第4話:旧世界の研究所
「……ここは」
目を開くと、そこはこれまでとまた趣きの異なる場所だった。
先程までのレンガ造りでなく、金属のような独特の寒々しさを感じる壁。
その壁を走る光のラインと刻まれた幾何学模様。
「まるで近未来……SFチックだな」
どこかの研究所に入り込んだ気分にさせられる内装を見つつ、俺はその中を警戒しつつ進んでいく。
「だが、その前に……」
思ったのだが、俺は何か扉を通ったという感覚がなかったのだ。
最初の場所に戻ると、特に扉がなく、ただ壁に先程と同じような紋章があるだけ。
そして、そこにも古代文字が書かれており……
『
「…………」
つまり、出口はここではないということか。
はっきり言って変な場所だ。
仕方ない、出口をここでも探すしかない。
廊下を歩く。
左右に部屋があるのだが、どうも扉にロックがかかっており開かない。
仕方ないのでそのまま通り過ぎ、廊下の終着点まで来た。
そこは開けた空間で、吹き抜けになっており、様々な本が整然と並べられた書棚が壁一面を埋め尽くしていた。
それは吹き抜けの上の方まであり、棚の前には柵の付いた通路が張り巡らされている。
「まるで、図書館だな……」
とある国にある、歴史ある州立図書館のように、円形に本棚が並んでおり、その中央には書見机が何台も並んでいる。
ただ、書見台も不思議な材質……まるでポリカーボネイトのような感じである。
叩いてもガラスのような硬質な音がしないのだ。ちなみに透明。
他にも、棚には本だけでなく独特の形状の武器と思わしき物があったり、儀式に使われるような杖であったり。
明らかに本だけを置いている場所ではないというのが分かる。
少し歩いて見て回ると、ガラス壁で遮られた隣の部屋には、不思議な色や光沢を放つ薬瓶と、それを納める薬保管庫があったり、文字らしき刻印と幾何学模様の刻まれた、不思議な気配を感じる大鍋があった。
そして。
最初の廊下から対面側、書見台も通り過ぎ、書棚も通り過ぎた場所。
少し奥まったそこに、ひとつのオブジェが存在していた。
いや、オブジェではない。
正確に言うならば磔刑にされたかのような女性の姿があった。
「なんだ、これは? 彫像……か?」
一瞬、女性が磔にされているのかと思ったが、全体がグレーの単色だ。
その彫像の女性は、両手が横にのばされて固定されており、足元も正方形のブロックのようなものの中に埋まった状態。
「しかし……やたら精巧な彫像だな」
閉じた瞼には長い睫毛があり、その一本一本が明確に存在しているのだ。
通った鼻筋、薄い唇も、まるで生物のような造りだ。
スタイルは出るところが出て締まるところが締まった、つまりは大変色っぽいもので、ただ身長が俺より低い。
いわゆる、「ロリ巨乳」というやつだろうか。
そして特徴的なのが、頭の上にある、ピンと立った耳。
それと、左右の頬に入った3本の模様だろう。
「け、ケモミミ……」
誠に残念である。
口惜しや、口惜しや。
おっと……
これが本物の女性であったのならな……
土下座してでもモフらせていただきたいのだが……
おっと、もちろん強制ではなく。
そう、紳士は紳士らしく丁寧にお願いするのだ。
……自分でも何を言いたいのか分からないが、とにかく少し変なテンションである。
そんな俺は彫像の頬に手を伸ばして、その滑らかでひんやりとした感触を味わっていた。
うん、気付いたら手を伸ばしていた。
後悔はない。
「ふっ……生きていないとはいえ、少し落ち着く気がするな。意外とトラップにかかって寂しさを感じているのかも知れん……」
閉鎖空間ゆえだろうか。
なんとなく彫像があることにほっとしつつ、でもそんな自分をあり得ないと思った俺は、軽く首を振って意識を変え、他のところを調べることにした。
