第4章:王都へ
第45話:宿でのあれこれ、そして邂逅
「しかし……時間をおいてもいいのか?」
「あら、折角恋人になったのにもう他の女性の話かしら?」
ノエリアからそう言われ俺は言葉に詰まる。
確かにそうなのだが……改めて言われると気恥ずかしい。
今、俺とノエリアは宿に戻っていた。
どうしてもということで、同じ部屋を取っている。
今は部屋のソファーに腰掛けて、二人で話し合っていた。
俺が聞いたのは、フィアの事。
詳しくは知らないのだが、女性に対しての対応で、ああいう時は追いかけて欲しいのだというのを前世のテレビで見た気がする。
それ故ノエリアに聞いたのだが……
「あのね……確かにレオニスが追いかけて、フィアが止まったのであれば良いのよ? でも、結局彼女は逃げた。それもレオニスに見つからないようにね……そうなると、逆に今会いに行ったら意固地になるわ」
「……なるほどな」
恐らくフィアは研究所にいるはずだ。
だが、今行ってしまうと余計に拗れてしまうそうで、待機を言い渡されてしまう。
「……そうなると、一旦王都行きか。面倒だな……」
「でも、今回の報酬で【マジックテント】もらったんでしょう? 良かったじゃない」
いや、確かにそれはありがたいのだが。
別に旅の心配を俺はしているのではない。
「……明日会うと言われている人物がな。嫌な予感がするんだよなぁ」
「あら、知り合い?」
「……いや、分からんが」
どうもモヤモヤする。
あまり今会いたくない相手の可能性がふと頭を過り、慌てて頭を振る。
「……ちょっと、気になるんだけれど」
「悪い……明日になれば分かるから……」
そう言いながらも俺が唸っていると、我慢が切れたのかノエリアが立ち上がる。
そして一瞬、俺の身体の一部に一本拳で突きを入れると、ドワーフらしい膂力によって俺を引きずり始めた。
「ちょ、ちょっとノエリア!?」
「もう、鬱陶しいわね。うーだあーだ唸るくらいなら一緒にお風呂に入れて、なにも考えられなくしてあげるから!」
「おい、やめろ! うわっ、バカッ!」
俺はそのまま脱衣所に運ばれていく。
どういうわけか俺は身体が動かせず、ノエリアに動かされるまま服を脱がされてしまう。
「さあ、観念しなさい!」
「ちょっ、やめろっ! あっ、そこは……アーーーーッ!!」
* * *
「……中々逞しかったわね」
「……もうお婿にいけない」
1時間後。
俺はノエリアに余すところなく洗われ、風呂から上がった。
というか、ノエリアまで一緒にお風呂に入るため何というか……大変元気になりました、ええ。
ナニが逞しかったんでしょうね……
大体、ドワーフの姫がそんな事していいのだろうか。
普通、立場が高くなればなるほど、貞操観念というのは強くなる。
それこそ王族なんてものは貞操観念の塊のようなもので、仮に未婚の王女が未婚の男性と従者抜きで1時間でも一緒にいようものなら、結婚できなくなってしまうレベルだ。
例えどれほど相手が誠実で、何も無かったとしてもその王女は「貞操を危険にさらした」という見方をされてしまうのである。
唯一文句を言われないのが、結婚できない親等にある親族か、婚約者の場合のみである。
……ああ、だからか。
俺はロン・ジェンとしてではあるが、ノエリアの婚約者という扱いをされた。
しかも、最終的に俺は
……いや、だからといってなぁ。
そう思いながらソファーで身体を冷ましていると、ノエリアが飲み物を持ってきてくれた。
湯上がりのためか仄かにピンクに色づく肌が艶めかしい。
「……何しているのよ?」
「……のぼせたから身体を冷ましている」
「あらあら……ふふっ」
俺が手足をぶらぶら揺らしていたら、苦笑しつつノエリアが近付いてきた。
ノエリアからコップを受け取ると、それは冷えた水と思わしきもの。
だが、口を付けると果実の甘みを感じる。
「果実水か」
「いいでしょ? ここには冷蔵庫もあるから、便利ね」
確かにな。この部屋はいわゆるスイートだからそういう魔道具も置いてある。
果実水を飲みながら、今後の動きを考える。
「……明日会う人物次第だが、王都に行くだろ? 多分王城に連れて行かれて……はぁ」
