第49話:取り戻したもの

 さて、国王が立ち上がると同時に父は45度に腰を曲げ、礼をする。

 俺も同様に礼をして、ノエリアはカーテシーの姿勢を取る。


「よく来たジークフリード。ここは余と、一族たるお主の場であろう。礼は不要」

「有難く光栄に存じます」


 ここで国王がそう述べると、父が上体を起こす。俺たちは礼のままだが。

 そして、父が俺たちの前から横にずれたため、今度は俺が口を開いた。


「陛下、お目通り叶い恐悦至極に存じます。レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツ、ここに参上いたしました」

「久しいなレオンハルトよ。余の一族たるお主も、また礼は不要であろう。――して、そちらの女性を紹介してもらえるか?」

「はい、陛下」


 俺も上体を起こして、ノエリアに手を差し伸べながら紹介する。


「彼女は、ドヴェルシュタインを治めるドワーフ王、ベルント・エスタヴェが妹君、ノエリア・エスタヴェ姫です。私の婚約者でもあります」

「お初にお目にかかります、ノエリア・エスタヴェでございます。国王陛下にお目通り叶い、誠に感謝申し上げます。縁あってレオンハルト殿下と出会い、婚約を結んだ次第でございます」

「……ほう。では、いずれ余の一族となるわけであるからにして、お主も礼を不要としよう。顔を上げよ」

「はい、陛下」


 ……いや~、『婚約者』と言うのには勇気が要ったぁ。

 しかも少し眉がピクッて動いたからなぁ……どうしたものか。


「さあ、座るが良い」


 そう国王からいわれ、国王の着座後に父、俺、ノエリアの順でソファーに腰掛ける。

 そのタイミングで女性給仕が入ってきて、俺たちの前に紅茶を置いていった。


 給仕が出て行くと、正面の国王が1つ大きな溜息を吐き、俺に目を向けた。


「……全く、思った以上に元気――いや、強くなったな、レオン」

「……ええ、お久しぶりです。ウィル叔父上」


 グラン=イシュタリア王国国王、ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア。

 第45代国王であり、現在確か40歳前だったと思う。父と同い年だ。


 年齢を感じさせないほどの若々しさと、戦いともなれば御自ら出陣するという武闘派。

 しかし善政を敷き、覇道ではなく王道を歩む人物。

 民を慈しみ、「人は国の宝」と常に掲げながらそれを実現させてきた。

 同時に敵には一切の容赦を捨てて戦い、二度と手を出さないようにさせるほど徹底した戦略家でもある。


 そして、俺の法律上の叔父。

 まあ、父の妹が国王の第一王妃であるため当然である。

 血縁上は……従兄弟違だっけか? まあ、母の従兄である。


「しかし驚いたぞ、しばらく前……半年前だったか、ジークが『レオンがヴェステンブリッグにいるかも知れない』と言い出したときはまさかと思ったものだ」

「おや、父上はそんな事を?」

「ああ、どうやらパーティーでリーベルトから話を聞いていたらしい。だが、魔法を使えるという時点で可能性は低いと思っていたようだが……どうなんだ?」


 ああ、なるほど。辺境伯の言っていた『野暮用』ってこれだったのか。

 定期的に開かれる国王派のパーティー。普段は参加しない辺境伯がわざわざ出かけたというのか。

 ……なぜに? まあいい。


「……まあ、魔法――私は【魔術】と呼びますが、偶然学ぶ機会があったので」

「ふむ……【白】であるお前が魔法を……魔術を使えるようになる知識か。聞いてみたいものだな」


 興味津々といった目でこちらを見てくる叔父。

 だが、今のところ俺は教えるつもりはない。それは俺自身が全てを理解していないからでもあり、フィアの存在が関係するからでもある。


「……基礎部分は報告できますが、出来れば母までで止めておこうかと思います。俺……いえ、私も全てを理解はしていませんので」

「……それは仕方ないな、ヒルデが絡むなら良いだろう。下手な知識は思わぬ結果を生み出す、お前がそう決定するならば認めよう」

「ありがとうございます」


 叔父はこれ以上追及しないということらしい。その代わり母ヒルデには確実に報告せよとのことだ。


「さて……1つ聞きたいのだが」

「はい、なんでしょうか」


 1つ咳払いをし、叔父が話を変える。

 と、叔父の視線が鋭いものとなり……


「……その歳で婚約は良いとして……エスタヴェ家の姫と婚約とはど う い う こ と だ ?」

「……えーっと」


 ふつふつと湧き上がってくるような何かを感じるような叔父の声。

 しかもわざわざ最後を一文字ずつ区切って言ってくるのが怖い。


 さて、何と答えようか。

 俺はこの先生きのこるのか!?


