第46話:父と子
「――――父上」
俺がそう言うと、正面の大公――父が立ち上がる。
それに合わせて俺も立ち上がると、腰を折り、頭を垂れた。
「お久しぶりです、父上。……ご心配をお掛けいたしました」
「……全くだ、この馬鹿息子め」
そう言って近付いてきた父は、俺の頭に手を乗せてきた。
2年ぶりだろうか、こうやって撫でられるのも。
優しく撫でる父の手は暖かく、そして壊れ物を扱うかのように丁寧だった。
「顔をよく見せてくれ」
そう言われ顔を上げる。
以前は高く感じていた父の視線も、今ではそこまで高く感じなくなった。
そう思っていると、今度は父の手が肩に置かれ、しっかりと掴んでくる。
「……予想以上に大きくなったな。見違えたぞ」
「……ありがとうございます」
少し気恥ずかしさを感じつつも、父の目を真っ直ぐに見る。
……下手に逸らすと後が怖いというのもあるが。
「とにかく……生きていてくれて良かった」
「……本当に、申し訳ございません」
「全くだ。後でヒルデにこってりと絞られろ」
「うっ……」
そうだった。母上か……あの人は家族愛が半端ではないので、何を言われるか。
少しその時を想像して俺は震えた。
そうやって久々の親子を楽しんでいたが、そういえばここには辺境伯とノエリアもいることを思い出して振り返ると、硬直している辺境伯と、謎に目を輝かせたノエリアがいた。
「……レ、レオニスは……大公殿下の、息子……? つまりは……」
「そうだ。この者は私の息子、本名をレオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツという」
「……公子殿下、ということですか」
「うむ」
辺境伯が震える口調でそう尋ねると、父がそれに答えた。
といっても、今の俺はレオニス・ペンドラゴンなんだがな。
「まあ、かつて公子だっただけですから、気にしなくて良いですよ……それに1年以上いなかったわけですから、恐らく除籍でしょうし」
実際は知らないが、俺としては恐らく除籍扱いだろうと思っている。
なにせ大公家……つまりは王族の人物が失踪したのだから。貴族ならまだデビューまでは猶予があるのだがな。
俺は10歳の時に単身家を出た。
自分に魔法適性がなく、【白】だったからである。
家族やいとこたちは気にしていないようだったが、それでも一部の従属官や給仕は俺の適性について色々言っていた。
他にも、一部の貴族は俺と面識があり、あからさまに失望の表情をしていたのを覚えている。
もちろん俺は剣に自信を持っていたし、知識を身につけ、色々な戦略を知り、いずれは軍に入るつもりだった。
だが、どこへ行っても「あれで魔法が使えたら……」という目線を感じ、そしてその気持ちは何より自分の心に根付いていた。
だから、俺は当時の自分の居場所を捨てて、逃げたのだ。
冒険者としての実力を身につけて、独り立ちするという名目で、自分の状況から逃げた。
これまで得意としていた剣の扱い方を変え、別の流派を身につけた。
自分の痕跡を、かつての痕跡を消そうとしていた。
だが、フィアと出会い、新たな力を得て功績を重ねて。
結局は自分が逃げているという事に気付いて、俺は王都に戻ろうかと思っていた。
まあ、そしたら渡りに船というか。父がここに来ているとは。
と、除籍の下りからここまで考えていたところで、父が口を開いた。
「レオンは除籍にはなっていないが」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
俺が除籍になっていない?
聞き返すと、目を逸らしながら父が一言。
「……ウィルとエリーナ、そしてヒルデがな」
「……うわぁ」
これには父も反対できないだろう。
ウィル……つまりは叔父上と、俺の従姉妹であるエリーナ、そして母であるヒルデから反対されたのか……
このコンボは多分誰も勝てない。
「……父上は流石に除籍を考えていたでしょう?」
「いや、デビューまでに探すつもりだったからな」
「……」
我ながら今考えると、なぜに家を出たのか不思議である。
こうまで大切にされていたのに、見切りをつけるなんて。
「まあ、それは良いとして……」
そう言うと父は辺境伯を見て、頭を下げた。
「で、殿下!?」
「うちの息子が世話になった。本当に感謝している」
「あ、頭をお上げください殿下! 私こそ感謝しているのです、レオニス……いえ、公子殿下によって娘が救われたのですから!」
頭を下げる父とそれを止める辺境伯。
俺も父の隣に立ち、頭を下げた。
「公子殿下……?」
「ありがとうございます、リーベルト辺境伯。私はこの都市と、辺境伯の政策のおかげでここまで生きて来られました。その後も、色々無理を聞いていただき、感謝しています」
「殿下……」
俺と父は、まるで示し合わせたかのように顔を上げ、辺境伯に1つ、言葉を伝えた。
「「ありがとう」」
* * *
「それで?」
辺境伯が退出し、俺とノエリアの対面に父が座る。
「どうした?」
俺の超簡潔な質問に対し、超簡潔に返される。
