第51話:これからの準備
「そういえば、ノエリアさんはレオンとどこで知りあったんですの? 色々聞きたいですわ」
「そうね……どこから話そうかしら?」
エリーナがどういうわけか俺とノエリアの出会いについて知りたがる。こういうところはうちの母に似ている気がするのは、俺だけだろうか。
とはいえ、俺としてはこれからの動きや、護衛に関しての話をしたいというのが本音なのだが……
「エリーナ様、折角ですのでどろぼ……いえ、ノエリア殿としばらく二人きりでお話になったらいかがですか?」
「ファティマ、ナイスですの!」
うそん。
ファティマがまともな提案をしたことも驚きであると同時に、それにエリーナまで乗るとは。
いや、「泥棒猫」って言い掛けてたけど。
「……それなら、俺はファティマと今後の話を詰めておく。心置きなく話しておけ」
「あら、いいんですの?」
「ああ、構わんよ」
そう俺が話していると、ノエリアが茶々を入れてきた。
「ふふふ、そう言う話し方をしていると本当に王族なのね」
「……悪いか」
「いいえ、似合っているわよ? でも私からすると少し違和感なだけ」
そう言われるとそうかも知れない。
冒険者として動いていたころは、こんな話し方はすることがなかったからな。
「……まあ、それは良いから。俺はファティマと少し明日以降について話すので公宮に戻る。もうすぐ夕食になるだろうから、それまではノエリア、エリーナと共にいてくれ。夕食の場所はエリーナが知っているだろう?」
「分かりましたの」
「ファティマ」
「はいはい、行きますよ殿下」
ファティマの投げやりな返事を聞きながら、俺は部屋を移動する。
移動した先は公宮にある、俺の部屋。
俺がソファーに腰掛けると、ファティマが紅茶を入れて持ってきた。
それを受け取り、ファティマに対面に座るように促す。
「ありがとうファティマ……そこに」
「はい、殿下」
一口紅茶に口を付けてから、俺は話し出した。
「……早速だが、状況から聞こうか」
「ええ」
そう言うとファティマはどこからともなく紙の束を取り出してきた。
それを受け取り、俺は目を通す。
「……ふむ」
「エリーナ様は、貧民街の救済、特に孤児に関して支援をなさると」
「……エリーナほどの実力なら魔道士団かと考えていたが……そこはエリーナらしいな」
王族には全て、内政、軍務、文化遺産など、国に重要な分野において一定期間参加したり、支援をすることによって国家発展のための活動に参加する必要がある。
王族男性は多くの場合、王国軍に所属して「戦い」について学ぶ。ある場合は冒険者として一定期間働き、生活も全て自分たちで成り立たせるということもある。
……まあ、これはうちの両親たちのことだが。
他には、魔法の適性を持つのであれば魔道士団の研究に参加したり開発に尽力し、新たな詠唱魔法を完成させる者もいる。
他にも文化財の保全や遺跡の発掘、芸能文化など様々な分野に手を広げる者もいる。
ある者は商会を設立し、経済を回すための一助となっている者もいた。
そのような務めは通常成人してからなのだが、ある場合デビューの1年前から活動して成人するときには既に活動を軌道に乗せておくという者もいる。
これらの活動を発表するわけではないが、その功績というのは色々と今後に影響を与えるため、ポーズではどうしようもない。
まあ、そのようなわけで、エリーナが選んだものは「孤児の支援」である。
どれだけ清廉であれと望んでいても、何かしら影というのはできるもの。
それはこの王都も例外ではない。
スラム街と呼ばれる場所は存在しており、裏社会と呼ばれる連中がうごめいている。
そして孤児という存在も相応におり、生き残った彼らが新たな裏社会の人間になる場合も多いのだ。
これはどの代の国王も悩んでいることであり、同時に中々解決していない問題である。
だからこそ、エリーナが動くことに異論はない。だが……
「……せめて孤児院の支援程度ならいいが、まさかの職業斡旋まで……流石にこれは今させられんよ」
「ええ、それは言われなくても止めましたよ。でも明日から数日、孤児院の視察をされると」
少しは大人しくしろと言いたいが、俺が2年とはいえ出奔して冒険者をしていた手前、あまり強くは言えない。
だからこそ護衛として動くのだろうが。
「……付くのは?」
「近衛から1個分隊の予定ですね」
「……もう1個寄越させろ」
「え? そこは『俺が守る!』では?」
1個分隊で12名。だが俺としてはもう1個くらい付けるつもりだ。
だから、なぜそこで意外そうな顔をする、お前は!?
