第3話:秘められた遺跡

 一体どれだけ落ちたのだろうか。

 俺は身体中の痛みを堪えつつ、辺りを見渡した。

 自分の隣りには共に落ちたキラーウルフの亡骸が横たわっている。

 

「最後の最後にトラップに掛かるとは……おかげでこっち・・・の世界でも転落。……まあ、死ななかっただけ運がいいか」

 

 さて、辺りを見渡すと、先程の洞窟とは異なり全てレンガ造りの――とは言っても天井の一部が崩壊しているが――場所だ。

 ダンジョンの一部だからだろうか、そのレンガは光を帯びており、特に光源がなくても周囲を見渡すことができる。

 

「特に生物の気配は――無さそうだな……」


 そう呟きつつ、腰のポーチから回復薬を取りだし、飲み込む。

 効果が高いというわけではないが、少なくとも身体を苛む痛みは治まったようだ。

 

「魔石は……無事だったか」


 生憎この世界には、ファンタジー定番の「アイテムボックス」や「インベントリ」というのは一般的ではない。


 似たもので【マジックバッグ】は存在するのだが、容量に制限があり、金額が高い。しかも、時間経過があるため、中のものが劣化する。


 もちろん【マジックバッグ】の場合、中に入れたものが破損することはない。


 だが、流石にそんなものは冒険者である俺は持っていない。持っているのは普通のバックパックだ。正確に言うとナップサック(巾着リュック)みたいなものだ。そのため当然、中のものが破損する場合はある訳で……。


 さて、魔石の無事を確認した俺は落ちてきた場所を離れ、出口を探すことにした。


 ちなみに、口調が変わっていると思うだろう?

 実はこっちが素なんだ。


 まあ、そんな事は置いておいて。


「トラップで落ちてきたということは、どこかに上に行く方法があるはずだが……」


 基本的にダンジョンのトラップはそう酷いものは存在しない。

 というか、浅い階層ではまずない、という方が正しいか。


 あまり浅い階層に即死トラップがあると、人が入らなくなってしまうのでダンジョンが遠慮するそうだ。

 いや、「遠慮する」ってなんだよと言いたいが、教本に書いてある以上、そういうものなのだ。


 つまり、浅い階層から落ちたとしても、魔物以外の問題はないと言って良い。

 基本的にどこかに必ず出口があるはずなのだ。


 それにしても、このダンジョン層は独特だ。

 このヴェステンブリッグのダンジョンで、レンガ造りの層なんて聞いたことがない。


 もちろん、ダンジョンは色々な環境を作り出すのは事実だ。

 迷路がある場合もあれば、森林があることもある。

 溶岩が流れていることだってある。


 そんな不思議空間のダンジョンだが、「一度作成された階層の環境は変化しない」というのが知られている。

 どんなにモンスターを狩り尽くしたとしても、環境は変わらず、スポーンする魔物も基本変わらない。


 ヴェステンブリッグのダンジョンなんて昔からあるダンジョンで、しかも何十階層もあり、さらに下の階層まで行ける実力のある冒険者が存在している。


 そのため、大体50階層までの情報はほぼ出尽くしているのだ。

 その情報は公開されており、俺も良く知っているのだが……


「こんな階層、情報になかったぞ……」


 そうなると考えられることは1つ。

 時折存在する【隠しエリア】あるいは【未踏破エリア】のどちらかだ。


 【隠しエリア】は、突如として現れる小さなエリア。

 そして、多くの場合宝があり、誰かが入ると他の人は入れなくなり、数日すると消えるのだ。


 【未踏破エリア】はこれまで知られていなかったエリアで、【隠しエリア】と違い誰でも入る事ができ、以後も残るエリアを指す。


「さて……これはどっちだ……?」


 【隠しエリア】なら宝があるし、エリア範囲が狭いためすぐ見て回ることが出来るはずだが……


 そう考えながら、レンガに手を這わせる。

 質感としては思った以上に滑らかで、いい質感だ。なんとなく珪藻土を思い出す。


 そして、不思議と足音が響かない。床も同様のレンガだが、密度の問題なのか吸収性が高いのか音がほぼしない。

 レンガを歩く時の、コツコツ音も好きなんだが……


 文句ばかり言っている気がする。


 歩いていくと、曲がり道や登り坂、少し階段などもあり、どうもここは【未踏破エリア】の線が濃厚に思えてきた。

 

 そのままどの程度歩いただろうか。

 ふと不思議なことに気付く。

 

「モンスターがいない……? しかも、分かれ道らしきものもないだと?」


 通常ダンジョンならば、分かれ道があったり、トラップがあったりするもの。

 そして、モンスターがいるのは当然のことだ。

 だが、現在俺は全くそれに直面していない。

 