「どこから説明したものか……時間が掛かりますが?」

「一向に構わんッ」


 どこの海王だよ、と言いたくなる。

 とにかく、最初から話すしかあるまい。


 俺はバルリエント伯爵からの依頼……実際にはノエリアの依頼について話し出す。

 火竜一族との繋がり、【炎魂の楔】について、魔道具品評会の話など洗いざらい話す。


 依頼の都合上婚約扱いとするつもりが、魔道具品評会での振る舞いなどで確実とされてしまった。

 しかもエスタヴェ家もそれを特に問題ないと考えていた……というか、最初の手合わせの段階で「よし、こいつに押しつけちゃろ」的な気持ちだったそうな。


 これは後で手紙が来て知ったことなのだが。しかも手紙にはドワーフ王から直筆で「よろしく頼む、義弟くん」とまで書かれたのでこれはどうしようもない。


 俺が話せる全てを話したところ、少し眉間のあたりをほぐしながら叔父が顔を上げた。


「……なるほど。そうなると、エスタヴェ家は了承しているというわけだな。そうなると、私としても反対できんし、良い縁だと思う。公表はすぐにはせぬが、共に暮らすが良い」

「ありがとうございます、叔父上」


 共に住むように、という叔父の一言。それは、婚約を認め、事実上婚姻したものと見なすということである。

 そう言いつつも、叔父はなんとも言えない表情をして口を開く。


「だが、エリーナにどう説明するつもりだ? というか、エリーナとの婚約は継続するつもりか?」


 そんな不安そうな顔せんでも。

 そう、俺の最初の婚約者であるエリーナへの説明が問題だ。

 エリーナとの婚約については家同士のみの話とは言え、叔父がこうも乗り気である以上覆ることはないだろう。


「そうですね……正直に言うしかないかと思いますし、私としてはエリーナとの婚約は変える気はありませんが」

「父親としてはなんとも言われんのだが、エリーナに判断は託そう…………まあ、【狂蝶姫】が味方というのは心強いが」


 おや、叔父上も知っているのか。ノエリアの異名はかなり有名なのかも知れない……

 そう考えていると、ウィル叔父は父に向き直って尋ね始める。


「それで……例の件は伝えたのか?」

「伝えるまでもなく、というところだ」

「……聡い奴だ、相変わらず。しかし、レオンはどの程度の実力になる?」

「ヴェステンブリッグのBクラス、そして【異名持ち】で、【竜墜の剣星】という異名を持っているな」

「私より強いですからね」

「……それほどか」


 父とノエリアが告げた言葉に対して、叔父上が1つ溜息を吐きながら呟く。

 少し何かを考えているようだが、「ふむ」というと改めて姿勢を正して俺たちにこう告げた。


「本来、ノエリア姫やレオンにこれをお願いするというのもおかしな話ではあるのだが……そこは王室としてやむを得ぬと考えていただきたい――レオンハルト、いやレオニスだな……そしてノエリア姫よ」


 叔父は改めて俺たちに向き直ると、これまでの雰囲気とは一転、王としての威厳に満ちた雰囲気で立ち上がる。

 わざわざ愛称ではなく、名前を正式に述べた。そうなると……

 俺は立ち上がり、同時にノエリアも気付いたのか俺の横に立ち、2人同時に跪く。


「第45代グラン=イシュタリア国王ウィルヘルム勅、ドワーフ王妹ノエリア、そしてBクラス冒険者レオニス・ペンドラゴンよ。本日付でグラン=イシュタリア第二王女エリーナリウス直属、【特務近衛騎士】に任ずる。立場は王室近衛騎士団長同等である」