「なんでいきなり王城になるのよ……」
あー、ノエリアにも伝えなければいけないな。
「……まあ、明日になれば分かるさ。少なくとも王都に行けばきちんと話すから」
「仕方ないわね」
色々な人から何を言われるか。というか、ノエリアについての説明とかもしなくてはいけないし……
そんな事を頭の中でグルグル考えていたら、ノエリアから突かれる。
「……ほら、明日のことは明日考えなさい? そろそろ寝るわよ、明日早いんだから」
「そうだったな……寝るか」
辺境伯から、明日は早く来て欲しいと言われているのだ。
多分、王都に行くことも関係しているんだろうな。
そう思いつつ、寝室に行くと……
「……待て待て待て」
「あら、どうしたの?」
「……何でダブルベッド1台なんだ」
実際にはクイーンサイズだろうか。
とにかく、寝室の中央にドンと置かれたベッドは1つ。
そして、俺たちは2人。
「……ソファーで寝るか」
「ちょっと、どこ行くのよ」
ガシッ、と肩を掴まれる。
「離せっ、俺はソファーで寝るんだ!」
「駄目よ、疲れが取れないでしょう?」
「じゃあ、なんで服を脱いでいるんだ!?」
寝室に入ると、ノエリアがそれまで着ていたバスローブを脱ぎ出した。
というか、下着は!? 履いて無かったんかい!
「あら、私は普通裸で寝るわよ?」
「それは普通じゃないっ……って、ヒッ!?」
逃げようにも純粋な膂力が俺より強いので、俺は動こうにも動けない。
というか肩を掴んだまま器用にバスローブを脱ぐと、そのまま俺の背中に抱きついてくる。
「……さ、早く寝ましょう?」
「寝られる気がしない!」
柔らかい感触が!
しかも適度な弾力と、独特の2つの何かが当たっている――!!
「ほーら」
「むぐっ!?」
そのまま俺はベッドに引きずり込まれ、しかもいつの間にか抱き枕と化した状態。
一応呼吸は塞がないようにしているようだが……それはそれで困る!
「さ、おやすみなさい」
「むぐーーっ!(休めるかーー!)」
* * *
次の日。
「……あ、ありのまま昨日起こった事を話すぜ……俺は逃げようとした、だが気付いたら俺はベッドに引きずり込まれ寝ていた……何を言っているか分からねーと思うが…………忘れた」
駄目だ、以降のセリフはうろ覚えだ。
さて、朝チュンとはいかないが、わけ分からないうちに俺は寝ていたらしい。
そしてどういうわけか、疲れが吹き飛んでいる。
「何ブツブツ言っているのよ……」
と、そんな事を考えていたら後ろから声を掛けられた。
「おはよう、ノエリア……」
「おはよう、レオニス。元気になった?」
元気になりました。
というか、いい加減……
「はよ服着替えろーー!」
ノエリアが着替えている間に俺も準備を整える。
インベントリを使っての早着替えだ。
今日は普通に辺境伯に呼ばれているため、身だしなみにも注意する。
普段の装備ではなく、今回は前で重ねるタイプの、着物や漢服に似た形状の服装にする。
シルクのような滑らかな生地で、お気に入りの1つだ。色は、えんじ色をベースに黒が縁に使われているものだ。
「あら、格好良いわね」
「……ノエリアも、綺麗だな」
注意しながらゆっくりと振り向く。
すると、今日のノエリアはどことなく着物に似た服装だ。色は白を主としており、アクセントに水色のグラデーションが掛かった涼やかなものである。
「……そういう色の方がいいだろうか」
「あら、良いんじゃない? 今の方が大人っぽいわ」
そう言われるとそうか。
夏なので、少しどうかと思ったのだが、良いと言われれば悪い気はしない。
しばらくして宿の従業員が部屋に朝食を届けてくれたので、朝食を2人で摂る。
「……少し、フィアに悪いわね」
「……ノエリアがそう言うとはな」
「あら、当然心配するわ。だって友人だもの。……ライバルだけど、ね」
そう言ってノエリアは俺に流し目を向けてくる。
……そういうカテゴリのライバルですか。
「でも、私は彼女に同情しないわ」
「ん?」
どうも昨日ノエリアと話したおかげで、俺は少しフィアのことを話しても落ち着いていられるようになった。