「……あのな、普通に考えてうちの両親ならいざ知らず、エリーナだ。そのくらい付けておかしくないだろ」
「いやいや、そこは襲われたときに『先に行け! なに、すぐ追いつくさ!』とか言うのがお決まりでしょう?」
「そんな物騒なお決まりいらんわ!?」
なに死亡フラグを立てさせようとしてんのかね、このお嬢さんは。
「それか、『後でお前に言いたいことがあるんだ!』とか」
「それ、大体恋人を庇って死ぬやつだろうが!」
あれ、俺こいつから嫌われてるかな? とすら感じる。
だが、流石に今そんなネタに走るつもりはない。
「それとも――」
「アンデルス」
「……すみません」
俺が彼女を名字で呼ぶと一瞬で収まる。
基本、俺に限らずだが名字呼びというのは「仕事中」とか、「私情抜きで仕事として考えろ」という暗黙の了解がある。
流石にそういわれてはファティマも黙って、真面目な表情に戻った。
「……あまり目立つのも良くないのだが、状況が状況だからな」
「でも、我々がいる以上、そうそうのことはないかと……」
「ふむ……」
どうしたものか。
実力的に、俺、ノエリア、ファティマが揃っている以上、問題が無いのも事実。
だが、確実性や威圧という意味では人数がいる方が良いのも事実。
「……格としてはどうだ? 流石に1個分隊では少ないのでは?」
「でも、公務ということではありませんから……」
「……分かった、ならば1個分隊で良いだろう。だが何かあれば今後の動きが変わる。いいな?」
「はい、殿下」
俺とファティマはそれから少し内容を詰め、明日からの動きを決定したのであった。
* * *
夕食後。俺はエリーナとノエリアを連れ、サロンでくつろいでいた。
といっても俺たちだけではない、兄姉や、いとこたちが揃ってである。
両親たちは別の部屋で大人の会談をしているので、俺たちは参加せず、皆で楽しむ。
「しかし……まさかレオンが婚約者を連れて戻ってくるとはね。しかもドワーフ族とは驚いたよ」
「そうですか? 否定はしませんが……」
「なにせ婚約決まっているのがお前だけだからな、レオン! 俺たちもそろそろ決めなきゃいかんのだが……ハッハッハッハッ!」
「ベルト兄……叔父上が怒りませんか?」
俺が今会話しているのが、次のイシュタル=ライプニッツ大公である兄のハリーと、王太子筆頭候補であるヘルベルト第一王子。
この二人は同い年で、今……16だったかな? 俺の4つ上だ。
冷静沈着で、同時にどこか悪戯っ子な雰囲気なハリー兄と、豪放磊落で直感的でありながらも勘の鋭いヘルベルト兄。
対照的だからこそ仲が良く、そして非常に息の合った二人だ。うちの父と叔父もそんな感じだが。
どうも王家のメンバーは豪放磊落、大公家であるうちのメンバーは冷静沈着な人物が代々就いているのではなかろうか。
「ま、俺としてはエリーナとの婚約が続くのであれば文句はないがな。お前が本当に弟になるんだ、将来も助かるよ」
「ははは……」
将来か。こき使わされそうである。
しかし将来俺は一体どんな立ち位置になるのだろうか。少なくとも大公家を継ぐわけではないので、貴族に降りて新しく家を立てるといったところか。
ただ、俺もそうだがエリーナが婚約者、特に正妻である以上、降嫁という形を取るならば公爵家となる。
軍部だろうか、魔道士団の可能性も否定できないな……
「と、というか……なんか、お、大人っぽくなったよね、レオン?」
「そうか? 確かに身長は伸びたが」
「い、いや、風格というかさ……ね、兄上、そう思わない?」
この少しどもりがちな少年は、第二王子であるアレクサンド。
兄には似ず非常に大人しい少年で、本を好むタイプだ。健康体ではあるのだが、一見線の細さ故に女性にも見えかねない奴である。
ちなみに同い年、つまりエリーナと同い年なのだが、アレクサンドは第一王妃の息子、エリーナは第二王妃の娘なので間違いはない。
「そりゃあ、冒険者してたらしいから風格は出るだろうな。クラスはどこまで行ったんだ?」
