第50話:新たに誓う

「ふーん……それでノエリアちゃんと婚約したのね?」

「まあ、そういうことです。陛下は了承されましたが……というか、まずそれですか」

「あら、当然じゃない♪」


 俺がこれまでの事を説明すると、母はニヤニヤしながら話を聞いてくれた。

 うちの母はごく稀に見る美人と言われるほど美しい人。エメラルドのような瞳も、金糸のような明るいブロンドも全て母の美しさを完璧にしているスパイスだ。


 だが、この人はなんというか……お茶目なのだ。

 そして、ちょくちょく人を揶揄っては楽しんでいる節がある。もちろん、色々と教訓があったりするのだが……


「それにしてもレオン」

「はい?」

「エリーナちゃんはどうするのかしら?」

「……きちんと説明するつもりですよ。もちろんエリーナの判断にもよりますが」


 これはまあ王都に入る時点で考えていたことだ。

 ノエリアとの関係について、説明しなければいけない相手として、ある意味一番最初に来るかも知れない。


「それは大丈夫と思うけど……あら、それならもう説明したのかしらん?」

「……いえ、これからですが」

「それなら、なんでここに来たのかしら。すぐに王宮に行くべきじゃない?」


 あーもう。この人のこういうところが苦手だ。

 わざわざ人が気にしている部分というか、分かっているけどという部分を突いてくる。

 といっても、嫌わない理由としては母だというだけでなく、引き際とか話し方が上手なので嫌うことが出来ないというのが本音である。


「…………それは最初に考えましたが、まず今回は陛下から呼ばれていたのも事実。父上には話しましたので、後は肉身である母上に先に伝えるのが良いかと思いました。それに、心配をお掛けしたのは間違いないので早めに姿を見せたかったというのもありますが」


 俺は少しだけ緊張しながらそう告げる。

 別に間違っても怒られはしないのだが、少々怖いことにはなるので。

 どうやらそれを感じているのか、ノエリアも緊張しているようで紅茶を何度も口に運んでいる。


 そんな緊張感のある時間を過ごしていたところ……


「ふふっ、合格よレオン」


 母からの一言で俺は小さく溜息を吐く。

 これで「なるほどね」なんて言われたら……ガクブルである。

 そんな事を考えていたら、今度は母がノエリアの方を見た。


「ノエリアちゃん」

「っ……はい、大公妃殿下」


 ノエリアは自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、1つ深呼吸をしてから母を見たようだ。


「ありがとう、この子を選んでくれて。それと、エリーナちゃんは良い子だから、きっと仲良くなれるわ♪」

「あ……ありがとうございます」


 母からの言葉にノエリアは頭を下げる。

 母はノエリアを認めたということだ。そして、エリーナと上手くやるようにと、そう励ましてもいる。

 ……こういうところが敵わないんだよな。


「レオン」

「……はい、母上」

「しっかりやりなさい……色々あったようだけれど、それでもあなたは前に進んでいる。諦めなければ、道は拓けるわ」

「……はい、ありがとうございます母上」


 当然これまでの話をする際にはフィアの話もしなければいけなかった。それも含めて、母の励ましに力をもらう。

 改めて頭を下げて、母にお礼を言う。


「――さて、ノエリアちゃんは今度から『大公妃殿下』なんて言わないでね? 『お義母様』って呼んでくれて良いのよ? もっと気を楽にしてね」

「そ、それは……恐れ入ります……お、お義母様」


 そろそろ次の事をしなければいけないので、お暇しようかな……

 

「母上、近衛騎士団に着任を告げてきますので……」

「あら、じゃあ付いていくわ♪」

「え?」

「あら、ダメかしらん?」

「いえ……とんでもない」


 どういうわけか、母も来るらしい。

 少し不安になりつつも、俺たちは母と共に王室近衛騎士団の隊舎へと向かった。



 * * *


「無事に終わったわね♪」

「……そうですね」

「……あれを無事と言って良いのかしら」


 無事任官状については受け取ってもらったのだが、その後に少々……手合わせを行ったことで時間が掛かってしまった。Bクラス冒険者という名前は、こういう弊害もあるのだろうな。