「いや、わざわざ我々に話を聞くつもりではないでしょう? なぜヴェステンブリッグへ来られたのです」
「おや、報告は正確に受けたいのは事実だが?」
「……【ボルテール】を動かしているのですから、報告は受けているはずです。俺がどう裏で動いたかも」
「ああ、ロドリゴに気付いたのか」
ロドリゴ・フォン・ボルテール先代伯爵。
ウェルペウサで【ロドルフォ・ボテロ】として動いていた人物だ。
ボルテール家は王国の影。国王直属の諜報部隊の長だ。
当主が代々その部隊の長を務めるのだが、諜報部隊の一隊員では探れないようなことも存在する。
それに、秘匿性の高い内容の場合は相応の立場が必要になるだけでなく、それだけの腕前も必要になってくる。
そこで使われるのが先代だ。
基本的に、嫡男が30代になることには権限が移っていき、40代に近付くと当主が代わる。
それは諜報の最前線で働くための体力というものもあるが、それ以上に「先代」としての役割が始まるからだ。
その頃には先々代の引退も必要なので、どうしてもという理由もある。
まあ、そんな家の先代を動かすというのは、当然国王なのである。
だがそれが出来るもう1人、それが俺の父だ。
父ジークフリードは、大公であると同時にグラン=イシュタリア王国軍の元帥を務める人物。
あらゆる国防に関するものの長なのだ。
そのため諜報部隊を動かすこともでき、当然ボルテール家についても全て理解している。
「最初は陛下が動かしておられるのかと思っておりましたが……まあ、当然父上もご存じかと。それに今の言葉からすると、実際に動かしたのは父上ですね? しかも、わざわざ【先代】を動かすとは……」
そう俺が言うとニヤリと父は笑った。
そしてぼそっと「可愛げがなくなったな……」なんて言いつつ、ソファーに座り直す。
「……そこまで分かっているなら仕方ないな。そうだ、私はお前を探すと同時に、1つの依頼を持ってきている」
「……内容は? 生憎、【竜墜の双星】の片方が今別行動ですが」
依頼と言うからには冒険者としてのものだろう。
そう俺は思い、合わせて今はフィアがいないことを告げておく。
だが、父は首を振ると、
「それは問題ない。これはお前個人への依頼――レオニスへの依頼だ。お前にはこれを受けてもらわなければいけない」
「ほう……」
俺はソファーから身を起こして姿勢を正す。
すると、隣のノエリアが口を開いた。
「大公、それでは私はいない方が良いでしょう。ここで失礼しますね」
そう言いながら立ち上がるノエリア。
だが、俺が止める前に父がそれを止めた。
「いや、ノエリア姫にも手伝っていただきたい。正式には冒険者としての依頼ではないのだ」
「ノエリア、俺の隣に」
「……分かりました、大公」
そう言うと改めて俺の隣に腰掛けるノエリア。
それを見つつ、父が笑った。
「……話には聞いていたが、呼び捨てにするほど仲が良いのだな。しかも別名とはいえ婚約者と聞いたが?」
「そうですね……事実です。それにその時の別名と、レオニスは同一人物とも分かっていますし」
「勝手に決めて申し訳ございません、大公」
そう言い頭を下げるノエリア。だがやはり父はそれに首を振って答える。
「いや、この馬鹿に相手が出来たのは喜ばしいことだ。それに、私は1人だけだが、本来は複数娶るのは我らの務めでもある」
そう言ってからからと笑う父。
笑いながらも、「しかし」と前置きをしてノエリアに尋ねる。
「うちの息子には、既に婚約者がいる。それでも構わないのか?」
その時の父の視線は、まるで値踏みするかのような、何かを確かめるようなものだった。
さらに父は言葉を続ける。
「ノエリア・エスタヴェ。名高い剣士であり、【狂蝶姫】の異名を持つ剣鬼よ。お主は強さに惚れたのか?」
父の言葉に、この部屋にはしばらく沈黙が流れた。
だが、当のノエリアは少し考え、笑って真っ直ぐに父を見返した後、こう答えた。
「最初は確かにその強さに惚れました。でも、彼を知るうちに惹かれ、その優しさに触れ、私は彼を想いました」
「出会ってからの時間は幾ばくでもないだろう。気の迷いではないか?」
挑発的な笑みを浮かべながらそう言う父。
それに対して、同じような笑みを浮かべながら、真っ向から答えるノエリア。
「それを気の迷いというならば、恋は全て迷いでしょう。ですが、恋無くして異性への愛はないのです。彼に他の相手がいようといまいと、私は彼に惹かれ、そしてその気持ちをこれからも育てていくつもりです」
「ふむ……なるほどな」
そう言うと父は頷き、「分かった」と言い頭を下げた。
「済まなかったな、試すようなことを言って。少し、今回の件にも関わってくるので、本心を聞きたかった」
「とんでもないですわ、大公」
「はっはっは! ノエリア姫よ、もう少し普通に話してもらって構わんぞ、いずれ家族になるのだろうからな」
「父上」
「むぐっ」
色々と話が面倒な方向に行きそうなので、少し威圧を乗せて一言口にする。
それだけで父は黙った。これは母から以前教わっていた、対父用の技だ。
俺は1つ咳払いをして、父に今回の依頼内容を聞く。