薄情というわけではない。ただ、この胸を刺す痛みも、俺がフィアを想っている証しなのだと思うと、気が楽になったのだ。
それに、少し考えるとノエリアはわざと俺に積極的に来ているように感じる。
そうやって俺が悪い方向に考えないようにしてくれているのだろう。
――と、考えていたらジト目で見られていた。
「……折角の話を聞いていないってどういうつもりかしら?」
「……いや、すまん。ただな……」
少し照れくさくなり、言葉を切って頬を掻く。
「――ノエリアが優しいな、って思っただけだ」
「……なによ、それ」
「ありがとうな、ノエリア」
そう俺が言うと、ノエリアは頬を染めながら「ばか……」と呟いていた。
ちなみにノエリアが話していたのは、フィアが気持ちを抑えすぎて嫉妬して、それから逃げ出してしまったことについてだったらしい。
もっと正直に生きないから、そうやって大切なものを手放そうとして、そして後悔するんだ、とそう言っていた。
『恋は戦争よ。もちろん、相手を愛しているから退くというのもあるけど、本心じゃないならそれは単なる自己満足よ?』
ノエリアの言葉はその通りだ。
格好をつけて心を隠すというのは、単なる自己満足でしかなく、しかも最終的に後悔するのは自分だ。
それよりは、きちんと相手に伝えることの方が大切。どんなに格好が悪く見えたとしても、前に進むものが勝つ。
――ということらしい。勉強になるな。
さて、朝食を終えた俺たちは外に出て、馬車を拾う。
ヴェステンブリッグでは辻馬車も少数ながら動いているので、少し街中でも遠くに行く場合には重宝する。
……まあ、提案したのは俺だが。
それに、今日のように領主邸に向かう時なども便利だ。
いくら高級宿といえども、貴族街に建っているわけではないからな。
そのまま辻馬車に揺られてしばらくすると、貴族街に入る。
その際に一旦ギルドカードを提出して、どこに向かうか、どんな目的なのかを貴族街の門に立つ警備兵に伝える。
そこで辻馬車を降り、歩きで貴族街に入る。
もちろん、辻馬車で入れなくもないのだが、その分乗車賃が取られるしな。
……いや、十分払えるだけのものはあるが、少しは節約しないといけないので。
そうして歩くこと10分ほど。俺とノエリアは領主邸の前に到着した。
門に立っている騎士に近付くと、こちらを見て笑顔で挨拶して来た。
「おや、おはようございます。レオニス殿とノエリア様ではないですか」
「やあ、おはよう。辺境伯に呼ばれているんだが」
そう俺が言うと騎士は頷いて、もう1人の騎士に指示を出しながら口を開いた。
「ええ、存じています。……緊張するかも知れませんが、頑張ってください」
……そう言われると不安になってくる。
といっても、行かなければいけないのでノエリアと中に入ると、門の内側の騎士が先導してくれる。
「……わざわざ今日来るなんて。大変だぞ?」
「だろうな……」
「ちょっと、どういうこと?」
そうノエリアが聞いてくるが、なんとも俺は説明がし辛い。
同行してくれている騎士も、なんとも言えない表情をしていた。
「……ちょっと」
「お、着いたぞ。少し待ってろ」
ノエリアが俺を突いてくるが、玄関に辿り着いてしまった。
騎士はこれ幸いと中に入ってメイドを呼びに行っているようだ。
「……レオニス」
「……いやぁ、これは悪い予感が当たった気がする」
領主邸に近付くにつれ、俺が予想しており、そして最も顔を合わせづらい人物の気配を感じる。
魔法使いに限らず魔力持ちというのは、どうしても人それぞれ独特の魔力を持っている。
そのため、よく知る人物が近くにいるかなどは、魔力を使う事に慣れていると把握出来るようになるのだ。
俺も【白】とはいえ、魔力持ちなのでこの感覚は持っている。
しかも、護国流の修行では気配探知というものは重要なので、その感覚がより鋭かったのだ。
さらにこの1年近い【全属性】としての訓練と正しい魔力の使い方の習得。
それは俺の感覚を、より確実で完璧に近いものにしており……
「……帰りたい……」
「……どうしたのよ?」
つい小声になってしまった俺を見て困惑するノエリア。
そして、こう言うときには空気を読まないタイミングで案内役のメイドが玄関から出てきた。
