第65.5話:想いの真実(プエラリフィア視点)
レオニスと別れて数日。
私はヴェステンブリッグに戻っていた。
レオニスと一緒ではないことを不思議に思われたようだが、『別行動をしている』と言ったら納得してくれたようだ。
ギルドでも特に何か言われるわけではなく、少し不思議そうな目線を向けられることはあっても深く追求されることはなかった。
春風亭は既にチェックアウトしていたため、屋台で色々購入してからダンジョンにある研究所へ転移した。
この研究所は【状態保存】の術式が常に発動しているため、劣化もなく良い拠点だ。
旅の埃を落とすために浴槽に湯を張り、入浴の準備を整える。
このお湯張りの機能は、旧世界では一般的で、自動的に必要な湯量を供給してくれる。溢れることもないので楽だ。
「……防具も汚れておるのう」
使っていた防具には土埃も付着しているため、お風呂が入るまでは整備することにしよう。
と言っても、魔術を使ってすぐに終わるのだが。
む、少しベルトが緩んでいるかな?
少し調整をしておこう。
そんな作業をしていたらお風呂に入れるころになったので、下着類を洗濯機に入れて洗浄する。
そういえばレオニスがこれを見て、『まさかのドラム式パネェ』とか言っていたが……そんなに珍しいものでもないと思う。多分彼ならすぐに開発できるはず。
ふとそこまで考えて、頭を振る。
レオニスとは既に別れた。もう関係ないのだから、気にするなんて……
いけないいけない。
こんなことを考えるつもりじゃなかったんだけど、疲れてるのだと思う。
さっさとお風呂に入って、ご飯を食べたら寝よう。
お風呂でさっぱりすると気分が良い。
どうもこの世界は石鹸類の品質があまり良くないので、好きじゃなかったのだ。
合成香料とは分かっているものの、やっぱり旧世界の物の方が品質が良い。
今日のボディソープはフローラル系のお気に入り。
実は冒険中も持ち歩いていて、お風呂があるところではよく使っていた。
……というか、領主邸とかに泊まることが多かったから大抵はお風呂付きだったけど。
少し、あの冒険の日々が昔のことのように感じてしまう。
……また考えていた。
いけない人だ、私は出るつもりがなかったのに巻き込んで。
やっぱり研究所で引きこもる方が好きなんだ、私は。
心機一転食事にすることにした。
屋台で購入したのはオークやバイソン系モンスターの肉の串焼き。
塩加減が良い塩梅で、お酒が飲みたくなる。
そう思ってインベントリの一覧を確認していたら、とあることに気付いた。
「……レオニスに衣装返してもらってない」
あれは私の宝物なのに。さっさと返してもらっておくべきだったかな?
まあ、いいか。男性ものだし、改めて作ろう。
なんとなく悔しいような、寂しいような思いを感じつつ、そんな気持ちなんてあり得ないとその考えを消しながら、私はベッドに入って寝ることにした。
* * *
さらに数日。
あれから私は研究所から出ていない。
食糧だって何十年分とあり、心配は要らないし。
そういえば、そろそろレオニスたちは王都に着いたかな? どんな旅をしているんだろう。
旧世界の王都には何度となく行ったけど、なんかいまいち面白くなかった。だって機能美しか考えられてなくて、今みたいな趣がないというか……
確か、クムラヴァから王都までは1週間以上掛かるはず。
途中は森とかもあるって聞いたことあったけど……魔物に襲われたりしなかっただろうか?
