第47話:王都への旅路
翌日。俺とノエリアは辺境伯邸の玄関に立っていた。
「では、世話になったな辺境伯」
「いえ……こちらこそ助かりました」
どうやらうちの父は、辺境伯の非常権限使用について、父自身の王族令として処理したらしい。
道理で辺境伯も動けたわけだ。辺境伯のお礼の理由はそこだろう。
そんな事を考えながら、俺も辺境伯に挨拶をする。
「辺境伯、お世話になりました。またいずれ来るとは思いますが……お元気で」
「ああ、レオニス殿も……元気で。ノエリア姫もお元気で。是非今度はゆっくりと来ていただけると嬉しいですな」
「そうね、休暇として来たいわね」
挨拶をしながら辺境伯と握手する。
このヴェステンブリッグを出るまでは、俺をこれまで通りに扱って欲しいというお願いをしたので出来る事である。
今後はどうしても、公子として扱われることになるだろうから。
「リナも元気で」
「ええ、ありがとうございます」
辺境伯の家族とも挨拶をしてから、俺たちは父と共に馬車に乗り込んだ。
両脇を固めるのは、ライプニッツ家の騎士。懐かしい顔だ。
俺たちが乗り込んだのを確認すると、「出発!」とのかけ声と共に動き出す。
しかし、凄い馬車だ。辺境伯の馬車に乗った事があるが、それを超える快適さ。
振動もなく、しかも空間拡張が施された魔道具の馬車のため、普通に一室と変わりが無い。
俺たちはそこに置かれたソファーに座り、くつろいでいた。
もちろんそうしている間にも馬車は外門を通り、王都に向かって進んでいる。
「さて、この馬車なら1週間程度で着くはずだ……ミリィ」
「はい、旦那様」
ミリィ?
聞き覚えのある名前にそちらを見ると、1人のメイドが紅茶を運んできた。
「覚えているだろう? お前を担当していたミリアリアだ」
「ええ、覚えていますよ……ミリィ、お久しぶり」
そう俺が言うと、紅茶を置いたミリィがこちらを向いて目に涙を浮かべながらお辞儀をして来た。
「お久しぶりですレオン様……本当に、無事で良かった……!」
そう言うと、顔を覆って泣き出してしまう。
俺はミリィの肩を叩きつつ、「ただいま」と告げてからノエリアを紹介した。
「ミリィ、彼女はノエリア・エスタヴェ。ドワーフの姫だ」
「初めまして。これからよろしくね?」
「え、ええ? ドワーフの……あっ、ミ、ミリアリアですっ! どうも!」
そう笑みを浮かべたノエリアが挨拶すると、ミリィは勢いよくお辞儀をする。
驚いたのか緊張しているのか、言葉が少ししどろもどろだったが。
「す、凄い綺麗な方ですねぇ……」
「そうだな。ノエリアは稀に見る美女だよ」
「あら、嬉しいわね」
そんな話をしている時にふと、俺は気になったことを尋ねた。
「父上。念のため確認なんですが、ノエリアの扱いはどうするおつもりで?」
「どう、とは? 立場的にも問題は無いし、後は陛下次第だがまず問題ないだろう。それより、エリーナにはお前がきちんと説明するんだぞ? ヒルデにもな」
「……そうですよねぇ……って、いや、そうではなく。私レオンハルトと、俺レオニスが同一ということをどこまで明らかにするのですか?」
そう俺が聞くと、父は紅茶に口を付けながら少し考えている様子。
そして紅茶を置くと、「ふむ」と一呼吸置いてから口を開いた。
「気にすることはないだろう。それこそ、私やヒルデ、ウィルもマリアも冒険者をしていた。その頃は偽名を使っていたが、知っている者は知っており、知らぬ者は知らぬ」
そうだった。両親だけでなく叔父夫婦も冒険者だったな。確かAクラスだったはず。
それを隠しているわけではないが、知らない人は知らない。でも、それが問題にはなっていないのだ。
父の言葉は続く。
「それに、【ロン・ジェン】としてのお前が婚約者扱いをされたとはいえ、お前は個人的に火竜一族と繋がりがあり、そして当事者であるノエリア姫も受け入れている。それは別に【ロン・ジェン】でも、【レオニス】でも、さらには【レオンハルト】ですらなく、お前個人を受け入れているのだ。そうであれば何を問題視するんだ?」
「そうね。私が貴方と婚約したのは、名前や立場で決めたわけじゃないもの」
「そうか……」
そう言われると納得できた。
問題と言えば、国王陛下に認めてもらう事と、最初の婚約者であるエリーナに了承をもらう事、そして、母ヒルデに受け入れてもらう事である。
……そこが厳しい気がするのはなぜだろう。
* * *
数日後。
