第2話:振るわれる剣

「大丈夫か?」

「は、はい……」


 私が声をかけると、少女が顔を上げてこちらを見てきた。

 なるほど、かなりの美少女だな。

 

 ふんわりとウェーブ掛かった栗色の髪と、榛色の瞳。

 垂れた目は彼女の髪型と合わせて、彼女の雰囲気を柔らかくしていた。


 先程石に躓いたため擦り傷があるようだが、見たところ大きなダメージは無さそうである。


「自分で立てるか?」

「え、ええっと……だ、大丈夫です」


 彼女は良さそうだ。


「もう一人にこれを飲ませるんだ」

「あ、大丈夫です。持ち合わせがありますから……」


 彼女は既に回復薬をもう一人の少女に飲ませていた。

 準備がいいな。


 さて。

 そろそろ正面のワーウルフが飛びかかって来そうだ。

 俺が出来る程度の【威圧】では限界があるな。


「立てるなら、すぐに立って逃げるんだ。これは私が対応する」

「で、でも……」

「早く」


 こちらの言葉の強さのためか、一瞬肩を跳ねさせた彼女。

 それに対して、行動を促したのはもう一人の少女だった。


「……リナ様、いきましょう。私たちではどうしようもありませんし、この方の方が強いようですから……無事を祈ります」

「でも……」


 何度か逡巡した彼女だったが、もう一人の少女の言葉で遂に決めたようだ。

 何度も振り返りつつも、手を引かれて移動していく。


 しかし、「様」付けされるということは、良いところの出だろうか?

 もう一人の少女が従者なのかもしれない。


 そう考えつつ、目の前のワーウルフに意識を向けた。


「グルルルル……」

「さて、待たせたな……ワーウルフ」

「ガアアアアアアアアッ!!」


 凄まじい咆哮が迸り、ダンジョンを揺らす。

 大人が聞いたとしても恐慌に陥りそうだ。


 そんな相手を見据えつつ、私も剣を構える。


「はあああああっ!!」

「グルルルルアアアアッ!!」


 一閃、二閃、三閃。

 ワーウルフの爪を払い、牙を躱し、そして斬りつける。


 ワーウルフも私の剣を躱し、隙を突こうと爪を向けてくる。


 どの程度切り結んだだろうか。

 もしかしたら1分程度かもしれない。あるいは1時間だろうか。

 長いような短い時間を感じながら、お互い弾かれたように飛び下がる。


「……おかしい」


 普通、ワーウルフはここまで強くない。

 それに、ワーウルフは少なくとも2体で行動するため、1体だけでここにいることもおかしい。


「フッ……フッ……ガアアアアアアアアッ!!」


 次の瞬間、ワーウルフの身体変化する。


 二足歩行から四足へ。

 体毛がさらに伸び、赤黒い色へ。

 目が赤く光るものへ。


 そして身体も倍の大きさに変化したのだ。


「こいつ……【キラーウルフ】か!?」


 これは拙い。

 キラーウルフは、Bクラスモンスターに分類される魔狼。

 その大きな特徴は【変化】と呼ばれるスキルにある。【変化】すると戦闘力、脚力、凶暴性が高くなるのだ。


 通常状態ですら、純粋な戦闘力や脚力、気配察知能力が他のウルフ系モンスターに比べ高い。

 見た目に騙されて返り討ちに合う冒険者も多く、別名「ハンターキラー」とすら言われるモンスターなのである。


「面倒な……」


 ワーウルフ程度であればどうにかなるが、流石にキラーウルフとなるとかなりきつい。

 一応、魔道具とダンジョンのとある・・・仕掛けを使えばどうにかなるはずだが、それでも確実にとは言えない。


「とはいえ……」


 腹を括らなくてはいけない。

 流石にキラーウルフでは、逃げ出すわけにもいかない。

 私が逃げ出せば、間違いなく追ってくるだろう。


「まだまだ終わらん、終わらせん……!」


 * * *


「くっ……」


 盾がない以上、攻撃は回避するか、切り払うしかない。

 そのため、私の身体にはそれなりに傷が出来てきている。


 もちろんそれはキラーウルフも同様だが。

 私の剣は基本的に鋭さを主とした剣。長さは70センチ程度の刃なのだが、手数によってキラーウルフを大きく傷つけている。


 だが、厄介な点が1つ。


「グルルルル……」


 唸りと共に、徐々に傷が修復されていく。

 もちろんその部分の皮膚や毛は最初より見た目が良くはないものの、その再生力の高さ故しぶといのだ。


(しかし、再生状態では素材としては使えんな)