でも、レオニスもノエリアも強いから問題ないか。
王都か……どんなところか一度は行ってみようかな。
そして、どうしても暇で暇で、気が偶々向いたら、レオニスを探しても良いかもしれない。
ここまで考えた時点で思い直し、頭を振って再度考えを消す。
こんなことになるのは集中していない証拠だ。今日は新しい術式を考える予定だったし。
私はこれまで読んでいた専門書に目を向ける。
元々私が得意とする魔術式というよりも、もっと魔道具寄りの知識。
この研究所に引きこもった際に、私はありったけの本やデータをこの研究所に集約した。
とにかくあらゆる知識、専門書、基礎、理論、その全てをできる限り全力で集めたのだ。当時の私の立場であればそう難しいものではなく、十分余裕を持って集めることが出来たのだった。
……そうだ、折角だから【マギ・カリキュレータ】を作ってみるか。
時間は沢山ある。何か必要なものがあれば、冒険者として高クラスだから依頼を受けて素材を集めるなり、お金を貯めて買うなりすればいい。
そうだ、そうしよう。
そうすれば、これ以上前のことを振り返る必要はなくなる――
* * *
さて、あれからどのくらい経ったか。
既に数ヶ月経ったかと思っていたが、意外とそこまでは経っていないのかもしれない。よく分からないけど。
結構根を詰めて資料探しや内容まとめをしていたため、髪はボサボサ、服はヨレヨレ。
周りにはレポート用紙が散らばり、あちらこちらに本のタワーも出来ている。
……流石にマズい。女を捨てているというのは問題だ。
ちょうど一段落したことだし、片付けてから服を……いや、お風呂が先だ。
ついでに食事をして、少し寝ることにしよう。
周りのレポート用紙を集めて、順番に並べて重ねる。
本のタワーをそれぞれ元の場所に片付け、散らばっていたレーションの袋を捨てる。
覚束ない足取りでお風呂を入れていると、ちょうど洗面台の鏡に自分の姿が映った。
見ると、髪があっち跳ねこっち跳ねしており、さらに目の下には濃い隈が出来てしまっている。
「……ふふっ」
いかにも徹夜で研究してました! と言わんばかりの姿。
これにズレた眼鏡を掛けていたら完璧だったろうな。レオニスだったら大笑いするに違いない。
そんな事を思いながら、顔を洗い、少し頭を覚醒させる。うん、多少は目が覚めたかな。
このままお風呂に行きたいとも思ったが、先に食事をしておかないと多分忘れる。
食料庫に移動し、陳列されているパウチを取ろうとしてふと、自分が2つ手に取っていることに気がついた。
「……はぁ」
なんか最近、溜息ばかり吐いている気がする。
未だ自分がここに一人ということに慣れていないようだ。自分の未熟さを感じつつパウチを1つ戻し、食料庫を後にした。
食事を摂りながら、ふとまとめたレポートに目が行く。これも研究者の性だ……なんて言い訳をしながら手を伸ばし、スプーンを口に咥えたままめくる。
その瞬間、ふと閃いたものがあり、慌てて胸元のペンを取り出してその用紙に書き込みをする。
数分程度で書き込みを終わらせたが、我ながら凄いことを思いついたものだ。冴えているかも知れない!
「レオニス! これだったら【マギ・カリキュレータ】も作れる……」
『作れるじゃろ?』
そう言うつもりで振り返った。
だが、振り返った先にはただ部屋の壁が広がるのみ。
誰も、いない。私しか。
「……っ」
ああそうだ、ここには私しかいないのだ。
そう頭に過った途端こみ上げてくるものを感じ、慌てて上を向く。
分からない、分からない。
こんな気持ちは知らない、知りたくない。
どのくらい経ったか、数分、あるいは一瞬のことかも知れない。
どうにか気を落ち着かせ、食事を続ける。
食器を片付け、入浴する。
だが、お気に入りのボディソープも、最適な温度も、なぜか満足できず。
私のお風呂の時間は長い方で、1時間くらい余裕で入るのだが、なぜか今日は気分が乗らず30分程度で上がることにした。
そのまま寝室に向かっていると、ふと、封印から解放されてレオニスと過ごした数週間の記憶がフラッシュバックする。
だが、それらを必死で心の奥に押し込めて、私はベッドに横たわる。
私は旧世界の存在、彼とは生きる時間が異なる。
だから、私は独りでいい。独りでいなくちゃいけない。
早く、早く寝て忘れてしまいたい。
この気持ちも、この感情も全て。
それなのに――