途中途中の街で一泊しつつ、あと2日ほどで王都である【ベラ・ヴィネストリア】に到着出来るころだ。
といっても、このエリアは魔物が多いことが知られている場所。
通常であれば迂回するのだが、今回は急ぎであることと、異名持ちが3人もいるということで強行突破である。
と、俺の気配探知に触れるものが。
「父上、魔物です。恐らくはオークで7体」
「ふむ、やっと出たか。レオン、片付けろ――但し」
「やっと」ってどういう意味だ。
それより、父が「但し」と言ってくるということは、何か条件だろうか。
「但し?」
「ああ、そうだ。魔法を使って倒せ。剣を使うな」
なるほど。
どうやら父は、俺が魔法を使えるようになったことも掴んでいるようだ。
それで、【白】の俺がどのようなものを使うのか、それを確認したいのだろう。
「……了解」
「そういえば、私も見てみたいわね」
「……分かった」
ノエリアまで乗っかってきたので、俺は外の騎士言って馬車を止め、近付いてくる魔物を討伐することを伝えた。
流石に止められたが、父の指示であることを伝えると渋々了承してくれたようだ。
「……さて」
馬車から降りると、既に目視できる位置にオークが近付いてくる。
あ、そうだ。
「父上! 徒手は有りですか?」
「……構わんぞ!」
よし、格闘も少し使わせてもらおう。
だがまずは……派手なのを行かせていただきますか。
オークが近付いてくる。あと20メートルほどだろうか。
俺は【
そして魔術式をアストラル体から引き出し、展開させる。
それと同時に、手のひらの前に魔術陣が展開され、それを同時に4つ起動させて発動待機させておく。
「――【マジック・レイ】」
術式名を唱え、トリガーを引くと【マジック・レイ】が発動して、狙いをつけたオークの喉を貫き、一瞬で絶命させる。
「ブ、ブモオオッ!?」
突然、7体中4体が倒れたので驚いたようだ。よく見ると先頭は普通の【オーク】ではなく、上位の【オーク・ジェネラル】のようである。
だが、驚いたのは一瞬で、すぐに俺を狙うと向かって来る。
流石は上位種なのだろう、オークよりも足が速い。
「ブモルルアアアアッ!!」
俺が前に出ると同時に、オーク・ジェネラルは持っていた棍棒を振り下ろしてくる。
このオーク系というのは、クラスとしてはCクラス程度なのだが、種類によって幅があり、かつCクラスにしては膂力があるので厄介である。
まあ、この程度にやられるはずはないのだが。
俺はわざと振り下ろされる棍棒の下に向かい、左手を挙げる。
その膂力によって振り下ろされたオーク・ジェネラルの棍棒は……
「ブモッ!?」
「……まあ、この程度だな」
俺の左手で受け止められていた。
わざわざ【発勁】を使うまでもなく止められた棍棒に指を食い込ませ、捻る。
「ブ、ブオッ!?」
「悪いが、ここで終わりだ。一瞬で終わる」
持っていた武器を捻られたと同時に自らも回転して転けるオーク・ジェネラル。
俺はその頭に手のひらを当てると、【魔衝拳】で魔力を叩き込み、オーク・ジェネラルの命を刈り取る。
残ったオークも全て【マジック・レイ】で灼いた後、それを全てインベントリに回収しておいた。
「終わりました」
「よくやった」
『…………』
俺が何でもない顔で戻ってくると、降りて見ていたらしい父が迎えてくれた。
だが、周りの騎士たちはどうも言葉を失っているらしい。
「さあ、出発するか」
「そうですね」
そう父が言うと、慌てて騎士が動き出す。
「大丈夫か」だの「凄い」だの、「危ないことをして」だの言われながら俺は馬車に戻った。
どうやらミリィも見ていたらしく、えらく心配されたが。
馬車が出発し、俺はソファーで一息吐いた。
すると、父も正面に座り、話しかけてきた。
「……驚いたぞ」
「でしょうね」
「いつの間にあんなことが? お前は【白】だったはずだが……」
そうだな。本当は陛下に報告する際に一緒に伝えるつもりだったのだが、ここで父には伝えておくのも良いか。
どうやら俺が何を話そうとしているのか分かったのか、ノエリアが近くに座ってくれて俺の手に自分の手を重ねてきた。
「……どうした?」
「いえ……少し、長くなりますがいいですか?」
「ああ……」
俺は話した。
ヴェステンブリッグのダンジョンでキラーウルフを倒してからの事を。
父には本当のことを知ってもらう必要があるだろう。
旧世界の研究所のこと、そこで出会ったフィアのこと。
【白】が実は【全属性】に適合があり、但しその特殊性から普通の魔法は使えないこと。
