第52話:訝しむ

「……院内での病気ですの?」

「は、はい、王女殿下……実は先日流行り病が院内で起きまして。その治療で纏まった金額が必要となりましたのです、ハイ」

「それは大変でしたわね……」

「え、ええ……」


 聞くところによると水痘らしい。別名は水疱瘡であり、子供のうちに罹ることの多い病気だ。

 今回は初感染の子供たちが多かったため、かなりの人数が隔離されて休んでいるらしい。


 そういえばこの世界の医療技術……というか細菌やウィルスに対する考え方は進んでおり、隔離や消毒という対応は多くの人が知っている。

 こういうところは、旧世界時代の知識が残されているんだよな。


「……ここに私たちがいると問題では?」

「あ、いえ騎士様……この病気は魔力が高いと感染しないのですよ。貴族の方々は魔力持ちですから……」

「ほう……」


 魔力による抵抗力の高さが幸いとなって、俺やエリーナ、ノエリアは感染しないそうだ。

 それを聞くとエリーナが立ち上がる。


「でしたら、子供たちのお見舞いをしますわ」

「そ、それは流石に……王女殿下のそのお心だけで十分でございます」

「……そうですの?」


 エリーナは少し納得いかないような雰囲気ではあるが、そう言われると仕方ないと思ったようで引き下がった。

 病気の子供たちがいるのであれば院長も大変だろう。

 長居するのも悪いということで、俺たちはここで帰ることに決めた。


「それでは院長、時間を取っていただいてありがとうございました。どのような支援が出来るかは、改めて相談いたしますわ」

「ありがとうございます王女殿下。また改めて……」


 院長は玄関まで出て、俺たちを送ってくれる。

 エリーナをエスコートして馬車に乗せてから、俺は1つだけ院長に告げた。


「金銭は使うものだ。躊躇うな」

「! は、はい騎士様!」


 俺はそれだけ言い残し、馬車に乗り込んだ。




「でもまさか、病気だなんて……」

「予想が付くものではないからな。仕方ない」

「それは分かっておりますわ……でも……」


 馬車に乗り込んでからのエリーナの表情は暗い。

 自分が支援を表明している孤児院に病気が蔓延したということを気に病んでいるのだろう。


 とはいえ、ああいう感染症というのはどうしても発生するものだ。


「もう少し早く気付いていれば……」

「エリーナ」


 涙ぐんでいるエリーナは自分を責めている。

 彼女はそういう人物だ。自分に関係する事柄だけでなく、自分が関わったことで何か起きればそれに心を痛める。

 そして、自分よりも他を優先的に考える質だ。


「あのような病気は発生するときは発生する。だから、今出来ることをするのが大切だ」

「ですが……」

「予防策を打ち出せ。西側で発生したのであれば、いずれ東側だけで無く、王都の他の部分でも発生する可能性があるんだ。その情報が手に入っている時点で手遅れではない」


 こうなれば各行政院に相談し、手を打つべきだろう。

 だが、その前にまず叔父上に伝えておくべきか。その上で指示を仰ぎつつ、今後の動きを考えるがいいだろうな。


 しかし水痘か……あれは結構面倒な病気だ。

 熱も出るし、下手すると痕が残る。この世界では魔法薬と呼ばれる魔力を持った薬草で作られる薬のおかげで、この文化水準から考えると致死率などは低いのだが、それでも少々値が張る。


 ……ん?

 少し待て、なぜ水痘・・について噂が立っていないんだ?