「……それで、ノエリアに言ったことからするとエリーナのことですか」
「ああ、そうだ。お前もエリーナも来年デビューだ。そのため、貴族が色々と動き始めている」
エリーナというのは俺の従姉妹。そして、俺の婚約者である。
正式には、エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア。名字から分かるとおり、王女である。
さて、本来デビュー前後に決まるものだが、王家と大公家の場合はそれ以前から婚約者を選ぶ。
特に、王家と大公家同士の婚姻の場合は、生まれたころから選考され、決定されるのだ。
イシュタリア王家と、イシュタル=ライプニッツ大公家。
この2つの家の結びつきは重要なので、何より血統、そして年齢や性格、好み、その他諸々を考慮されて婚約が結ばれる。
あまり親族として近すぎると問題が起きるため、いとこ同士が限界であり、出来ればそれより離れた親等の方がいい。
だが、今の王家と大公家は繋がりが近い。
俺の叔母……父の妹は第一王妃であり、第一王妃の子供たちから選ぶと血筋がかなり近づいてしまう。
もちろん従姉妹ではあるのだが、うちの母も先代王弟の娘ということもあって難しかった。
だが、エリーナは第二王妃の娘。
第二王妃は旧家の中でも重鎮である侯爵家から出ており、血縁上遠くなるのだ。
つまり、母と国王の血縁側から考えることになる。
母は先代王弟の娘、つまり当代国王の従妹。
その国王の娘なので、エリーナは法律上の従姉妹ではあるが、血縁上は再従姉妹に当たる。
それで選ばれた俺の婚約者、というわけである。説明終了。
それで、貴族たちが何に動いているか。当然、王家との婚姻関係である。
特にエリーナはこれからデビューであり、同世代の子供を持つ貴族たちは躍起になっている。
俺との婚約は、あくまで家同士の話であり公表されていないため、皆必死になっているのだ。
そして、その必死さを履き違える連中もいるわけで。
「……エリーナを物理的に狙っていると?」
「そういうことだ。仮に王女がお付き無しで誘拐されれば、どうなるか理解しているだろう?」
「ええ、当然です」
例えばもし貴族のご令嬢が誘拐され、そこで男性と二人きりにされてしまったら。そのようなご令嬢は最早貞操を失ったと考えられてしまう。
当然誘拐で男性がいないというのは考えられず、これは確実に起きること。
では、その醜聞を拭い、回避するにはどうするか。
1つの方法は、その場にいた男性、あるいは救出に来た男性と婚約することである。
変な話ではあるが、そうすれば問題なくなるのだ。
そして男性は王女を手に入れるだけでなく、ご令嬢を救った英雄とすら見なされる。
これは貴族だけでなく、王族も同様。だからこそ、ご令嬢たちは独りで出歩くということがない。
それで……このような考え方を利用しようとする連中がいる。
雇った連中に誘拐させ、颯爽とその貴族の男性が現れて救い出す。
自作自演というわけだが、貴族社会では証拠が無い限りは断罪できないし、逆に英雄として褒めなければいけない。
そのような動きをしている貴族家があり、狙いがエリーナということだ。
「……全く、女性を何だと思っているのかしら」
「ノエリア、だがそれが連中のやり方だ」
「ええ分かっているわ、ただの愚痴よ」
ノエリアの言葉に苦笑しつつ、俺は父に聞いた。
「つまりは、我々の役目はエリーナの護衛ですね?」
「ああ、そうだ。そのため早めに王都に戻る必要がある。だが……」
そう言うと突然、父が短剣を繰り出してきた。
「!」
「これを躱すか!」
身を沈め、父の短剣を躱す。
同時に俺も銀鍵を出し、父の喉に突きつけた。
「……ふむ。最初は私の負けだ」
「いきなり試すとは……酷い人だ」
負けを認め、短剣を直す父。同時に俺が銀鍵を仕舞うと……
「ふっ!」
「カアッ!!」
今度は蹴りが飛んでくる。
それを躱し、跳ね上げ、迎撃する。
「……ほう」
「全く……油断も隙も無い」
「ちょっと……流石にここでは拙いわよ?」
ノエリアがそう言ってくる。
確かにここは辺境伯の屋敷であり、応接室である以上調度品も高級なものばかり。
ノエリアの心配も最もなのだが……
「ノエリアよ、もしこいつがここで調度品でも壊したらどうなる?」
「それは……大公家の恥になるでしょね」
「そうだ。だが、その状況でも何時如何なる攻撃にも対応できなくては、ライプニッツの嫡男とは言えん」
そう言いながらも俺に目を向けつつ攻撃を仕掛けてくる父。
そしてそれを捌く俺。
時に蹴り、時に貫手、時に短剣、時にフォークを用いて攻撃してくる父。
俺はそれを受けながら、全てを素手で捌いてゆく。
しばらくすると父が攻撃をやめ、両手を挙げた。
「……随分と強くなったな。全て素手で捌いたか」
「折角なので、こういうハンデがあった方が楽しいでしょう?」
「……相手にされていなかったか」
俺の言葉に対して父は笑い出し、「降参だ」と告げたため、この手合わせはここで終わるのであった。
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