術式と魔術陣化についてや、そのために必要なものについて。
様々な魔道具の話。
俺がそれを話し終えると、腕組みをしたまま父は無言で目を閉じ、上を向いて唸っていた。
「…………」
「……父上」
「……そんなものがあったとは。しかも、にわかに信じがたいが【白】が【全属性】に対応しているだと……? ヒルデが聞いたら喜びそうだな……はは」
そう言うと座り直して腕組みを解く。そして俺を見ると、苦笑しながら口を開いた。
「まずはこれだろうな……ある意味、お前は冒険者としての遺跡の報告を行っていないと言える。だが……立場を考えれば、問題ないとも言え、悩ましい限りだ。それに、その研究所が動いている以上『遺跡』とは言えず、その研究所は所有者の管理下にある以上手が出せないというのも事実だな」
「そうですか……」
その父の言葉を聞き、俺は溜息を吐いた。
父に話した時点で、重罪とは言えなくなってしまうので少し期待していたというのも事実。
それに、あの場所を荒らして欲しくないというのが何よりの思いだ。
「……しかし、そのプエラリフィア殿といったか、凄い方だな」
「……そうですね。大切な師匠であり、大切な人です」
「ふむ……」
やっぱり、少し心が落ち込む。
本当であれば、ここで俺の横に座って、ノエリアと共に一緒に話していたはずなんだがな。
「レオニス……」
「……ああ、大丈夫だ」
ノエリアが気遣うように俺の手の甲を撫でてくれる。
すると、父もなんとなく理解したのだろう、気遣わしげな表情で俺に聞いてきた。
「……レオン、何があったのか、聞いても良いか?」
「ええ……実は――」
数日前の話をする。
一緒にいつも動いていて、本当は王都へ一緒に来てもらうつもりだったこと。
出来れば彼女に然るべき立場を与えて、これからも一緒に動くつもりだったこと。
でも、突然別れてしまったこと。
「――俺は、どうしたら良かったんでしょうね……ははっ、母上に怒られそうだ……」
悔しい気持ちと、悲しい気持ち。
無力感と後悔。
「……あれっ……? おかしいなぁ……」
膝に置いた手の甲が濡れていることに気付き、頬を伝う雫の感触を次に感じて、俺は自分が泣いていることに気付かされた。
別れてすぐは零れなかった涙が、今になって止め処なく流れてくる。
「レオニス……」
気付いたら抱きしめてくれていたノエリアの温かさを感じ、改めて涙が溢れる。
止められない程に感じる涙が、俺の心に染み込み、出て行く。
そのまま数分ほど、俺はノエリアに撫でられながら泣いていた。
* * *
「……す、すみません父上」
「いや……大丈夫だ。逆に安心もしている」
改めて冷静に考えると非常に恥ずかしい。
というか父上、俺を見て笑わないでください。
「まあ、その人物に会えないのは残念だが、そこはレオンの腕の見せ所だな。早いところ仲直りをするんだ」
「……はぃ」
うあー、ぬおーっ。
ベッドがあれば転がりたい気分である。
ま、まあ、母上に見られなかっただけマシか?
「そうだ。きちんとヒルデには報告しておくからな」
「ちょっ……!?」
「良い土産だ。ヒルデも喜ぶだろう」
「ち、父上! 母上には流石にっ……」
言って欲しくない。どれだけ揶揄われるか分かったものではないのだ。
そう思って父を止めようとするが、父はにっこりと笑って……
「勝手に家を出てヒルデを悲しませた罰だ。この位は受け入れて当然だろう」
「ぐぬ……」
それを言われると弱い。
あの母上を悲しませるというのは、ある意味勇者の所業である。
……途端に帰りたくなくなってきた。
「まあ、それは避けようのないものだからいいとして……ノエリア、改めて息子を頼むぞ」
「ええ、もちろんよお義父様。……まあ、フィアとの事は私が絡んだからというのもあるのでしょうし。でも、2人とも本当に素直じゃないから……」
「ノエリアさん、マジで勘弁っす」
俺が嫌がるほどには揶揄わないが、良い感じに恥ずかしいレベルの縁をなぞって揶揄ってくるノエリア。
絶対ノエリアは母上と合うと思う。
雰囲気も似ているのだが、多分こういう素直なところであったり、愛情表現が明確なところとかが似ていると思う。
……俺はマザコンなのか? いや、そうではないはずだが。
まあ、親と似た人物を選ぶというのはよく聞く話でもあるから……
そんな事を考えつつ、俺たちの旅路は続くのであった。
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