「…………ひっく……ぐすっ……」
何で、こんなに溢れてくるのだろう。
『――フィア』
レオニスが名前を、愛称を呼んでくれるとき。
『――フィアさーん?』
拗ねた私の機嫌を直そうと必死な笑顔を見せるとき。
『それならすごく心強いな、嬉しいよ』
この
「……レオニス……私は……」
一緒に冒険して、世界を見ようと約束して。
『フィアは俺の師匠、パートナーじゃないのか?』
パートナーと呼んでくれて。
「でもっ……! だって、それはっ……あなたがっ!」
あの時。レオニスがノエリアと闘い、手合わせとはいえ彼女を破り、彼女がレオニスにキスをしたとき。
私は見ていた、影から見ていたのだ。
でも、何も言い出すことも、動くことも出来なかった。
だって、それを見て嫉妬する、自分のそんな想いなんて有り得ないから、あってはならないから。
動いてしまえば、自分の感情が溢れそうだったから。
自分はどこまで行っても「旧世界の存在」で、対する彼らはこの世界の存在だ。
いずれどこかで、道を違えたり、離れてしまうだろう。
だから、自ら手放すことにしたのだ。そうしないと、心が砕けそうだから。
もし自分から離れて行かれたら、どうしようもないくらい心が張り裂けそうだから。
そんな事になれば、きっと私は自ら命を絶つだろう。
でも、それはレオニスに深い傷を作ってしまう。だから、「身をひく」だけだと自分を納得させ、「レオニスのため」と自分を無理矢理動かした。
「こんなにっ……こんなにも……好きだからっ……だから!」
嗚咽が漏れる。枕を握りつぶさんばかりに抱きしめ、必死に堪えようとする。
でも、どんなに堪えても、堪えきれない想いは、口に出された途端まるで決壊したダムのように。
「好き……好きっ……――大好きなのにっ!!」
涙と共に零れ落ちる想い。
でも、この想いを受け取ってくれる、この想いを向けたい相手は自分の隣にいない。
『俺は何があっても解消するつもりはないからな』
今更ながらに思い出される言葉。
クムラヴァで共に踊ったとき、彼がそう囁いてくれた。
なぜ、自分はこれまで思い出さなかったのだろう。
『これからも、一緒にいて欲しい。一緒に王都に行って、一緒に生活してくれないか?』
『当然じゃ。妾はお主の師匠で、パートナーじゃからな』
あの時、少しでも勇気があれば、この運命は変わったのだろうか。
「好き」と、そう一言言うことが出来たのだったら。
「う、う……うああああああああああっ!!」
最早泣くとかではなく、研究所に響き渡らんばかりに私は慟哭した。
『……妾は、お主とは行けぬ』
『……どうして? 約束したじゃないか』
約束した。でも……
『……妾は、どうせ昔の存在じゃ。お主にとってはノエリアと共におる方が……その方が良いのじゃ! 妾は今を生きるお主とは違う! 優しさも、同情も、何も……妾には不要じゃ!』
『フィア、何を――』
『もう、金輪際会うこともない! 精々短い人生を生きるんじゃな!!』
「うああぁああっ、うああああああぁぁあああああっ!?」
言葉に出来ない後悔が慟哭となり、感情によって湧き上がる魔力が寝室に吹き荒れる。
あんなことを言いたかったんじゃない。
あんな別れをしたかったんじゃない。
『フィア、待ってくれ!』
『どうせ妾は、お主にとって都合の良い道具という程度じゃろう!? 別に妾じゃなくても、【グリモワール・カルクラ】が有れば問題ない、さっさとノエリアと一緒に探し出せば良いのじゃ! 離せ、離さんかっ、たわけがっ!!』
『フィア! 待て、フィアっ! ――フィアアアアッ!!』
「ああ……ああ……あああああぁぁあああああぁぁあああっ!!!」
頭を掻きむしり、振り乱す。吹き荒れる魔力が身体を傷付け、血が流れる。
自分が一体何をしたのか、してしまったのか。思い出してしまった今、後悔よりも絶望が心を侵蝕していく。
レオニスの手を振り払い駆け出す私を、レオニスは追って来ようとした。
手を伸ばし私を止めようとするレオニスを必死で撒いて、私は逃げ出したのだ。
自分の言葉が全く的外れなことは分かっている。
嫉妬で頭がいっぱいになり、思わず出た言葉……八つ当たりに過ぎない。
ノエリアに対しても、あんな風にいうつもりは無かった。ただ、辛くて、しばらく離れていたかっただけ。
でも、出た言葉は戻すことは出来ないのだ。後悔してももう遅い。
