第48話:懐かしの王都(実家)
「見えたぞ。【ベラ・ヴィネストリア】だ」
「あら、凄いわね……」
「懐かしいな……」
俺たちの馬車から見える外壁。
それは、辺境であるヴェステンブリッグより高く、そして途轍もない幅の城壁だった。
そしてその全てが真っ白であり美しい。
これは、建国当初からこの王都を守ってきた魔道具の城壁だ。
あらゆる魔法、あらゆる物理攻撃を吸収し、無効化する城壁。
まさに王都【ベラ・ヴィネストリア】の証だ。
王都【ベラ・ヴィネストリア】。
それは我らがグラン=イシュタリア王国の首都であり、政治の中枢。
国の西部に位置するこの王都は、海に面しており、さらに中央部が周囲に比べ高所であるため攻めにくいとも言われるイシュタリア最大の都市だ。
経済の中心でもあり、全ての良いものが集まるのはベラ・ヴィネストリアだと言われる都市。
人口も多く、200万人を優に超える人々が生活している場所でもある。
「私、王都は初めてだわ」
「そうなのか、ノエリア?」
「ええ、用事も特になかったしね」
ドワーフの姫だが、基本的にドヴェルシュタインでの活動が多く、外へ出る理由がなかったらしい。
「基本的に、兄が全部やっていたし、王都側との調整なんてパレチェク侯爵がしていたから……」
確かにそうだ。
対王国の部分は、パレチェク侯爵の管轄下だった。
そのパレチェク侯爵家は現在混乱の最中にあるが……どうなるのだろう。
ちなみに侯爵と息子は一旦王都に送られ、そこでの取り調べを受けなければいけない。
恐らく予想としては、侯爵家は代替わりになるだろう。もしかしたら領地替えの可能性も出てくる。
そんな事を考えている間に、外門が近付いてきている……のだが、こちらからは入らない。
「あれ? 門はそこでしょう?」
「ああ、あれは一般用の【
「ふぅん、なるほどね」
本音としては水廉門の方が街中の様子が見られて楽しいのだが、どうしても大公家である以上は星樹門から入るしかない。
まあ、星樹門の方が貴族街に入りやすく、王城にも向かいやすいからな。門までが少し遠いけど。
星樹門から入り、貴族街を進む。
最初に入るのは下級貴族街と呼ばれるエリアで、ここには様々な高級店と共に、準男爵までの準貴族とされる人々が住む屋敷が軒を連ねる。
さらに1つ門を通ると今度は中級貴族街で、領地持ちである男爵や子爵の王都邸が建てられている。
そこからさらに進み、内門と呼ばれる門をくぐることで、上級貴族街へ入る事ができるのだ。
ここは、役職持ちの法衣男爵を外縁部に置き、法衣子爵、そして領地持ちの伯爵、法衣伯爵、侯爵、そして公爵の屋敷へと徐々に内側に入っていく。
そしてその終着点。
そこに【グラン=ドラグニル城】と呼ばれる王城が姿を現すのだ。
王都で最も高い建物と言われる【星黎殿】を筆頭に、城壁内には【王国騎士団】の本部や、【王国魔道士団】の本部が入っている。
王城に入る前に、併走している騎士の1人が先に衛兵のところに向かう。
そしていくつかのやり取りが行われて、遂に城門が開くのだ。
「さあ、入ろうか」
そう父が言うと同時に、馬車も揚々と乗り進んでいく。
城門から入ってすぐは、騎士団や魔道士団の建物や訓練施設があり、有事の際にすぐ防衛に移れるように配慮されている。
さらに移動すると、国の中枢であり政庁である【星黎殿】が見えてくる。
この星黎殿で、多くの貴族が働き様々な決定を下していくのだ。
ちなみに未だ俺は星黎殿に入ったことはない。
それもそうだ、成人前なのだから。
政庁という特性上、大人でないと入れないのは当然だろう。
そして、その星黎殿の門を通り抜けたさらに奥。
城壁の中であるにも関わらず、さらに厳重に作られた建物。
一部が星黎殿と繋がった造りだが、明らかに星黎殿よりも豪華な場所。
そこには限られた人物のみが入る事を許可される場所。
この国最高位の人物の住まい。
そう、【双竜離宮】の名を持つ、国王と大公家のための住まいがあるのである。
ここが、俺の住んでいた場所だ。
「さあ、着いたぞ」