 これは少し国務部に確認を取るべきか。いや、その前に叔父上に確認してからだな。



 * * *



「……今からですの?」

「ああ、星黎殿に上がる。エリーナとノエリアは待機だ」


 一旦王城に戻り、エリーナを送り届けてから俺は少し街を見て回った。

 その上で気になったことがあるので、俺は直接叔父上に聞くことにしたのである。


 なんとなく引っかかりを感じる。もしかすると、という可能性がある以上、早めに確かめるのは重要だ。


 俺は特務近衛騎士としての立場があるため、星黎殿に上がるのは容易だ。

 エリーナを連れていくことも考えたが、下手に今エリーナに動いてもらうと、不都合が生じるかも知れない。


 俺は帯剣し、特務近衛騎士としての制服を着直すと星黎殿へ向かう。


「ご苦労」


 俺に敬礼を持って迎えてくれる近衛騎士に返礼をしつつ、俺は星黎殿に入る。

 同時に上層階に向かって階段を上がる。


 最上階の奥の一室。俺の目的地はそこだ。

 【国王執務室】と書かれた扉の前に立ち、左右に立つ近衛騎士に声を掛ける。


「陛下にお会いしたい」

「はい、レオニス卿」


 俺がそう告げると、1人の騎士が扉を叩き、中に声を掛ける。


「陛下、レオニス卿がお見えです」

『通せ』


 中からの返事を受け、近衛騎士が頷く。

 ちなみに彼らが俺の顔を知っているのは当然だ。この間の着任挨拶の際、コテンパンにしたからな。


 「ご苦労」と近衛騎士に告げつつ、俺は扉をくぐる。

 すると中では、叔父上と共に1人の老人が机について執務を行っているが、そのご老人は立ち上がると俺に礼をしてきた。

 その様子を見て俺は手のジェスチャーで「構わない」と伝えると、叔父上が声を掛けてくる。


「どうした、レオ……ニス卿」

「陛下、お忙しいところすみません。少し伺いたいことがございまして参りました」

「ふむ……クラウスも一緒で構わんか?」

「ええ、もちろんです」


 俺がそう答えると叔父上がベルを鳴らし、給仕にお茶を準備させる。

 俺と叔父上、そしてご老人はその間にソファーに移動した。


「少し早いが休憩だよ、爺」

「……仕方ありませんな、坊」


 叔父上がソファーに座り、俺がその次に座る。

 同時に叔父上が俺に向かって話しかけてきた。


「出来れば、今は戻ってくれるか?」

「はい、陛下」


 おれは偽装状態を解き、黒髪の”レオンハルト“に戻った。

 すると、ご老人が再度俺に頭を下げてきた。


「……お久しゅうございます、レオンハルト殿下」

「久しぶりですね、ローヴァイン宰相。お元気そうで何より」


 このご老人はクラウス・フォン・ローヴァイン侯爵。

 グラン=イシュタリア王国宰相であり、叔父上の元・教育係でもあった人物。

 つまり、叔父上にとって頭が上がらない人物とも言える。


「まだまだ七柱神の元にはいけそうもありませんな、ほっほっほ」


 そう言ってからソファーに座る宰相。

 そんな話をしていたら、ちょうど給仕が紅茶を運んできたので、手に取って香りを楽しむ。


「……それで、どうしたんだ?」


 数分したところで、叔父上が声を掛けてきた。

 そうそう、今日の目的を忘れないようにしなければな。


「陛下、少し伺いたいのですが……最近補正予算が組まれたことはありますか?」

「補正予算……? いや、特に無いな。クラウスはどうだ?」

「いえ、儂も記憶にございませんな。それがいかがなさいましたか?」


 基本的に、感染病というものに対してこの国はかなり慎重だ。特に人が多い場所、大規模な商会や孤児院、星黎殿……そういう場所で感染病が発生した場合、必ず報告が上がってくる。