 そんな事を考えつつ、次の攻撃を繰り出す。

 だが、相手も然るもの。


 ちょうど死角となっていた部分から、尻尾による攻撃を繰り出してきた。


「ちっ!」


 回避し、体勢を変えて斬りつけるが回避される。

 同時に爪が迫ってきており――


「くそっ……!」


 不安定な今の体勢では回避できない。

 剣も斬った後のため、防御するにも間に合わない。

 少なくとも致命傷にならないように身体を逸らして――


「ひ、『火よ 我が敵を焼き尽くせ——【ファイアボール】』!」


 その瞬間。

 声がしたと思ったら、火の玉が飛んでキラーウルフに当たった。


「グガッ!?」

「君は……!」


 キラーウルフの意識が私から逸れたので、声の方向を見る。

 するとそこには、先程「リナ」と呼ばれていた少女が杖を構えて立っていた。


「は、早く逃げてください! 少し位時間稼ぎはできますから!」


 この子は……

 自分が殺されかけたのだ、ここに戻ってくるなんて普通は出来ない。

 だが、この子は態々私を逃がすために戻って来たのか?


「よせ! こいつはキラーウルフ、君が手に負える相手じゃない! 早く逃げるんだ!」

「で、でも……もしここであなたを見捨てたら……私は私を許せなくなりますから……!」


 まったく、頑固な子だ。

 大体、冒険者としての心構えを忘れたのだろうか。冒険者は命あっての物種、死んだら元も子もないのだ。


 冒険者は基本的に「生き残ること」を優先する。

 それを、ここまで「あなたを見捨てない」と言うとは……



 やれやれ……



 ……流石にこう言われてはな。

 あまりこの戦い方はしたくないのだが、そうも言っていられない。



「分かった……そんな覚悟をしなくても大丈夫だ」

「え……?」


 私の一言に呆けたような顔をする彼女。

 そんな少女の肩を掴み、後ろを向かせる。


「――心配するな、すぐに片付ける」


 こちらに顔を向けてくる彼女に微笑みかけ、その背中を押した。


 もう、躊躇いはしないことにしよう。

 躊躇いのために、他者を犠牲にするのは御免だ。


 かつて学び、もう二度と使う事はないと思っていた自分の剣術。

 そして、である証明の戦い方だ。


「え、ええ!?」

「下がっていろ……ああ、そのくらいで良い」


 俺は、改めてキラーウルフに意識を向ける。

 既に何度も傷を負わせている相手は、やはり脅威として俺を優先して見ているのが分かる。


 さて……

 魔力を循環させ、一歩キラーウルフに近づく。


 俺は魔力量が多い。しかし、属性魔法が使える【魔法使い】ではない。

 単なる【魔力持ち】だ。


 この世界では、誰でも微量な魔力を持つ。

 そして、その中でも一定以上の量を持つ存在が【魔力持ち】、そして魔力を魔法として放てるのが【魔法使い】として認識されている。


 さて、本来魔力を持つものが必ず保有する【属性】というのを、俺は持っていない。

 普通、魔法使いでなくても魔力を持っていれば何らかの属性を帯びているはず。


 だが、俺はそれがなく、【白】と呼ばれている属性である。

 これは稀に出る属性で、膨大な魔力を持つにもかかわらず、どんな魔法も使えないという問題がある。


 唯一出来るのが、体内で魔力を循環させることで出来る【発勁】という身体強化だけだ。

 それもコントロールを誤るとすぐに魔力が外に漏れ、散ってしまう。


 放出系の魔法を撃てない残念な属性、【白】。


 だからこそ、かつて俺は自分の属性を捨てた・・・


「だが……俺は……」


 悪いがキラーウルフよ。

 お前は俺の糧になってもらう。


 他人のために自らを危険にさらすお人好し勇者のために。


 そして……俺の強さの証明のために。


「いくぞ……護国流剣術、初剣そめのつるぎ――」


 


