まあ、あんな別れ方をして、改めて君の大切さを知り、自分の未熟さを痛感させられたということもあったが」

「そうじゃな……本当にそうじゃ」

「……誰よりも賢く、そして誰よりも他人を優先してしまう君。どうか俺に対しては我が儘であってほしい」

「レオ、ン……」

「どうか、これからは一緒に並んで歩いて欲しい。例え俺の生涯が君からすれば瞬きの一瞬だとしても、君をずっと愛している事は真実だから」

「……っ、レオン……妾も……私も、レオンを愛しているのじゃっ……!」


 抱きついてくるフィアを強く抱き返し、俺たちはお互いに額をくっつける。

 そしてどちらともなく、唇を重ねた。


「やっと、私の番ね」

「そうだな……だが、俺に告白してきたのは君が最初だ。それは知ってたか?」

「ふふっ、そうらしいわね」


 ノエリアがクスクスと笑う。

 実は、エリーナとは婚約という話にはなっていても、告白をしたというのはノエリアが最初だったりする。


 エリーナの場合は、お互いいとこというのもあったからな。

 まあ、それは今は良い。

 俺は顔を覗き込んでくるノエリアを見ながら、口を開いた。


「ノエリア……最初君に会ったときはただ助けた相手でしかなかった。まさか再会するなんて思わなかった」

「あら、そうなの? 私は少し予感があったわよ」

「そうか……そして次に会ったときも、刀を振りかぶってくるような『戦闘狂』にしか見えていなかったのだが……だが、君は素直で、自分に正直だった。それは王城で育った俺にとっては意外でもあり、そしてその雰囲気に憧れた、というのが正直なところだった」

「そう思われていたのね……」

「まあ、な。だが、君と一緒にいるにつれ、君があらゆる事に真摯で、そして絶対に諦めないという粘り強さを持つ、芯の強い女性だということが分かった。そして同時に、本当は周りをよく見ており、気遣いや慈愛に満ちた『お姉さん』だということにも気付いた……そのころから、惹かれていくようになったんだと思う」


 俺の言葉に微笑みを返してくるノエリアの肩を抱きながら、俺は耳元に口を寄せた。


「これからも、どうかそのまま素直であってくれ。そして、『お姉さん』としてではなく、1人の女性として俺と歩み、この先の人生を共に戦って欲しい」

「ええ、勿論よ――私の愛しい旦那様」


 そう言うと、ノエリアの方から唇を重ねてくる。

 それを受け入れながら、改めて俺は彼女を抱きしめた。


 そしてお互い離れると、改めて俺は3人に告げる。


「――改めて、エリーナ、フィア、ノエリア……どうか俺の妻になって、俺と共に歩んでくれ」

「「「はい!」」」


 こうして俺は、この3人と将来結婚することを明言した。

 そう、明確に言葉にすることは大切だから。


 それは、一つの宣言であり、誓いなのだから。




 * * * * *



 ――シルベスター視点――


「……よろしかったのですか?」

「何がだい?」


 廊下を歩く私の後ろからコーディがそう言ってきた。

 それに振り返りながら聞き返す。


「いえ……折角の【鍵】だったのです。それに……」

「――相手は満身創痍だったのに、かい?」

「ええ……」


 コーディの言いたいことも分かる。

 我が一族……そして私たちは何年もとある目的のために動いてきた。


 そして、やっとその目的を達成するための鍵を見つけたのだ。

 それは何代にもわたって受け継がれてきた悲願とも言える。


 それをみすみす逃がすとは……といいたいのだろうが。

 そうもいかないのが事実なのだ。


 なにせ、【鍵】と共にいた……いや、明らかに守っていたのは、あのだったのだから。

 私の目的――それは確かに【鍵】を見つけ出す事であるが、もう1つの目的がある。


 というよりも……その「もう1つ」の方がより重要なのだが。


(よもや、このような形で再会するとは……)


 彼に敵すること……彼に嫌われることだけは避けたいのである。

 だから、私はあの場では引くしかなかった。


(だが、いずれ彼も真実を知るだろう)


 その時に、きっと彼は手を貸してくれるはずだ。

 だから、私はあちらに対してはできる限り裏から手を伸ばし、彼をサポートする。


 ……その前に、邪魔な連中を処理しなければならないな。


「あの男は?」


 私は話を切り替え、遂に捕らえた人物についてコーディに確認する。


「既に割らせています」

「わかった」


 私はコーディに頷くと、執務室に入り書類の確認を始める。

 同時にコーディがコーヒーを持ってきてくれたため、それに口を付けながら考える。


 これから起こる可能性のある問題は、必ずと言って良いほど彼の協力が必要だ。

 次のプランを考えつつ、俺はとにかく今しなければならない仕事を片付けるのであった。

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