 ノエリアが何か言いたげではあるが、俺は知らない。ある意味実力については納得してもらえたと思っている。


「……既に夕方になったな」

「……仕方ないわよ」


 そんな話をしている間にも【双竜離宮】に到着した俺たちは中に入る。

 そして、本当のエントランスのところで左……つまり王家の離宮に入る。


「入るわね」

「はっ……恐れながらヒルデガルド殿下、こちらは……まさか!」


 王宮側には王室近衛騎士の中でも離宮警護として務める信頼置ける騎士が立っている。

 そのため、母が共にいても俺たちを簡単には通せない、という雰囲気だ。


「ええ、うちの息子よ」


 そう言うと母が横にずれるので、俺が挨拶をする。


「レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツだ。久しぶりだなラウレンツ。俺と彼女は本日付でエリーナリウスの特務近衛騎士になった。よろしく頼む」

「ノエリアよ。レオンの婚約者で、同じくエリーナリウス王女の特務近衛騎士に着任したわ。これからよろしくね」


 俺たちがそう言うと、立っていた近衛騎士は背筋を正してこちらに敬礼してきた。


「これは失礼いたしました、レオンハルト殿下。そして、ノエリア様もご機嫌麗しゅう。これからよろしくお願いいたします。私はラウレンツ・フォン・フリッツ。離宮警護第2分隊の隊長をしております」

「覚えたわ、ラウレンツ卿。よろしくね」

「はっ!」


 ラウレンツの敬礼を受けつつ、俺たちは中に入った。

 王宮も公宮と同じ造りで、部屋の位置だけが鏡写しのような位置関係にある。

 もちろん内部の調度品は違っているので、色々と雰囲気は変わるが。


 居室は2階。一番奥が主、つまり国王の部屋であり、王妃の部屋、そして子供たちの部屋が設けられている。

 その中の1つの部屋の前に俺たちは立ち止まった。


 ――コンコン。

 母がノックすると、中から『どうぞ』という声がする。


「失礼するわね」

「あら、ヒルデおばさまではありませんの」


 それまで何か本を読んでいたのだろう、母が入ると同時に顔を上げ、本を閉じてテーブルの上に置いた部屋の主は立ち上がって輝くような笑顔を見せる。


 長いブロンドの髪で、ちょうど横髪のあたりに紅い髪を含んだ独特の色合いの髪だ。

 そして、色白でありながらも健康的な肌の色、可愛らしい唇。

 そして、特徴的な大きく、アクアマリンのようなアイスブルーの瞳。


 その瞳と俺の視線が交差する。


「それとそちらは…………っ!?」


 まずノエリアを見て、その後に俺と視線が合ったのが分かった。

 最初はノエリアを見て少し不思議そうな表情をしていたのだが、俺と視線が合った瞬間、驚いたように息を呑んだ音がした。


「……やあ、エリーナ。以前にも増して美人になったな」

「レオン……!」


 思わずと言った雰囲気で駆け寄ってくると、昔のように俺に抱きついてきた少女。

 エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア。

 第二王女であり、俺と同い年の幼馴染みであり、俺の再従姉妹であり……俺の婚約者だ。



 * * *



「レオン……本当にレオンですのね!?」

「エリーナ、元気そうで良かった」


 久々に見る彼女はこの2年で大人びたようだ。

 可愛らしい美少女から、美女へと向かって変わってきている途上、といったところか。


 少し垂れ目がちで、大きな瞳はまるで宝石のように美しい。

 流れる金糸のようなストレートの髪は、まるで彼女の真っ直ぐな素直さを表現するようであり、淡さと輝きを両立させた高貴な色のブロンドだ。

 身長は俺より少し低いくらいだが、160センチは下回らないだろう。

 