父の言葉と共にノックされる馬車の扉。
「開けよ」と父が言うと、護衛に付いていた騎士がその扉を開けた。
扉が開けられると、まず俺が降りてからノエリアに手を差し伸べて降ろし、その後に父が降りる。
2年では大きく変わってはいないが、少し庭の雰囲気が違う気がするな。
そう思いながら見渡していると、護衛の騎士たちが整列し、俺に向かって頭を下げた。
「「「お帰りなさいませ、レオンハルト公子殿下!」」」
「……ありがとう」
少し照れくさい。自分から抜け出しておいて、こうやって迎えられるというのは少々申し訳なさすらも感じてしまう。
そう思っていると、父から肩を叩かれ「行くぞ」と言われる。
「……また、これからよろしくな」
「「「はい、殿下!」」」
俺はそう騎士たちに告げ、父について双竜宮に入っていった。
* * *
双竜宮に入ると、以前と変わらない雰囲気に自然と笑みが零れる。
最初のエントランスは、正面に大きな国章が掲げられており、そこからさらに左右に分かれる通路が見える。
右に向かうと、星黎殿へと続く王族専用の通路。左へ向かうと、住まいである本当の双竜宮へと向かうことが出来る。
俺はそのまま左に向かうと思っていたのだが、父は右に向かいだした。
「父上、右ですか?」
「ああ、陛下は報告を求めておられるぞ」
「……服を替えたいのですが」
「……そうだったな」
父にしては珍しいというか。
普通こういうミスはしないと思うが、わざとか?
一旦左の双竜宮に向かい、俺とノエリアは着替えることにした。
本来【双竜離宮】というのは、王族全体の住まいを指している。
実は、この通路の先にはさらにエントランスがあり、そこから王宮と公宮に分かれるのである。
公宮に入ると、懐かしい顔が迎えてくれた。
出てきたのは、白髪をオールバックにまとめ、口ひげを綺麗に整えて燕尾服を着こなす人物。
「お戻りですか、ジーク様」
「戻ったぞ。最善の結果を拾った」
「それはそれは…………そして、お久しゅうございます、レオン様」
父の上着を預かりながら、こちらに柔和な視線を向けてきたのは長年うちに仕えてくれている老執事。
「……元気そうでなによりだ、マシュー。戻ったよ」
「ええ……ご無事を信じておりました。お帰りなさいませ」
そう言って深く頭を下げてくるのは、この家の執事長であるマシュー・ハーツホーン。
代々イシュタル=ライプニッツ家に仕える執事だ。彼は先代……つまり俺の祖父の代から仕えており、父も俺も、幼いころからお世話になっている人物だ。
「恐れ入りますがレオン様、そちらの方は……」
マシューが俺に尋ねてきた。そうだ、彼女を紹介しなければいけない。
「彼女はノエリア、俺のパートナーで、まあ、婚約者でもある」
「ノエリア・エスタヴェです。よしなに」
ノエリアは初対面の人には丁寧なご令嬢となる。
まあ、ドワーフの姫である以上、このくらい何でもないだろうな。
「……エスタヴェ家と申しますと、ドヴェルシュタインの?」
「ええ、そうですわ」
「これはこれは失礼を。私はマシュー・ハーツホーン。イシュタル=ライプニッツ家で代々執事をしております。どうぞお見知りおきくださいませ」
「ご丁寧にありがとうございます、ハーツホーンさん」
「いえ……どうか私のことはマシューとお呼びください。姫様からそのような敬語を使われる立場にはございませんので」
エスタヴェ家の名を聞いて彼女の立場を理解したのだろう。マシューはより丁寧な挨拶を返していた。
ノエリアも今のところはお嬢様モードである。わざわざ名字呼びしているし。
だが、それをマシューに止められていた。
「あら、それならそうさせてもらうわ。よろしくね、マシュー」
「ええ。そのようにお願いいたします、ノエリア様」
ノエリアとマシュー、お互いの自己紹介が終わったところで、父が口を開いた。
「マシュー、2人の着替えを頼む」
「かしこまりました」
父の指示を受け、「どうぞこちらへ」とマシューが案内してくれる。
ノエリアには途中でミリィが付き、女性用のものを選びに行くらしい。