「一応、Bクラスで異名持ちだったな」
「……マジかよ。それ、絶対軍が欲しがるだろうな」
王国軍は国防軍であると同時に、スタンピードと呼ばれる魔物の集団暴走の際には戦力となる。
そのため、冒険者上がりの下士官や士官というのは割といるのである。
「軍か……少なくとも成人したら一度は参加しなければいけないな。ベルト兄は?」
王族の務めを果たすために、王族男子は軍か騎士団に入る。
多くの場合は10代後半から入隊し、2期ほど任官するのである。
「俺は今、学園だ。だが来年卒業したら、俺は騎士団に入る事になっているぞ」
「騎士団か……」
「おう。……そうだ、今度手合わせしようぜ。Bクラス冒険者と手合わせできるなんて、良い機会だからな」
「金取るぞ。……というか、うちの父上とかどうだ?」
「そこをなんとか! というか【雷剣】の叔父上は強すぎるぜ、Aクラスじゃねぇか!」
確かにうちの父も異名持ち、しかも俺より上のAクラスだ。
しかも元帥なので忙しいし、何より厳しい。
「……ま、別に構わんよ。というか、アレクも強制参加な」
「えぇっ!? ボクはいいよぉ~……」
「強制な」
「うぅ~……レオンのバカ~……」
こいつもどうにかして鍛えんといかん。
もちろん王族の務めとしては軍や騎士団に絶対ではないのだが、それでももしもの時には剣をとって戦う必要も出てくる。
そのためには心を鬼にしてでも訓練しなければ。
「……今度エリーナも連れて、祖父上のところに向かうか」
「ちょっ、お前!? それはマズいって!」
「流石にそれは厳しいと思うよレオン……」
「ハリー兄も参加な」
「……藪蛇だった」
ちなみに女性陣は女性陣でお喋りをしては、黄色い声を上げていたので、何を話していたかは推して知るべし。
* * *
翌日。俺はエリーナとノエリアを伴い孤児院に向かう。
この王都は広いので、東西にエリア分けをしており、それぞれ2つずつ孤児院が建てられている。
西側のエリアというのはスラムに近く、預けられている子供たちもどちらかというと孤児や浮浪者だった子供たちである。
そのため、エリーナはより西側のエリアを重点的に支援しようとしているらしい。
ただ、孤児院というのは王国が直轄しているわけではない。
こういうのは教会――【セプティア聖教】と呼ばれる宗教の教会が管轄しており、「寄付金」という名目での王国からの支援も東西で差をつけることは無い。
だが王国の援助とは別に、王族としての支援ができ、その割合や程度というのはその王族の采配による。
「最近、西側の孤児院の財政が悪化しているらしいんですの」
「ふむ……確かにそうだな。だが、王国からの支援は変わらずだな……」
エリーナの持っていた資料を馬車の中で読みながら話し合う。
エリーナは財務院だけで無く、それぞれの孤児院の状況も資料を集めたようであり、よくまとめられた資料だ。
王国からの支援については、用途報告が必要で、必ず半年単位での報告が義務付けられている。
それをみると、寄付金に変化はない。そして、使用している金額はそう多くはない。
だが……
「……荒れているように見えるな」
俺はエリーナと共に馬車を降り、孤児院に入る。中から出てきた職員が俺たちを先導して、院長室に案内してくれた。
廊下を歩きつつ周囲を見ると、建物の外装は問題なくても、内装や備品類に老朽化が明らかなのである。
もちろん、子供たちというのは結構騒ぐので備品類は壊れやすい傾向にある。
そして子供たちが増えたりすると特に、荒れた状況になりやすいのは事実だ。
「……人数が増えたか?」
「……いきなり人数が増減するとは考えにくいですわ。もちろん、スラムで何か起きたという可能性も否定できませんが……」
「確かに……」
俺はここに来たことがないので分からないが、特に多いようには感じないのも事実だ。
さて、何が待ち受けているやら……
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