「「謹んで拝命いたします」」


 本来ここで儀礼剣を捧げるのだが、生憎持っていない。本身ならインベントリに入れているが。

 ところで、叔父上は俺を冒険者としての名前で呼んだ。つまり、俺の特務近衛騎士の立場は、【レオニス・ペンドラゴン】に付随するものとなったのである。


 さて、俺はここで終わるかと思っていたので、一旦陛下が一歩下がった時点で立ち上がったのだが、終わらずに今度は叔父が一歩俺の方に踏み出したので慌てて跪く。


「国王ウィルヘルム勅、イシュタル=ライプニッツ大公第二公子レオンハルトよ」

「はっ!」


 何だろうか、こんなタイミングで。しかも、本名で呼ばれている。

 同時に父がなぜか儀礼剣を渡してくる。


「王室典範に則り汝を王族として迎え、【聖竜十字剣勲章】を授け、警察権を与える。よって、王族位は第6位とするものである。――さあ、レオンハルトよ」


 そういうことか。わざわざ俺のために、今その機会を与えてくださるのか。

 俺は儀礼剣を抜き去り、刃の部分を両手のひらで挟み込んで持ち手を陛下に向ける。


「……――我が剣は陛下の剣、我が誇りはグラン=イシュタリアの大地、我が血肉は民の命である」


 今でも覚えていた、幼いころ覚えた宣誓の言葉。

 2年前にもう忘れ去るべきものと思っていたものだ。


 今、それを述べる喜び。陛下の信頼の眼差し。

 改めて俺は、胸を張って「王族」として歩めるのだ。


 俺が手向けた剣の柄を握り、俺が手を離すと俺の逆の肩を2回叩く。そして今度は陛下が俺と同じような形で剣を持ち、柄をこちらに向けてくる。

 俺はそれを受け取ってから垂直に立てて、柄の部分を額につけてから鞘に納めてから立ち上がる。


 すると陛下自ら俺に大綬用のサッシュを掛けてくださり、俺の肩をグッと掴むと頷いてくれた。

 俺が真っ直ぐに陛下の目を見返し、頭を下げると陛下がソファーに戻っていく。


「よし、これでやっと皆に渡すことが出来た……全く無駄になるところだったではないか、なあレオン」

「……それは申し訳ないです」


 俺たちもソファーに座ると、陛下は「叔父」として話しかけてきた。

 少しソファーでぐでんとした姿である。


 叔父は紅茶を一口飲んで口を湿らせると、起き上がって話しかけてきた。


「さて……聞いていると思うが、俺からも改めて言おう。これからお願いしたいのは、娘であるエリーナの護衛。期限は【王室成年の儀】の行われる半年後までだ。なお、【王室成年の儀】はレオンも参加だ。よいな?」

「はい、叔父上」

「承りました、陛下」


 俺とノエリアは頷く。それを確認した上で、叔父はさらに言葉を続けた。


「エリーナの護衛の際、必ずどちらかが共にいることだ。寝る際も同じ部屋、できれば同じベッドで寝ることだ……これは、ノエリア姫にお願いすることになるだろう。姫にお願いするとは本当は問題なのだが……そうも言っておれんのだ」

「私はレオンと婚約した時点でエスタヴェから出たと考えております。ですので、陛下のご心配は無用ですわ」

「そうか、そう言ってくれると助かる……下手な連中が知ると、攻撃材料にされかねんからなぁ。しかし、ノエリア姫も一族になるわけだから、もう少し家族らしく話してくれて良いんだぞ? 公式な場では別だが」


 なんというか、こういうところが父も叔父も似ている。

 少し遠くでは血の繋がった2人なのだが、それでも時折双子に思えるような感じだ。

 小さいころから一緒だったわけだから、あながち間違ってもいないだろうが。


 少しノエリアも苦笑気味である。


「では……少なくとも私のことも呼び捨てで呼んでいただけると助かりますわ、ウィルヘルム陛下」

「うーむ、普通に『ウィル』とかでも良くないか?」

「叔父上……それは流石に変でしょう。うちの両親ならともかく……それに結婚すれば義父になるのですよ?」

「そうか? ……そうだな」

「……ウィルヘルム殿、で良いでしょうか?」

「……もう少し近くで」

「……ウィル殿」

「ふむ、それでいいか」


 なぜ呼び名にこだわる。

 よく分からないこだわりにこめかみを押さえつつ、俺は話を先に進めるために口を開く。


「……それで、もう少し話をしても良いですか叔父上。武装可能範囲と、今後の動きについても併せて」

「……相変わらず堅物め。まあいい、武装については基本、王室近衛騎士団の団長と同等であるため【星黎殿】における武装、ならびに正式な一族であるレオンは【双竜離宮】でも全面武装を許可する。ノエリアは刀1本のみ武装を許可する……と言っても【狂蝶姫】には刀1本あれば十分過ぎるか?」