「【玉響たまゆら】」




 * * *


 久々に使う剣術。

 しばらく鍛錬していなかったため、最初はぎこちなかったのだが、それでも魔物相手には充分。


 真っ直ぐに剣を奔らせ、敵を貫き、背後を取る。


 唯々静かに。


 ――ガアアアアアアアアッ……


 【玉響】を繰り出す際、音が遠くに聞こえる。

 これが中々面白いのだ。


 とはいえ攻撃の型なので、その威力は馬鹿にならないのだが。

 既にキラーウルフには貫いた傷が出来ており、そこから血を流している。


 もちろんキラーウルフも攻撃してこようとする。

 その間に俺は既に通り過ぎているのでもちろん当たらない。


 だが、直線動作のため、いずれは反撃を食らうに違いない。

 それでは問題なので、俺は再度魔力を練り、攻撃の型を変える。


「――継式つぎのしき、【陽炎かげろう】」


 これは簡単に言えば。魔力を使った「アイソレーション」だ。

 普通に目の錯覚が起きるだけでなく、魔力を伴うため実際に錯覚以上の幻となる。


 特に魔物は【魔力探知】と呼ばれる能力で敵を「視ている」ため、かなり有効だったりする。


「ガルッ! ギャン!? ギャン! キャイン!」


 キラーウルフは必死に再生を繰り返すがそれも上手くいっていないようである。

 【護国流剣術】は体内を超え、武器にも魔力を通す。


 もちろん、魔力を通せる武器でなければ出来ない技ではあるのだが……


 さて、俺は別に魔物を苦しませるつもりはないので、止めとするか。


「最後だ……終剣ついのつるぎ――【暁】」


 魔力を込めた最後の一撃。

 それがキラーウルフの頭に命中し、キラーウルフが倒れ伏す。


「グ……オォ…………」

「…………――」


 完全に生きている気配が消えたのを確認し、俺は剣を納めた。


「す……すごい……」

「大丈夫だっただろう?」


 ぽかんとした表情の少女。

 なんとも言えない顔をしているが、流石にその顔は問題だろう。


 目の前で手を振ると、ハッとした表情をして動き出した。


「あ、す、すみません……」

「いや、構わないが。……あれは貰うぞ?」


 倒れているキラーウルフを指さす。


「ええ、もちろんです。というか、私が貰うわけにはいきませんから……」

「……そうか」


 ある意味横取りしたようなものだったのだが。

 たまに冒険者で、実力以上の魔物に挑戦し負けて、助けてもらったにも関わらず「横取りだ!」と騒ぐのもいるらしいからな……。


 まあ、彼女の雰囲気や言葉からすると、間違いなく良い人だからそうはしないと思ってはいたが。


 さて。

 キラーウルフの毛皮などは流石に再生の繰り返しのため傷があるし、品質も下がってしまっている。

 必要なものを剥ぎ取って、それ以外はダンジョンの養分になっていただこう。


 そんな事を考えつつ、剥ぎ取り用のナイフを片手にキラーウルフに近付き、しゃがんで剥ぎ取りを始めた。


 爪や牙も大切な素材。これらは武器に使われる。

 さて、キラーウルフの心臓付近を開くと、独特のピンクとオレンジの色を持つ結晶を取り出すことが出来た。


 これは【魔石】と呼ばれる魔物からとれる高価な素材だ。

 そして【魔石】こそ、魔物を魔物たらしめる器官なのである。


 それは魔力のキャパシタであり、コントロールするための器官といわれており、魔物はそれに宿る魔力によって様々なスキルや身体能力の上昇を得られる。


 さらに魔石は魔道具を動作させる動力源としてよく用いられており、必需品であるため中々の値段で取引される。

 そして、上位クラスのものほど蓄える魔力が強く、色も良く、大きくなるため高値になるのだ。


 宝石としての価値が付く場合もあり、魔物の素材を失ってでも魔石だけは回収する冒険者もいるほどである。


「……くっ、魔力が……」


 久々の【護国剣】はきついな。

 魔力がほぼ空になってしまった。


 しかし普段使わないから、魔力回復薬も持ってきていないし……

 まあ、帰るくらいはできるか。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、少し魔力を使いすぎただけだ……」


 よろける俺を見て、リナと呼ばれた少女が駆けてくる。

 それを見ながら俺もそちらに向かって一歩踏み出した。


 この時の自分は、恐らく相当浮かれていたのだろう。

 魔力切れなどは言い訳にならないと思う。もちろん、ふらつくため普段に比べて集中力が落ちていたかもしれない。


 だが、高クラスの魔石を手に入れられたこともそうだが、やはり少女を「守り切った」という達成感のため……俺は普段よりかなり警戒レベルを落としていたようで。


 この時、俺は忘れていた。

 ちょうど、自分が踏み出した場所に――トラップがあったことを。


 ――カチッ


「……む?」


 ガバッ!


「うおおおおおおおぉぉぉぉぁぁぁぁ――――…………」


 俺は、真下に開いた落下トラップの餌食になったのであった。



「なんです? ……って、落ちたんですか……」


 後で聞いた話だが。

 この時、リナ嬢は突如消えた俺を見つつ、しばらく何が起きたか理解出来なかったらしい。


 いや、地面が突然割れて、俺が落ちていくのは見えていたそうだ。

 だが、完全に頭がパンクしていたらしく。


「…………」


 1分後。


「…………って、落ちたぁ!? た、大変です! 皆さんに知らせないと……!」

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