「どの曲がり道も、明らかにすぐ行き止まりと分かるような道ばかり……階段もいまいち上りも下りもしない……」


 さらにしばらく歩いても、ダンジョン独特の階層が変わる雰囲気もなく、ひたすら曲がったり上り下りを繰り返す。


「まるで、ダンジョンに見せかけているような……?」


 何かダンジョンのような不規則な、自然にできたもののように感じない。まるでそれらしく・・・造られた人工物のようだ。

 とはいえ、とにかくここから出ていくには歩くしかないのだがな。

 

 だが、不意にその旅も終わりになった。

 

「なんだ、これは……?」


 思わず呟いた言葉。

 だが、それはあまりにもこの場所に似合わないもの。


 それは目の前を塞ぐ扉。

 いや、そのサイズからすると最早「門」と言っても間違いではないだろう。


 幅2メートル、高さも3メートルほどの両開きの扉。

 そしてその表面には、模様が描かれており、かなりの威圧感を漂わせている。


 だがそれ以上に、この扉は異質だった。


「これは……ミスリル? しかもコーティングではなくて、オールミスリルか?」


 どういうわけか俺はこの世界に生を受けてから、こういう鑑定系の能力に目覚めていた。

 もちろんよくある【鑑定】スキルのようにウィンドウが表示されて、情報が見られるという訳ではない。


 ただ、見たり触れたりしたものの大まかな性質や良し悪しが、直感的に分かるのだ。

 もちろん、自分が持つ「知識」にヒットすれば、その内容を関連させて思い出すことも出来る。


 それから察するに、これがミスリルだと理解出来たのである。


 ミスリル。

 魔銀とも呼ばれる金属で、魔力を通しやすい性質のある金属だ。


 鉱山にて稀に発掘される金属で、非常に高値で取引される貴金属。

 その実用性故、金よりも高価であり、例えば【ミスリルの杖】を持つ魔法使いはそれだけ財力のある、つまりは力のある魔法使いだという証明になるほどの金属だ。


 そんな貴金属で造られた扉。

 そして……


「しかも魔道具の扉だしな……それに何だ、【古代文字】か?」


 さらに特徴的なのが、中心部分に書かれた文字である。

 この世界で使われる共通語とは文法も形も異なる言語。

 遺跡でしばしば見られるこの文字は【古代文字】と呼ばれている。


 それは古の時代の文字。


 現在の俺が転生した【エルムンド・ノヴァ】という世界よりも遙か昔、【旧世界】として知られる超文明世界にて用いられていたものだ。


 【旧世界】は少なくとも1000年以上前に存在した世界、そして突如として崩壊した文明として知られている。

 その旧世界の遺跡は時折発見されることがあり、そこには様々な資料や、魔道具が発掘されることで有名だ。


「……はぁ、面倒な……」


 はっきり言って、今は遺跡を見つけたくはなかった。

 なぜならば、旧世界の遺跡を見つけた場合、必ず国へ報告しなければいけないからである。

 

 そこにある魔道具、資料など、それらをまず国が研究しなければいけない。

 旧世界の技術は、便利なものもあれば危険なものも存在する。


 特に、一部の魔道具はどうやら戦争で使われていたらしく、昔その魔道具の暴発によって街が1つ消し飛んだとか。

 ……それは核爆弾だったのでは?


 そんな危険性をはらむ遺跡なので、国はできる限り危険がないように、そして出来ればその技術を使って他国に対して優勢になれるようにしたいのだ。


 とはいえ、いまいち結果が見られていないのも事実。


 それも仕方がない。

 魔道具研究の場合、魔法が必要になる部分が存在するのだが、そこを対応できる魔法使いがいないという問題が生じるのだ。


 それはいいとして。

 さて、そんな遺跡を発見した場合、冒険者は何を得るのか。

 莫大な報酬と、名誉である。


 遺跡に対する評価価格に応じての報奨金、そして国から返還される安全性が確認された魔道具。

 冒険者のルールとして、自分が見つけたり手に入れたものは基本的にその人のものとなる、というものがある。


 そのため、遺跡にある魔道具で既にサンプルのあるもの、研究後安全が確認されたものは冒険者に返還されるのである。


 そして名誉。

 遺跡を発見した冒険者は【発見者ディスカバー】という称号が与えられる。

 これは一代限りの名誉称号だが、これを手に入れたものは準貴族という平民より1つ上の立場を得る。


 そのため、貴族のみ招かれるようなパーティや式典に出席できるという特権が与えられるのだ。

 つまりはコネ作りが出来るということなのだが……


 その分出費があるのは、公然の秘密である。


 もちろん、遺跡の内容次第ではさらに叙勲されて貴族になった……という者もいる。

 故に、このような遺跡を見つけることは冒険者の目標のひとつでもあるのだ。

 

 ちなみに、もし手に入れた魔道具をすべて報告しなかった場合は「国家財源の窃盗」となり重罪、最悪死刑である。

 


 さて、俺はそんな場所に出てきてしまっていたのだが。

 