「独りなど……今が初めてではないだろうに。――出口を探すか」
しばらくはこの彫像と一緒に生活だな。とにかく出口を見つけるのが先決なので。
見つからなければ、数日なら生活できるはずだ。
そんな俺は他にもどこか部屋がないか調べるために歩き出す。
この時俺は気付いていなかった。
自分の後ろで、その彫像に亀裂が入り始めていたことを。
『——来たか……血盟の末裔よ』
* * *
「まさかレトルトがあるとは……」
俺は休憩室と思わしき場所でそう呟いた。
結局あちらこちらを探したが、出口らしきものはなく、数部屋を除いてあとはすべてロックされている扉ばかり。
ちなみに書庫にある武器類も、取り出しは不可能だった。
その中で、唯一開いた部屋が、この休憩室と仮眠室、そして食料庫だったのだが、そこにある食糧はすべて銀色のパウチに入ったものばかり。
この味も素っ気もないようなパッケージからすると多分、市販品ではなく軍で使われるような業務用だったのではないかと思う。
しかし、食料庫はありがたかった。
俺は今回特に食料を持ってきておらず、干し肉と水程度しか持ち合わせていなかったのだ。
(まあ、ここの食料が食べれるか心配だったが……少なくとも1000年は経っているからな)
古代文字が使われていたことからここは旧世界の遺跡、つまり少なくとも1000年は経過しているこの研究所。
だが、さすがはレトルトパウチ。保存能力は高いようだ。
ちなみに中身は、濃厚な旨味を感じさせるオートミールらしきものだった。
「さて……少し書庫で情報が無いか調べるか……読めないがな! はっはっは! ……はぁ」
俺は勝手にこの建物の全体を『研究所』、中央の書棚だらけの部屋を『書庫』と呼ぶことにした。
さて、俺はそう呟きつつパウチをゴミ箱らしきものにいれ、休憩室を出る。
時間が分からないのでなんともいえないが、なんとなく夜8時頃ではないかと当たりを付け、書見台に着いて適当に探してきた本を読むことにした。
棚から持ち出した本は古代文字で【初級魔術理論】と書かれている本。
文法は理解したものの、いかんせん単語の知識が少ないため難しい本は読めない。
だが、やはり当時の魔法であったり、文化は知っておきたいのも事実。
「なんとなく……他のよりはマシに読めるか」
他の本はあまりにも単語が複雑で、予想推測もできなかったのだ。
その中でこの本だけは割とまともに読める本だった。
初級と書いてあるところから、もしかしたら子供向けなのかも知れない……など考えつつ、パラパラとページをめくる。
ふと目に留まった項目。
それは魔術の属性に関するものだった。
俺にとってのネック、それは自分の属性である。
自分の属性がこの世界でどのように見られているのか、それを幼い頃に理解した時の絶望感は筆舌に尽くしがたかったな。
両親はそんな俺の属性について、驚いてはいたが特に落胆することもなく、教育を受けさせてくれた。
俺がやりたいと思うものについては、本当に一流の教師を与えてくれたのだ。
それでも俺は諦めたくなかった。
それで、どうにか使う方法はないか、あるいは前世におけるラノベ知識など使えないかなど思っていろいろ試した。
だが、結果は言わずもがな。どうあがいても自分には魔法を使えないと理解した時は本当に悲しかったし、何より悔しかった。
そして、そんな俺を見る両親の辛そうな顔や、期待を裏切られたような表情をする周囲の人々。
結局それ以降俺は調べることも止め、魔力がない者として必死に剣を振り、身体を鍛えることにした。
それまで学んでいた【護国流剣術】も辞め、別の剣術と武術を始めた。
だが、結局は【護国流剣術】は今回のように俺の助けになっている。
やはり俺は心のどこかで諦めたくなかったのだろう。