 ほぼ全面的に王城内での武装が可能ということだ。

 通常、王城内での武装は認められておらず、認められている貴族であっても剣1本とかを見えるように佩いておくなど細かな規定がある。他にも鎧は着用不可などもあるな。


 これに当てはまらないのが、王城を警備し王室を守る役目を担う【王室近衛騎士団】である。

 彼らは、団員全て【星黎殿】での全面武装が認められており、その中でも【離宮警護隊】というのは【双竜離宮】でも武装が可能である。


 俺はその離宮でも全面武装、つまりフル装備が可能であり、ノエリアは刀1本が武装できる。

 これなら護衛としての務めを果たすには十分だ。


「では、そのように動きます。ですが、普段は特務近衛騎士として扱っていただきたいのですが」

「なぜだ」

「王族としての権威ではなく、あくまで騎士として動いた方が相手の油断を誘えるのでは? 姿も変えるつもりですし」

「……なるほど」


 俺としては、今回の護衛の間、レオニスとして動くつもりだった。

 だが、叔父上に呼ばれたために本当の姿をさらしている。その上勲章を与えられて、王族としても認められている状態だ。


 そうなると、動きづらい可能性が出てくる。


「分かった。では、普段は騎士として動くがいい。“レオンハルト”はしばらく療養とでもしておけば良いか?」

「ええ」


 俺が頷くと、叔父も了承してくれた。

 俺はさらに話を続ける。


「それで、明日の動きなどは?」

「それは王宮でファティマに確認することだ」

「……彼女はまだ専属でしたか。というか、彼女だけで十分では?」


 ファティマというのはエリーナに幼いころから仕える専属給仕である。

 だが、彼女は武闘派でもあるので非常に強い。


 ……俺もよく泣かされた記憶がある。格闘において、当時は右に出るものはいないとすら言われていたくらいだ。

 まあ、心強いのも事実だが。


「不服か?」

「単なる愚痴です」

「なら、後は任せる。あと……夕食は皆で摂るぞ」

「はい、叔父上」


 俺たちは話し合いを終えて【双竜の間】を辞し、父は3階の執務室に戻り、俺はノエリアと共に【王国魔道士団】の本部に向かうことにした。

 ノエリアと共に星黎殿を歩くと、どうしても好奇の目にさらされるのは事実。とはいえ、俺は王族のサッシュを掛けているので流石に話しかける人物は……


「おや、これはこれは……未成年の王族の方がこんなところにおられるとは驚きだ」


 ……いた。

 俺たちの後ろから話しかけてくる人物。肩越しに振り返ると、柔和そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 だが、その声はなんとも言われないような猫なで声で不快感を感じさせる。