 そのため、水痘程度であっても、感染病である以上は報告が来ているべきなのだ。


 同時に報告を受けた場合、王国は何らかアクションを起こす。

 程度によるが、基本的には補正予算が組まれる、あるいは内務院からの報告が上げられ、王都内のポーション類の買取、薬草の買取が増えるものだ。

 だが、国王である叔父上と、信頼おける宰相は補正予算の執行はないという。


「では、水痘が発生したという報告は?」

「……無いが? 一応そういう話は国務部が対応しているはずだが、こちらには上がってきていない」


 おかしいな。普通報告が上がってもおかしくないはずだが。

 こうなれば国務部の報告忘れか、あるいはあの話が嘘か。


 俺が色々と考えている様子を見て、叔父上がベルを鳴らす。


「陛下、お呼びでしょうか」

「国務部長官を呼べ」

「御意」


 しかし国務部長官を呼び出した叔父上だが、どうするつもりだろうか。

 俺はまだ話していないことも多いのだが。


「レオンハルト、詳細については分からんが、真実を確かめるのは大切なことだろう?」

「叔父上……」


 そう言ってニヤリとこちらを見て笑いかけてくる。

 いや、俺まだ何も言っていない……


「お前の考えていることはなんとなく分かっている。恐らく、そう言った話を聞いたのだろう? だが、信憑性が怪しいのではないのか?」

「……ええ、仰るとおりです」

「だが、お前が聞いても隠される可能性が否定できない。ならば隠しようのない余が聞けば良いのだ」

「……ご配慮、痛み入ります陛下」


 しばらくすると国務部長官が入ってきた。50代くらいのいかにも官僚的雰囲気の人物。

 ソファーに座る叔父上の正面に座るよう促され、少々緊張しているのが見て取れる。

 俺が見ていると、叔父上が口を開いた。


「少し確認なのだがな」

「は、はっ……なんなりと」

「最近、スラム街を含め王都において、衛生面の問題は無いか?」

「……衛生面、でございますか?」


 虚を突かれたような表情の長官。

 いきなり呼び出されて、「衛生はどうか」と聞かれたらそれは驚くだろうな。


 長官は少し考えていたが、すぐに「いえ、特には……」と首を振る。


「ふむ、どこかで感染病など発生したということはないのだな?」

「え、ええ。特にございません。もしそのようなことがあればすぐに報告が入るはずですから……」

「確かに君の言う通りだろう。もし、報告が入れば、すぐに私に報告せよ。話は宰相を通せば良い」

「はっ、御意のままに」


 国務部長官が下がり、部屋を出て行ってから俺はソファーに体重を預け溜息を吐いた。

 しかしそうなると、やはりあの話は嘘だということか。


「陛下」


 俺は姿勢を正して叔父上に声を掛ける。


「どうした」

「実は、今日エリーナに付き添って西側の孤児院に向かったのですが……」


 俺は今日の話をした。

 孤児院の院長から聞かされた話、見舞いは出来なかったことなど。


 俺が話していくと、徐々に険しい表情になる2人。

 それもそうだろう。感染病が事実なら、孤児院は報告をしなければいけないし、逆に嘘ならば横領の可能性が出てくる。


 それを考えるのはこの2人の仕事なのだが、余計な仕事が増えたと思っていることだろうな。


「……宰相、考えられる事柄と対処法は?」

「1つは報告忘れ、あるいは隠蔽ですな。これは実際に調査を送るというのが手です。責任者の罷免と厳重監査対象といったところでしょうか」


 確かに報告忘れという可能性は否定できない。だが、感染病というのは危険であるため、当然院長だけでは済まず、教会側へも通達が出される。

 そうなれば教会側も受け入れるしかなく、責任者が交代させられるのだ。


 同時にしばらくの間国から監査官が派遣されて、常に寄付や支援金の使い方を見られるようになるし、これまでのような金額も使う事が出来なくなる。


「もう1つの可能性は?」


 叔父上が宰相に尋ねる。

 宰相はその立派な顎髭を撫でながら口を開く。


「もう1つは横領。こうなると最早罷免では済まなくなりますな、なにせ国の支援金の横領――国庫の横領と同義ですから。徹底的に資金の流れを洗い出した上で首謀者は投獄、あるいは処刑となり、関係する者たちは貴族の場合は家門の取り潰しと共に当主と男系家族は全て犯罪奴隷ですな。女系は修道院行きです」


 この国において国庫の横領というのは重罪だ。

 もしそんな事をしようものならば即座に首が飛ぶ。下手すれば物理的に。

 同時にその影響は家族にまで及び、犯罪奴隷になるか修道院送りである。


 修道院というのは本来教会の持ち物なのだが、ここでいう修道院はある意味女性刑務所ともいえる場所であり、国の管轄下に置かれている場所。

 結婚は絶対に出来ず、抜け出すことも出来ない。そんな事をすれば即刻処理・・されるのである。


 さらには教会側も相当な打撃を受け、この国からの支援が途絶える可能性も出てくる。

 院長やスタッフはこの国の人間だが、それを管轄するのは教会であり、かつ彼らは教会に所属するという扱いなのである。

 監督責任というものを問われても仕方がない。


 もちろん、教会も影響力は強いので「破門」をちらつかせることや、【神官】という光魔法に特化した回復要員を引き上げさせる可能性もあるが、そんな事をすれば周りの国からなんと言われるかという問題も出てくるためあまり強くは出てこない。