「レオニス……レオニスっ……会いたい……会いたいよ……」
でも、どんなに望んでもそれは絶対に許されない。
王都に向かう彼の立場は遥か遠く。どれだけ彼に会いたいと心で願っても、それを求める資格も権利も、私にはない。
彼を――傷つけてしまったから。
でも、頭では分かっても心は止まらず、口はただ想いを溢れさせていく。
そのまま私の意識は、闇に落ちていった。
* * *
泣き疲れなのか、心労か分からないが気付いたら寝ていたようだ。
私が起きると、既に正午を回っていた。
「……」
鏡を見てみると、泣き腫らした目元が真っ赤になっており、ちょっと人前には出られないレベルである。
どうしようか……
でも、昨日ひとしきり泣いたからなのか、少し心が落ち着いた。
辛いときは声を出して泣くのも大切と聞いたことがあるが、それは事実なのだろう。
ちょっと今日はこれまでと違う事をしよう。
そう思い、こっそりと研究所から街中に転移してから、門を出て走る。
途中で転移を行い、ネイメノス火山に到着した。
実はネイメノス火山の裏手に転移用のマーカーを打っており、そこを目掛けて転移した。
こちら側は滅多に人もドワーフも誰も来ず、精々ドラゴンがたまに飛んでくるくらいだ。
今日はまれにみる快晴だ。
ネイメノス火山から出て、草原を、森を走る。
木々の間を跳び、枝から枝に移りながら移動する。
頬をなでる風を心地よく感じながら、何も考えずに疾走する。
「はあっ……はあっ……ふぅ……」
見晴らしの良いところだ。少し丘になっており、眼下に広がる緑の絨毯が目に眩しい。
と言っても、もうしばらくすれば気候が変わり、草木は色を変えていく。
しばらく身体を動かしてから帰路に着き、途中の町でめぼしいお菓子を買ってからネイメノス火山に転移する。
今度は竜域に向かい、久々に火竜と交流だ。
「おや、驚いたぞフィア殿。よく来てくれた」
「突然すまんのう。お土産じゃ」
「おお!」
この火竜長老はお菓子に目がない。遊びに行く時には必ずお土産を持って行くのだ。
しばらくすると赤竜も飛んできて、人化するとお茶に加わってきた。
「最近はどうだ?」
「ボチボチじゃな……今は研究のために籠もっておる」
不思議だが、二人といると落ち着く。
レオニスと何度となく来ているが、その時には感じていなかった、落ち着いた雰囲気を今は感じるのだ。
「あまり外に出ないのは身体に悪いぞ」
「まあ、たまにはこうやって外に出ておるからの」
そんな感じでとりとめも無く会話をしながら、お茶を楽しむ。既に時間は夕方を過ぎ、間もなく夜だ。
ネイメノス火山の竜域は周りに溶岩が流れているため、あまり夜という感覚は無いのだが。
「そういえば、【炎魂の楔】はどうじゃ?」
「おお、すこぶる調子が良いぞ。特に問題なく動作しておるしな」
【炎魂の楔】を奪還してから、問題が無いか一応確認はしておいたのだが心配だったのだ。
これはかなり貴重なアーティファクトだから、無くなると困る。
ちなみに、私はこっそりこれを解析したので、問題なく新しいものを作れるというのは内緒である。
あ、折角だから【マギ・カリキュレータ】を作るときに似たような理論を使って組み込んでみるか。
そんな事を考えつつ、火竜長老と赤竜と話を続ける。
が、そろそろいい時間だ。帰ろう。
「そうじゃ、今日は泊まっていったらどうじゃ? あの部屋は空けておるし、もう街の門は閉まっておるじゃろ」
そうだった。門から出ているから直接研究所に転移は出来ないんだった。
しても良いんだけど、入った記録がない人が街中にいたら怪しまれる。
以前レオニスが「過ごしづらい」ということで簡単な家を作ったのだ。
石造りで平屋なのだが、母屋と離れがあり、レオニスと私はこの離れに泊まったりしていた。
普段から来客がない場所なので空いているそうだ。
そんなわけで、私は火竜のご厚意に甘えて泊まることにしたのだった。
* * *
「おはようなのじゃ……」
「おう、ゆっくり出来たかの?」
「……ん」
いかん、頭が働いていない。
一旦外に出て火竜長老に挨拶をして、部屋に戻ってから洗顔をして寝ぼけた頭を強制的に起こす。
ちなみに火竜長老が外にいたのは、タイキョクケン?とか言う体操のためらしい。
凄くゆっくり動くのだが、結構いい負荷を得られて運動になる。レオニスも面白いものを考えつくなぁ。
あ、これも前世の知識かな?