 桜色にほんのりと色付いた唇は、瑞々しさを感じさせる果実のよう。

 その全ての造形が、神の造り給うた完璧な人形とすら感じさせる。


 そんな彼女に俺が声を掛けると、その宝石のような瞳に涙が溜まり、すぐにあふれ出してしまう。

 そんな彼女の頭を抱き寄せる。すると俺の胸元……より少し上、肩の辺りが少々湿っぽくなってしまった。


 ……まあ、こんなに泣かせてしまった原因が自分自身にあるので文句はない。


「……本当に、どれだけの人に心配掛けているのよ」

「ほんとよね~♪」


 何か後ろで言われているが気にしない。

 そうこうしているうちに落ち着いたのか、エリーナが顔を上げ、途端に真っ赤になってアワアワし出した。


「ご、ごめんなさいですのレオン!? こ、これはその……なんと言いますか……」

「大丈夫だよエリーナ。……それより、ここまで心配を掛けて、こっちこそごめんな」

「そ、それはその……心配でしたけど、信じていましたから……」


 恥ずかしいのか、俺の手をにぎにぎとしながらそう徐々に小声で呟くエリーナ。

 天然でこうも可愛いって反則だと思う。


「ありがとう、エリーナ」

「ど、どういたしまして、ですの」


 お礼を言って改めてもう一度エリーナを抱きしめる。

 エリーナは少し驚きながらも、俺の背中に手を回してきた。


「で、いつまで抱き合っているのかしら?」

「「!!」」


 ……そんな事をしていたら、ちょうど俺の耳元のあたりで母の声がして思わずエリーナも共に飛び退る。


「は、母上」「お、おばさま」

「あらあら、お熱いのは良いけれど、ちゃんと周りを見なさいな」

「……すみません、母上」「ごめんなさいですの……」


 そうだった。俺はまずしなければいけないことがある。


「エリーナ、少しいいか? 良かったら少しサロンで話そう」

「? ええ、良いですわ……ファティマ」

「はい、お嬢様」


 そう言うと、エリーナ付きの給仕が先頭に立って俺たちを案内してくれる。

 と、そこで母が……


「それじゃ、後は若い人に任せるわ♪」

「「「え!?」」」


 と言葉を残して出て行ってしまった。


「……まあ、行こうか」

「そうですわね」

「……自由ね」

「ヒルデ様ですから」


 あの母の行動力というか、突拍子もない感じ。

 ノエリアはなんとも言えない表情のようだが、少し表情に諦めが出てきたようだ。良い傾向である。



 * * *



「どうぞ、レオン様」

「ありがとう」

「本当に感謝してくださいね。エリーナ様を悲しませた挙げ句、女性を連れ帰ったあなたに毒を盛るのを堪えているのですから」

「お前が言うと冗談に聞こえんわ!」


 ファティマが紅茶を入れてくれたのだが……なんとも飲んで良いのか悩ましいものだ。

 まあ、こう言うからには飲んでも問題ないだろうが。


「ちょっとファティマ、そんな事をしては駄目ですわ」

「……お嬢様のご希望通りに」

「……何でちょっと不服そうですの」


 ファティマはエリーナの専属給仕。そして護衛としても優秀な人物だ。

 【聖拳闘士】と呼ばれるカテゴリに属する人物で、体術、格闘術をメインに闘う。

 そして、【光属性】を持っているので治療や解毒など、王族にとって非常に有難い護衛なのだ。


 ……とはいうが、投げナイフなども持っており、しかも足音を1つも立てずに移動するので【暗殺者】では? と思うこともあるが。

 年齢は俺たちより5つ上。つまり17歳というわけだ。


 話がずれた。

 俺は気を取り直して、一口紅茶を含むと、エリーナにまず婚約の話から伝えることにした。


「エリーナ、少し聞いて欲しいことがある」

「ええ、何ですの?」

「……ここにいるノエリアのことだ」


 そう俺が言うと、ノエリアがエリーナにお辞儀をしてから口を開いた。


「はじめまして、エリーナリウス王女殿下。私はノエリア・エスタヴェ。ドヴェルシュタイン自治区の長である、ベルント・エスタヴェが妹でございます」

「ご丁寧にありがとうございます、ノエリア姫。エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアですわ」