 さて、どうしたものか。

 少し気になるのは、なぜ西側で起きたか、である。


「……しかしなぜ西側の孤児院でそんな事が起きたか、ということですね」

「ふむ……少々不自然なのは否めんな」


 いまいちこのようなことが起きている理由が分からない。

 確かに孤児院であればそうそう監査が入るわけではないのは事実。だが、子供たちの人数が減れば、それは報告で分かるのだが……


「……子供の人数?」

「どうした?」

「いえ……」


 何だろう。この、纏まりそうで纏まらない感覚は。

 何か気になるのだが、いまいち分からない。


 子供の人数が減ったことがなぜ気になるのだろうか。

 子供が減ることで起きる問題とは?


(支援が減るから? いや、それが問題になるとは思えない。なぜ子供が減る? 病気の線は考えにくいとなると……)


 誰かが子供を引き取った?

 それは良いことだ。孤児院の子供たちを受け入れる人物というのは、徳の高い人物と見られやすい。

 そうであれば隠す必要はないのだ。


「(子供、減少……隠蔽……まさか)……叔父上」

「どうした?」

「王族が関係する催しで、子供たち向けのものはありますか?」

「子供向け……」


 しばらく考える叔父上。

 と、横から宰相が口を開き、答えを教えてくれた。


「陛下、恐らくですが年に一度、年始に行われる炊き出しでは? あれは特にスラム街に対して行われますし、優先されるのは子供たちです。あの場では王族の皆様もお忍びで参加されることが多いのでは?」

「! そういえばそうだな……そうだ、今年は特にエリーナ、アレク、そしてレオンが成年を迎えるので規模を大きくする予定であったな」


 なるほど。王族が参加する可能性のある行事で、さらには稀に見る規模で行われるもの。

 子供が、特に孤児などスラム街にいる子供たちが優先的にその恩恵に預かる。


 目的は何だろう。王族を狙うことか?

 それより、まずその催しを把握しているのはどこの部署だろうか?


「管轄は?」

「五院全てが関係しますぞ。普段は内務院、財務院が管轄ですから今回も筆頭でありますが……あとは外務からは礼務部が関係したかと。軍務院は警備絡みですな」

「!?」


 こうなると絞り込みが難しい。

 どうしたものだろう。少なくとも情報を得るための人脈が欲しい。


「レオンハルトよ」


 そう考えていると、叔父上から声を掛けられた。


「おじ……いえ、陛下?」

「余が命じたのは、エリーナの護衛だ。あまり深く考えては、務めを疎かにするぞ?」

「しかし……」


 それはそうだが、根本原因を突き止めなければさらに問題が広がるのでは?

 そう思っていたのだが。


「お前は賢い。そして、実力もある。だが、身は1つ。何でも出来るというのは、神の所業であろう。使えるものは使うのだ、そうしてこそ事は成る」

「……はっ」

「案ずるな。余も、お前の父もいる、ローヴァインもいるのだ。何を恐れる?」


 確かにこの人たちは俺の遥か上の経験を持つ。

 とはいえ俺も転生者である以上、年齢以上の経験や考え方というのはどうしても染みついているのだ。


「……万難を排してこそ、護衛でありましょう。無論1人では行えませんので、少々人脈は欲するところです」

「……なるほど。では如何様にする?」

「少し時間をいただけたらと」


 1つ思いついたことがある。

 『使えるものは使う』方法だ。少し時間が必要になるのは事実だが、どうにかするしかない。


「……分かった。まあ、お前の立場上、外に出ることは容易であるからな。だが、必ず無事に戻ってくることだ。良いな?」

「はい、陛下」


 少し苦笑しながら告げられた言葉。

 恐らくだが、何をしようとしているのか予想が付いているのだろう。

 だが何も言ってこないというのは、そこそこ信頼されている証と捉えて良いだろうか。


 そろそろ時間も良いところなので俺は執務室を出ることにした。


「では、また何かあれば報告に上がります」

「ああ、楽しみにしている」


 叔父上に敬礼をし、宰相に軽く頭を下げてから部屋を出ようとする。

 すると、叔父上から声が掛かった。


「レオン」

「はい?」

「ジークに【黒揚羽】を見せて欲しい、と頼むと良いぞ」

「……分かりました、叔父上」

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