「うーん……『古き』……なんだ? 『注ぐ』……か? 流石に古代文字を読むのは難しいな……これでは帰れないぞ」


 遺跡よりも、本音自分が無事帰れるかが問題である。

 そんな俺は幼い頃に古代文字の勉強をしたことがあったが、当時とは異なり勉強を疎かにしていたため俺は読むのに手間取っていた。


「これならもう少し勉強するんだったか……」


 しばらくここで頭を捻ることに集中するのであった。

 

 * * *


 1時間ほど経過して。


「どうにか……読めたか」


 たった3行程度だったのだが、流石に読むのに苦労した俺は扉の前で座り込む。

 共通語と形状も単語も違う古代文字を読むというのは、かなりシビアな作業なのだ。


 しかし……まさか英語と同じ文法だとは。

 全く考慮していなかったため、気付くのが遅れたのも良くなかったな。


 しかも、単語がかなり類似しているため、慣れたら読めるようになった。

 もちろん不明な単語はあるが、それでも一応の意味は理解できる。


 学者たちはよくやるな……俺とは違い、知識もないまっさらな状態から訳してきたのだから。

 なんて思いながら、書かれていた文面を思い出す。


(結局書かれていたのは——『古い 約束 全 力 注ぐ 開かれん』だったな)


 いまいち要領を得ないな……なんて思いつつもう一度文字を眺めて考える。


(『古い約束』って何だ? 誰の約束かも分からんな……「全」と「力」の間も良く分からん……)


 どうしても知識が足りない分、古代文字を読み解くのは至難の業。

 それに、書き方も微妙に気になる事があり、さらに謎を深めていく。


(「全力」ではなく、明らかに「全」と「力」の間に単語がある。「全ての力」でもない……)


 何の力を注げというのだろうか。

 確かにこういう魔道具の扉では魔力を注ぐのが一般的だが……


(ラノベなら『不遇スキルが実は最強!』っていうのがお決まりだから上手く開くだろうが、流石にリアルの場合だと俺はどうしようもないだろうな)


 俺は【白】だ。

 不遇の属性、魔法の使えない魔力持ち。


 普通、魔力を持つ者なら【属性】を帯びた魔力になるはずなのにな。


 ちなみに【属性】はこのような種類がある。 


 「破壊・新生」の象徴、【火属性】。

 「調和・回復」の象徴、【水属性】。

 「活性・俊敏」の象徴、【風属性】。

 「安定・堅固」の象徴、【土属性】。

 「神聖・不可侵」の象徴、【光属性】。


 一般的に知られているのがこれらの5つである。

 時には複数の属性を持つ人物や、派生属性である【爆】【氷】【雷】【砂】【聖】を使用する者も存在する。


 そして魔力持ちがいずれかの属性を持っていれば、魔法なり武器に魔力を付与して使える。


 まあ、属性を紹介したところで俺には出来ないことなのだが。

 それに、こういった魔道具で下手に魔力を流すとトラップが発動したりするのもお決まりだし。


「なにより……魔力が足りない……」


 一番の問題はこれである。

 先程の戦闘のために、俺の魔力はスッカラカンである。

 

「とはいえ……」


 だが、扉は目の前にあり、ここまでは一本道。

 つまり、他のルートがないのである。

 そうなると外に出ることが出来ず、餓死ルートまっしぐらににってしまう。

 

「……ダメ元でやってみるか」


 少なくとも、今触れている限り悪い気配はしない。まあ、油断しているとさっきのようにトラップに引っかかるのだが。


 と、その前に。


「少し寝よう……」


 * * *


 1時間ほど寝ただろうか。


 ――コキッ、コキッ。

 首を回すと小気味良い音がする。


「よし、魔力も全快だな」


 ありがたいことに、1時間も寝れば俺の魔力は回復する。理屈はよく分からないが、これは意外と助かるのだ。

 普通の人は7時間くらいは睡眠を取らないと回復しないからな。


「さて……」


 改めて目の前の扉に手を触れる。

 やはり現状は悪い感じはしない。


「ふっ……!」


 【護国剣】を使用する際のように、魔力を循環させて扉に魔力を流す。


 すると。

 

 ――――ヴゥン……

 

 ドアの表面の紋章が白く光り、五芒星が現れる。

 そして、その中心に獅子の紋章が光り輝いている。

 だが、それ以上は変化しない。

 

「……変化はなしか。――いや、まさかな……」


 ふと、かつて・・・みたとある物語を思い出した。


 五芒星の描かれた扉。

 獅子に似た紋章。


 大抵こういうものには、必ず必要な言霊があるのだ。


「……まさかな」


 あの物語で、扉を開ける際の言霊は……。

 だが、わざわざあの言葉を選ぶだろうか?


 でもどういうわけか、俺はこの言葉が正解だと感じる。

 

「試してみるか……」


 深呼吸をすると、俺は声に魔力を乗せて―― 

 

「『我は————神意なり』」



 次の瞬間、俺は光に包まれ、その場から消えた。

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