 エリーナも同様に頭を下げて挨拶を返す。

 こう見ると、ノエリアも姫なんだなと思わされる。


「ノエリアと俺は、陛下の命により今日付でお前の特務近衛騎士になった。だが、それより前に1つ伝えておくことがあるんだ」

「あら、心強いですの! ……それで?」


 何だろうな。浮気がばれて、洗いざらいゲロらされる旦那の気分とはこういうものなのだろうか。

 緊張しながら、俺は口を開いた。


「……婚約の件だ」

「……」

「実は、俺は出奔している間に冒険者になった。その依頼と関連してノエリアとも知り合ったんだが……」


 言葉を句切り深呼吸する。

 同時にエリーナの目を見つめ、言わなければならないことを言葉に乗せた。


「実は――ノエリアと俺は婚約をしたんだ」


 そう俺が言った瞬間。ファティマからの殺気が膨れ上がった。

 同時にこちらを睨め付けるような視線。


 だが、それに対してノエリアの闘気が陽炎のように立ち上りはじめる。


「……ちょっと……聞き捨てなりませんね……ご説明をお願いしても? それにそこの女性は何こちらに闘気を放ってきていやがるのでしょうか……?」

「あら、自分の立場を弁えようとしない子猫には躾が必要だと思うのだけれど」


 ファティマとノエリアが、お互いに対して火花を散らす。

 ファティマはノエリアに対して「誰こいつ」的な雰囲気を出し、ノエリアはファティマを「子猫」呼ばわりして挑発している。


「ファティマ、ならお前が殺気を抑えろ。……少なくとも王族の前での態度ではない。ノエリアもすまんが抑えてくれ」

「……むっ……そう言われるといつの間にか王族の勲章をぶら下げてやがりますね…………」

「……仕方ないわね」


 失念していたが、このファティマはエリーナ至上主義なのだ。

 エリーナを悲しませたり、下手な手出しをするならばどんなことをされるか分かったものではないほどの……まあ、どちらかというとヤン子ちゃんなのである。


 対するノエリアは戦闘狂。……混ぜるな危険というラベルが頭の中に浮かんでくる。


「……すまんな、エリーナ」

「……いえ、なんかこちらこそ」


 お互いの主人が頭を下げるという状況。本当にこいつら今後大丈夫だろうか。

 そう思っていると、エリーナが口を開いた。


「……それで、レオンはどうしますの?」

「こういうことは言いたくないんだが……俺としては元々、除籍されたものだと思っていてな……」

「そう、ですの……」


 俺の一言に対して、少し気落ちしたかのような表情をするエリーナ。同時にエリーナの後ろからも殺気が漏れてきている。

 俺は言葉を続けた。


「――でも、元々俺はお前と結婚するつもりだった。そしてその気持ちは今も変わっていないし、お前を幸せにしたいと思う気持ちは微塵も薄れていない」

「……レオン」

「だが……最終的に決定するのはお前だ、叔父上もそう言っている。……はっきり言って、俺の状況というのは、お前の気持ちを考えていなかったものだと思うから」


 俺ははっきり言ってノエリアと婚約したことを話した時、エリーナから殴られても構わないと思っていた。

 あんなに泣いてまで俺の帰還を喜んでくれた彼女に対して、俺が告げた事実というのは残酷なものだろう。

 国王である叔父や、大公の父は了承してくれたが、それでもエリーナが嫌がるのであればそれを強要するとは思えないし、俺もさせるつもりはない。


「だから、お前が望むなら俺との――――」

「――――その先は、言わせませんの」


 『婚約破棄も構わない』と言うつもりだった俺の口を、エリーナの指が塞いだ。

 エリーナは俺の横、ノエリアの逆側に座ると俺の手を優しく取ってくれた。


「……レオンは、元々わたくしを選んでくれていたんですのね?」

「……ああ」

「これからも、わたくしは一緒にいていいですのね?」

「ああ」

「幸せにしたいと……思ってくれているんですのね?」

「ああ。絶対に」


 俺がエリーナの目を真っ直ぐに見てそう告げると、エリーナは頷くと口を開いた。


「それなら安心ですわ。それに、レオンの伴侶がわたくしだけというのは、勿体ないと思っていたんですの」

「……え?」


 思わず聞き返した俺に、エリーナは笑いかけてくる。


「レオンはとっても格好良くて素晴らしい方ですから……わたくしと同じように想ってくださる方、しかもレオンが好きな方と一緒にレオンを支えられるのなら、それは望外の喜びですわ!」

「エリーナ……お前……」


 ここまで深く想ってくれて、そして自分だけを見て欲しいと言うのではなく、分け与えるというその利他的とも言える信頼と愛。

 彼女には敵わない、と俺は思った。だからこそ、彼女から今度こそは片時も離れないように。

 そして……


「レオン、わたくしを必ず幸せにしてくださいませ」


 そう言って俺を見つめてくる彼女の目は何よりも雄弁に、そしてはっきりと俺への信頼を示していた。

 ならば、俺もその信頼に必ず応えてみせる。


「――――必ず幸せにする。どんな困難が待ち受けようとも、絶対に」

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