「……どうしたんだ?」
「……いや、なんでもない」
俺は気を取り直して玄関から出てきた騎士とメイドを見て軽く頷く。
すると、騎士は自分の持ち場に戻っていき、メイドは会釈をしてから口を開いた。
「では、ご案内いたします」
そうして入る辺境伯の屋敷。
これまで何度かお邪魔しているのだが……足が重く感じる。
とはいえ、歩いている以上は終わりは来るわけで。
「旦那様はこちらにおられます……では」
遂に到着してしまった。
ここは……最上級の応接室だな。扉の豪華さからしても間違いない。
メイドが扉をノックして中に声を掛ける。
「旦那様、ノエリア・エスタヴェ様とレオニス・ペンドラゴン様をお連れしました」
『入ってくれ』
中からの声が聞こえる。
中の声のあとに、メイドが「どうぞ」と言って扉を開け、俺たちを中に入れてくれる。
「おお、よく来てくださったノエリア姫。そして、レオニスもな」
扉が閉められると、俺から見て右手に座っていた辺境伯が俺たちに声を掛けてくる。
チラリと辺境伯の対面……つまり俺から見て左奥の席に座る人物を見ると、ローブのフードを被っており、表情は見えない。
だが、意識はこちらに向いているのが分かる。
年の頃は……30代後半といったところだろう。
フードからは少し、黒い髪が見えている。
「さ、こちらに来てくれノエリア姫。レオニスは……」
どうやら辺境伯は、レオニスを同じソファーに座らせて良いか考えているようだ。
……それも仕方ないだろうな。
そう思っていると、対面の人物が口を開いた。
「構わない。私が望んだことであり、依頼する側なのでな。同席してもらって構わないよ」
「そうですか……では、レオニスもここへ」
「……分かりました」
そう言われたので俺はノエリアの隣に座る。
おや、こちらを見たな。
対面に座る人物が、ノエリアの横に座る俺を見ているのが分かる。
「……」
「……えー、それでだな……ここに呼んだのはこちらのお方にも、先日の件の説明をしてもらいたいのだ。それに、レオニスには例の非常権限についても聞きたいと言われておる」
……辺境伯も緊張して、しどろもどろになっている。
そりゃあ、
……仕方ない。少し早いが、動くか。
「辺境伯」
「な、なんだ?」
「こちらの方は? 自己紹介もいただいていないのですが」
「ちょっ……お前……!」
俺の言葉に焦る辺境伯。
あ、俺も緊張させる要因になっているかな? 仕方ない。
俺は1つ大きな溜息を吐く。
……あー、これだけで辺境伯が冷や汗掻いている。
「で、何のご用件ですか? あなたほど高位の方がここに来られるとは。同派閥というわけではないでしょうに」
「……ふっ」
俺の一言に対し、正面のその人物がフードの奥で笑ったのが見えた。
「私が誰かと理解していながら、そのように座っているのは問題だと思わんか?」
「普通だったらそうでしょうけれども……」
「レオニス、いい加減に――!」
「構わぬ」
そう言いながら俺は足を組む。
最早辺境伯は顔面蒼白で、俺を止めようと口を挟むが、それはフードの人物によって止められる。
「――そういうからには、つまり普通ではないのかね、君は?」
「それはそうでしょう――」
普通の人であればこの人の前で足を組むなんてあり得ない。
というか、平民なら平伏し、貴族は跪く必要があるのだ。
だが、それはあくまで「普通」のお話。
「――俺は普通ではないですから。それは既にご承知のはずですが。ジークフリード・フォン・イシュタル=ライプニッツ大公? いえ――」
俺の告げた名前に合わせて、その人物がフードを脱ぐ。
豊かな黒髪と、冷静なサファイアのような青い瞳。
「……っ!?」
ノエリアが何か気付いたように、俺と大公の顔を交互に見る。
それもそうだろう、俺とこの人は顔のパーツが似ているから。
大公は、こちらを見ている。
俺が次に述べる言葉を待っているのだろう。
そう。俺とこの人の関係は誰よりもお互いがよく知っている。
なぜならばこの人は……
「――――父上」
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