 俺は会ったことはないが、よく知っている人物だ。


「……ピエット公爵か」

「おや、私のことをご存じとは光栄です、殿下。こちらでは何をなさっておいでで?」

「わざわざ卿が知る必要の無いことだ」


 俺はそう告げ立ち去ろうとする。だが、それを止めるように伯爵が口を開いた。


「何か問題がございましたでしょうか、よろしければお力になれたらと……」

「それ以上踏み込むのであれば、卿も王族であることだな」

「……それは」


 俺の煽りに対し言葉を詰まらせる公爵。

 いくら公爵といえども、あくまで数代前に王家から降嫁したという理由で公爵家になった一族。

 既に王位継承権からは外れており、貴族としての列に並ぶ家だ。大公家との立ち位置は大きく違う。

 俺はちらと見てから、ノエリアを連れてその場を立ち去る。


「……あの程度でいいの?」

「構わんさ、もう少し言い返してくるのであれば考えたが」

「そう」

「それよりも、早く母上に会いに行かなくては。遅くなると拙い」

「そっちの方が問題なのね……」


 少々ノエリアから憐れみの籠もったような言葉をいただいてしまった。

 それはそうだ。母にだけは下手に逆らうと後が怖い。



 * * *


「……ここか」

「……凄いところね」


 俺とノエリアは今、【王国魔道士団】の本部に来ていた。

 ここは別名【ワタリガラスの巣レイヴンズ・ネスト】と呼ばれる場所で、多くの魔道士が日夜研究に励んでいる場所である。


 本来は国防を担う一翼として扱われるのだが、それは【警備部】や【軍備部】が対応しており、他の連中は外に出ないで籠もっている。

 幼いころに母に連れられて来たことがあるな。


 ――だ、誰だあれ……

 ――あ、あれは王族の……

 ――ひ、ひいぃぃ……みんなポテトみんなポテト……


「…………」

「…………ねえ、何あれ? 大丈夫なの?」


 目を合わせようともせず、本を重ねて隠れるように小走りで歩いていく魔道士。

 微妙に俯き加減で、フードを目深に被ったまま上目がちに見てくる魔道士。

 変な早口かと思ったらどもる魔道士。


 ノエリアの気持ちもよく分かる。単なる不審者にしか見えないかも知れない。

 ……だが、俺の本心としては魔道士の気持ちはよく分かるのだ。


「……まあ、気にしてやるな。人付き合いが下手なんだ」

「そ、そうなのね……」


 ドワーフは排他的ではあるものの、人付き合いは上手だ。

 というか、必ず酒による飲みニケーションなんだが……ははは。


 ノエリアとか、趣味は結構オタクチックだけども本人がリア充だよなぁ。


 そんな事を考えながら歩き、階段横の魔道具の扉に近付く。

 その扉の横には上矢印のボタンが設けられており……つまりはエレベーターであるということだ。


「これって……凄いものがあるわね」

「腐っても魔道士団だからな」


 上のボタンを押すと扉が開き、中で階層を選ぶと自動的に上っていく。仕組みは地球のエレベーターと遜色ない。

 しかも自動ドアだしな。


「こんなの一体どこから……」

「旧世界の遺跡の発掘品らしい。ま、相当組み込むのは大変だったらしいが、便利だからな。……なぜか星黎殿にはつけていないんだが」

「ちょっとそれは……」


 どうせ誰かさん・・・・がそうしたんだろうけれども。

 そんな話をしている間に目的の階に到着したので降りる。


 ここは3階。魔道士団の建物は3階建てなのだ。

 そして最上階にいる人物というのは……


 俺は【団長執務室】と書かれた部屋の前に立ち、扉をノックする。


『はーい、開いてるわよ~』

「失礼します」


 俺は扉を開け中に入る。

 そこには、様々な魔道具の陳列された棚や、上から下まで全て埋まった本棚が何台も並んでいる部屋。

 そして中央の執務机で書類仕事をしているのは、美しいブロンドの女性。


「少し待ってて、すぐ終わるから~」

「はい」


 彼女は書類に目を向けたままこちらに声を掛けてくる。

 その言葉に従い、ノエリアと共にソファーに座る。


「――ふぅ」


 そうしている間に作業が終わったようだ。

 その女性は書類を片付けると、こちらを見て――固まった。


「……お久しぶりです。お変わりなく、良かったです」

「…………レオン、なの? ――レオンなのね?」


 そう言って俺に近付き、抱きしめてくる女性。

 名を、ヒルデガルド・シディア・フォン・イシュタル=ライプニッツといい、大公妃であり――俺の母だ。


「――母上、お久しぶりです」

「お帰りなさい……本当に、生きていてくれて……良かった……!」


 母が俺の顔をじっと見てくるので、俺も同様に見返す。

 すると徐々に母のエメラルドのような瞳に涙が溜まり、改めて俺を抱きしめてくれる。


 以前は母の方が身長が高かったはずだが、今はほぼ同じか、俺が少し高くなっている。

 その違いに少々驚かされながら、俺は母を抱きしめ返す。


「本当に心配させて……馬鹿なんだから」

「申し訳ありません、母上……今度はもう勝手に出て行きませんから」


 そう言うと、額を小突かれて「馬鹿ね」と言われたのだった。

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