俺はマシューと共に、男性ものの衣装部屋に入った。
「さてと……どれが良いか」
「そうですな……2年前と比べ大きくなられましたからな。それに今回は登城なさるのでしょう?」
「ああ、そうだ。陛下に呼ばれているらしい」
服装にも当然格というのは存在する。
地球でも正装という概念がある。どのような場で、どのような相手と、いつ会うかによって服装が変わるように、この世界でも同様で服には決まりがある。
もしかすると地球よりも厳しいかも知れない。
どの色を着用するかということから、どのようなスタイルを着用するか、事細かに決められているのだ。
マシューの言葉に頷くと、マシューが選び始める。
こういう事柄を行うのも執事の仕事だそうだ。本来マシューは父の執事なのだが、今回は俺のために動いてくれている。
「であれば、大公家としてふさわしい服装であるべきですが……話というのはどのような?」
「分からないな。だが、俺はこの2年間冒険者として動き、Bクラスの異名持ちになった。今回も依頼として扱われている。であれば、ひとつ軍人らしいものがいいだろうな」
「それはそれは! よもやそこまでの実力をお持ちとは……」
「まあ、色々運もよかったんだが……ある意味悪運か? まあ、そういうことだ」
「でしたら、こちらがよろしいかと」
マシューに俺が冒険者として高クラスに上がったことを伝えると、1つの軍服に似た服を持ってきた。
ドルマンと呼ばれる胸元の飾り紐が特徴的な服。これは、軍家を表す正装の1つ。
そしてその色は深紅であることから、高い地位を示す服装であることが明らかだ。
下のスラックスは黒地に金色のモールでパイピングが施されており、着用するブーツは対照に白いものが準備される。
「本当はサッシュ着用が基本ですが……こればかりはですな」
「ああ、それはそうだ。仕方ないさ」
サッシュというのは通常、大綬と呼ばれる勲章を吊り下げるためのリボンだ。
そして、その色により立場というのが明らかにされるものでもある。
基本的に、王族が星黎殿で国王と面会する場合にはこれを掛けている。
そうすることで、例え未成年でも王族であるという身分を明かし、王族として星黎殿で動くことを示す通行証のような役目を果たすのだ。
だが、生憎俺はこれを持っていない。
仕方ないだろう、通常これは11歳頃に渡されるもので、俺はその頃はヴェステンブリッグにいたからだ。
それに今回の依頼は、俺は冒険者として動かなくてはいけない。である以上はサッシュを着用するのは変だろう。
衣装を一旦懐かしの自室に持ち込み、着替える。
部屋は昔と変わらず、そのまま綺麗にされていた。多分いつ帰ってきても良いようにという優しさなのだろう。
少しこみ上げるものを押し殺し、準備を整えた俺は部屋を出る。
すると、客室の方からノエリアが同じタイミングで出てきた。
「……あら、格好良いわよレオン」
「ノエリアも、綺麗だな。似合っている」
ノエリアは普段と異なるドレスに身を包み、いわゆるS字型シルエットのものを着用していた。
色は明るい水色で、どこか雪をイメージするような柄。
お互い服を褒めてから、待っているであろう父の元へ向かう。
父はサロンで待っており、俺が入ると紅茶を置いて手を挙げてきた。
「来たか、準備はいいな?」
「といっても、服装くらいですが」
「それもそうだな。そろそろ向かおう」
そう言って父を先頭に、星黎殿へ向かう。
俺にとって星黎殿は初めての場所。
まだ10歳の子供では入れなかった場所だったし、俺はもっぱら騎士団の訓練場か、家の図書室にいることが多かったからな。
最初のエントランスにある右の通路に入る。
少々距離があるが、まあ、特に問題は無い。
数分程度歩くと、目の前に重厚な扉が見えてきた。
父が左右に立つ近衛騎士に合図をすると、敬礼をしてから扉を開けてくれる。
こちら側の警備を担当するのは、【王室近衛騎士団】だ。その仕草も全て一流で、非常に堂に入るものだ。
父に合わせて俺も返礼を返しながら中に入る。