あのときのようにとは言わないが、俺は必死にその項目から少しでも得られないかと思い、一心不乱にその項目の内容を調べ始めたのだった。
* * *
1時間後。
「……疲れた。全然、子供向けじゃないな」
俺はその本の【属性】に関する記述を必死に読んでいた。
ちなみに当時は【魔法】ではなく【魔術】であったのは最初読み始めたときに気付いたのだが、単に呼び方の違いだろう……と、思っていたらこれは根本的に扱い方が異なったらしい。
だが、それ以上の細かな部分は理解することが出来ず、結局分かったのは昔も【火】、【水】、【風】、【土】、【光】という属性が存在したこと、今は使う者のいない【闇】という属性の存在、そして当時は非常に稀に、【全属性】という特殊な属性を持つ存在が生まれていたことだけだ。
全属性というのは、全ての属性に適性があるものらしい。
確かに現在において、すべての属性を使えるものというのは存在せず、光を含めて3つの属性を使うのが限度だ。
もちろん派生属性を使える者はいても、それはあくまで大元の基本属性が使えるからであり、それは属性としては加算されない。
対して、稀とはいえ旧世界では全属性使える者が存在していたのだ。
これだけでも大きな発見だろう。
「しかし……【白】というのはないな……」
不思議なことに、【白】に関しての記載がない。
やはり当時でも魔法使いとしては見られていなかったのだろう。
自分の体質改善にはいまいち役に立たなかったな……などと思いつつも、少しでも形跡がないか再度読んでいく。
「『マナの保有する性質は属性で異なり、属性は基本的に1つ、あるいは最大3つである。これを【属性】と呼ぶ。火と水、風と土は打ち消し合うものであり――』それは知っているな」
今読んでいる部分は、属性の相生についての記載のようだ。
「『魔術において、エーテル操作は不可欠であり、効率に影響を与える。故に詠唱によるエーテル操作訓練を幼いうちに始めることは――』エーテル操作? なぜエーテルを……」
ついに詠唱についての記述が出てきたが、エーテル操作訓練とはなんだろう。
大体、魔法の発動はあくまで体内の【マナ】を使うと教えられているのだが……
【マナ】や【エーテル】についてはこの世界でも普通に知られている言葉だ。
【マナ】が体内魔力であり、【エーテル】は世界に遍く存在する自然の魔力。
だが、『エーテル操作』というのは初めて聞く内容だ。
魔法使いは自分の詠唱によってマナを使い、魔法を発動させるというのがこの世界の常識。
今の知識と異なる魔法の話。
気になった俺は、続きを読み進める。
しばらく見ていると、今度は【全属性】の話になったようだ。
「『さて、【全属性】を扱う者はすべての性質を持つため、【単属性】つまり1つの属性を持つ者とは異なる基礎が必要である』……ふむ」
【全属性】というのは意外に扱いづらいのかも知れない。
他と異なる基礎を必要とするならば、教える者も面倒だっただろうな……と考えつつ、俺はさらに先を読む。
『【全属性】はマナによるエーテル操作が難しく、元々放出したマナが散りやすい。よって、詠唱によるエーテル操作訓練は効果ない。そのため、マンツーマンでのエーテル操作訓練が必要であり、このエーテル操作を習得した後に【
「……ふーむ、【全属性】持ちも大変だったんだな……」
さらにこれまで聞いたことのない単語も出てくる。
続きにその説明がされていた。
「『【
もしこのスキルが使えたなら、【白】でも少しは魔法なり使えるようになるのだろうか。
とはいえ、教えてくれる人はいないからな……しばらくここで研究してみるか。
もちろん本当はすぐ戻って報告すべきなんだが、あいにく俺は今出られない。
それならこの時間を有効に活用するしかないからな。
それにしても、当時は【白】はいなかったのだろうか?