ここまで考えながら、ふとレオニスのことを考えても落ち着いたままの心に不思議な感覚を覚える。
一昨日までは考える度に荒れ狂うような気持ちになっていたのだが。
(レオニスのことは、既に思い出になった……のかな?)
そう思うと、チクリと感じる胸の痛み。
でも、それまでだ。どちらかというと、思い出すと心がホッとするような気分が大半を占めていると思う。
……ちょっとだけ心を通る冷たい風を感じるけど。
朝食を準備して、折角なので赤竜も呼んでから3人で摂る。
朝食を食べ終わると、赤竜は竜の姿に戻ってドラゴンや火山の様子を監督するために飛んでいき、火竜は火竜で【炎魂の楔】と溶岩の様子などを見ながら、火山の詳細な状態を調べているようだ。
……火竜長老が真面目に働いているのを初めて見た気がする。
私は持ってきていたレポートを見ながら、独自開発の【マギ・カリキュレータ】について考えて、さらに理論をまとめていく。
そんな午前中を過ごしていたのだが……
――ゾワアアアアァァアアアアッッッ!!!
「!?」
突然、背中が総毛立つような感覚を感じ、齧り付いていたレポートから顔を上げて外に飛び出した。
(な、何なのこの感覚……!?)
魔力でもない、殺気でもない、闘気ですらない。
より異質で、異様で、凄まじい気配。
それは一瞬で収まったものの、未だその感覚は私の肌を、魂を撫でるようで。
「こ、これはっ……!」
同様に飛び出してきた火竜長老の口からそんな呟きが漏れる。
さらには何か落下してきたような音がして、目を向けるとそこには初めて見る表情をした赤竜がいた。
『兄者! この気配は!?』
「……お、恐らくじゃが……【神竜種】が目覚めた……のじゃろう」
確かにどことなく竜の気配ではあった。
だが、この異様な感覚――チカラは何なのだろう。
『【神竜種】だと……しかし、なぜ王都の方角からなのだ……?』
「え?」
赤竜は何を言っているのだろう。王都?
何で王都の方角からこんな気配が?
「レ、レオニスは!? レオニスからは何もないのかえ!?」
彼は今王都にいるはず。
もし何かあれば、赤竜や火竜長老に対して何らか連絡が来ているはずでは?
『そ、それが……』
なんで? なんで目を背けるの?
「大丈夫」って、それだけが聞きたいのに。
でも、隣にいた火竜長老の一言は無慈悲にもその望みを打ち砕いた。
「……一瞬とはいえこの気配の中じゃ、レオニスの気配を掴むことが出来ぬ。先程から一応呼びかけておるが、連絡も、返事も、何もないのじゃ」
嘘、嘘だ。
もし、もしこんな気配を持った存在がレオニスの近くにいれば……
『待てっ!』
自分でも気付いたら走り出していた。
周りにばれないようにとか、隠れてとか考えずに空中のエーテルを足場にしてひたすら駆ける。
――ドンッ!