「ほう……」
そこは思わず溜息が出るほど歴史と趣を感じさせる空間だった。
どれもがシックに収まっており、やはり政治の場である以上はこういうところの方が落ち着くのだろうか……なんて考えながら進む。
そこにいる人々は、皆忙しそうにしており、書類を持って急いでいる文官や部下に指示を出しながら急ぎ足で歩いて行く武官など様々な人々が働いている。
もちろん人族のみならず、猫人族、狼人族、兎人族もおり、時折エルフも見かける。
(……あ、そういえばコーヒー)
エルフの文官が通っていくのを見て、俺はクムラヴァのギルドマスターを思い出した。
そういえばあそこのギルドマスターにコーヒーの生産元を紹介してもらうつもりだったのだが……忘れていた。
少し後悔しながら歩いていると、こちらに気付いた貴族や文官、武官たちが皆、通路を開けて頭を下げている。
その間を堂々と通り過ぎていく父。
いくら上級貴族といえど、大公である父が通る場合には横に避けて頭を下げなければいけない。
そんな父の後ろに続いて歩くというのは、ある意味緊張感があり、そして誇らしいものである。
――あれは?
――いや、知らないな。
――しかし大公殿下のお連れであるならば……
通り過ぎてからひそひそと話す声が聞こえる。
俺の耳も大概良いな。良すぎる。
そのまま父に連れられ、2つ上の階に向かう。
先程いたのが2階。そして3階は「五大院」とも呼ばれる【行政院】の本部が置かれる場所。
行政院というのは、内務、外務、財務、法務、そして軍務と分かれており、その下に細かな行政を担当する【行政部】が置かれている。
2階に、各行政部が存在し、3階は行政院本部及び統括である行政院長の執務室が置かれている。
そのさらに上、4階はというと……
「さあ、着いたぞ」
その父の言葉に少しだけ溜息を吐く。
俺の前に存在する扉。
俺は初めて来た場所だが、扉に施されている装飾や図柄からどのような場所かは理解している。
両開きの扉の左右にそれぞれ向かい合う形で描かれた竜。
この国で、竜を表すもの。それは「王族」だ。
そして「双竜」というのは、基本的には王家の、そして王国の紋章であると同時にもう一つの意味を持っている。
それは、竜の紋章を持つ二家。つまり王族である、イシュタリア王家とイシュタル=ライプニッツ大公家。
この扉の向こうの部屋は、【双竜の間】と呼ばれる王族専用の接見部屋なのだ。
そして……既に中に人がいることの証拠に、扉の左右に近衛騎士が立っている。
父が騎士に目配せをすると、騎士の1人が頷き、扉をノックして中に声を掛ける。
「ジークフリード大公がお見えです。2人同伴を連れておられます」
『通せ』
「どうぞ」
中からの返事に合わせて騎士が扉を開ける。
父がまず中に入り、それから俺とノエリアが入った。
その部屋は、特にこれといった華々しさや、驚くほど立派な調度品がある訳ではない。
ただ、重厚で、ぱっと見高級そうには見えないテーブルと、そしてソファーが存在するだけ。
だが実は、そのどれもが白金貨どころか王金貨が必要になるほど高級なものである。
そして、そのソファーに腰掛ける人物が1人。
赤みがかったブロンドの髪とグレーの瞳。
凜々しく引き締まった口元と、鋭さの中に腕白小僧のような雰囲気を秘めた目。
その人物が立ち上がると、父と同じほどの高身長かつ引き締まったネコ科のしなやかさを感じさせる体躯が目に付く。
そして着用する服は、父よりも豪華でありながらも動きを妨げないような工夫の施された服。
何より特徴は、着用しているもの全ての基本色が紫であるということか。
紫。それは最も高級で高位の色とされる。
それをふんだんに用いた衣服を着用する人物。
呼ばれていた時点で理解はしていたが、当然この人物とは……
「国王陛下。ジークフリード・フォン・イシュタル=ライプニッツ、参上いたしました」
そう、国王陛下である。
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