いくら旧世界と言えども、人間が急に変わったわけではないだろうし。
「……どこにも載っていないな」
もう少し何かヒントらしきものがあれば助かるのだが……
「ああ、そういえば【選別の宝珠】についての記載はあるかな」
【選別の宝珠】――簡単に言うと『属性判定器』だが、これは旧世界の魔道具だったはず。
作り方も知られているし、当時も使われていたことは確認されている。
【選別の宝珠】についての記載を探せば、どのような表示がどの属性を示すかなど書かれているはずだ。
もしかしたら、そこに【白】についても書かれているかもしれない。
もし別の名前で知られていたとしても、この辺りの資料を調べる際にはその名前で調べていけば良いのだ。
そう思った俺は、今度はほんの後ろの方を開く。
「索引は……やはり本の最後、だな。これはどの世界でも変わらないのかもしれん」
地球でも索引は本の最後。
今の世界でもそう。そして、旧世界の本もやはりそうだった。
「さて……【選別の宝珠】で出てくるか……ないな。ふーむ……」
【選別の宝珠】は今の時代の呼び方なのだろう。それらしいものを探さなければいけないが……
「『選ぶ』……『属性』……『判定』……」
予想される単語で探す。
もちろん知らない単語もあるため、必ず見つかるとは限らないが……お、これか?
「【適性チェッカーI型】……なんか、今の呼び方の方がいいな……素っ気もない」
旧世界はなんというか、趣の無い名前を付けていたんだな、なんてことを考えつつ、俺はそのページをめくる。
すると、そこには今でもよく知られた魔道具の図と、判定結果について書かれていた。
「【火属性】は炎の幻影、【水属性】は水滴の幻影……」
【風】なら竜巻の幻影、【土】は岩の幻影、【光】は黄色い光だな……
間違いない、これは【選別の宝珠】だ。
しかも幻影の大きさによる魔力量の目安までしっかり書かれている。
細かいサイズ別に基準を設けているらしく、今の初級、中級、上級の3段階ではなく、9段階で分けられていた。
面白いことに他にも【闇属性】についても書かれている。【闇】の適性であれば、黒と紫の靄のような幻影が出るらしい。
初めて知った。
そして、その中には当然、先程見ていた【全属性】の判定結果も書かれている。
『【全属性】保持者が触れた際、このチェッカーでは判定できず幻影は出ない。そして熱を帯び、魔力量次第ではチェッカーが破壊されるので、注意すること。その場合は【II型】を使い魔力量を測定する必要があるため、即座に以下のエリア担当へ連絡すること』
【全属性】は【選別の宝珠】では判定できないのか。
しかし、熱を帯びるとか、破壊されるというのは穏やかじゃないな。
しかも【II型】は行政しか持っていないのか、連絡が必要らしい。無料で確認できたのだろうか。もしかしたら手数料がかかっていたのだろうか。
「……ん? 『熱を帯びる』……?」
ふと思い出したことがある。
そういえば、幼い頃に皆で【選別の宝珠】に触れたとき、俺は幻影が何も出ず、【選別の宝珠】が高温になった気がする。
そうだった。
そして火傷したから、両親が途轍もなく焦って【ハイヒール】をかけられたのだったな。
【ハイヒール】は普通、重傷者にかけるようなヒールで、それこそ火傷にかけるようなものではない。
しかしそうなると、もしかすると俺の属性というのは……
いや、だが、流石に【II型】も無い状況で断定は出来ない。
しかし、念のため。念のため、もう一度【全属性】について調べるとしよう。
* * *
さて、結果から言うと、確かに【全属性】は俺の【白】の特徴に非常に似ている。
魔力が散りやすい。
詠唱が意味をなさない。
そして、初期の魔力量は通常の2,3倍と非常に多い。
「やはり……そうなると俺は【全属性】なのか? しかし、それを断定してくれる人なんて――」
いない、と言おうとした瞬間。
『妾が保証しよう。お主は紛れもなく【全属性】の適性を持っておる』
――なぜか答えが来ました。
一体、どこのどなたでしょうか?
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