『ぐおっ!?』
「キャッ!?」
前を見ていなかったせいか何か……いや誰かにぶつかった。
頭をさすりながら前を見ると、少し腹のあたりをさすっている赤竜の姿。
「……あ、す、すまんのじゃ」
『い、いや、我こそすまぬ』
でもなぜ赤竜が?
『プエラリフィア殿、我が全速力で王都まで飛ぶ。背に乗れ』
「え? ええっ?」
『さあ、行くぞ』
気付いたら赤竜の背に乗せられ、無意識のうちに【守護の聖壁】を発動させた瞬間赤竜が飛び始めた。
翼を一打ちするごとに加速し、凄まじい勢いで景色を置いていきながら星のように駆ける赤竜。
「だ、大丈夫なのかえ?」
『構わぬ。友のためだ、全力を使う事に躊躇いはない!』
赤竜は本当に男前だ。普通なら誰もが惚れるような人……竜なのだろう。
そんな事を考えながら、ふと下を見る。
「あれは……!?」
『……かなりの数、魔物が近付いてきているようだな』
どうやら見る限り、何かに引き寄せられるかのように王都へ近付いてきているように見える。
この規模……果たして王都が無事でいられるだろうか。
とはいえ、王都まではまだ遠い。もし到達するとしても、数日はかかる。
報告は……冒険者ギルドにすれば良いかな。
そうこう考えていて、ふと気付いたときにはこの大陸の東部、つまり王都近郊に来ていた。
前を見ると、これまで見たことがないような高い外壁が見え、その中心に鎮座する城が目につく。
「!」
先程とは異なる強烈な魔力を感じる。
それも、あの城からだ。
「何が起きて……?」
『分からぬが、良くないモノがあの場に存在するのは確かだ』
とにかく今は、考えるよりも先に行動だ。
どうも外壁は防御用のアーティファクトのようで、門を通って入らなければいけないようだ。
『後は頼むぞ、プエラリフィア殿!』
「うむ!」
赤竜からそう言われ、私はその背から飛び降り門に向かって駆ける。
中の異常を感じているのだろう。門の警備兵から一瞬止められそうになったが、Bクラス冒険者としてのギルドカードを見せるとすぐに通してくれた。
「ど、どうぞ! ……よろしくお願いいたします!」
生憎私は既に駆け出していたので聞こえなかったが、頭を下げていたことからすると、私は彼らから「託された」のだろう。
この気配は、確かにこの辺りでも簡単に感じられるだろうから。
そのまま街中を駆け抜け、貴族街の区切りである内壁を飛び越え、感じる魔力の中心へ走る。
(もう少し……!)
しばらく行くと見えてきたのは城の外壁。
真っ直ぐ駆けてくる私に向かって、衛兵たちが止まるように叫んでいる気がするが知らない。
そのまま彼らの頭上を飛び越し、外壁を駆け上って中に入る。
(前へ! 前へ、前へ!!)
走る。奔る。疾る。
いくつも高い建物があるが、魔力を感じるのは中心の……ここだ!
ここまで来ると、レオニスの魔力を感じる事が出来た。
良かった、生きている!
レオニスのところへ行く最短ルートに向かって跳躍し、窓を突き破って中に入る。
その時、私の目に飛び込んできたのは壁に叩きつけられた状態から立ち上がろうとするレオニスの姿と、気を失っている1人の少女に向かって剣を振り下ろそうとする男の姿であり……
(駄目っ!!)
思わず私は少女の前に踊り出し、【守護の聖壁】を展開した。
だがその剣は【守護の聖壁】を貫き――
「グッ!?」
破られた、と思った瞬間少女を掴んで跳び下がって良かった。
だが、その男の剣は私を斬りつけたため、思わず声が出てしまう。
「フィア!?」
私の名前を呼ぶ声がする。
どうもこの剣は何か魔術付与されていたらしく、急速に意識が遠くなっていくのが分かる。
そして、私に向かって剣を再度振り上げる男の姿。あれ、この男……
そして、そんな男を吹き飛ばしながら私に向かって必死に走って来る彼と、私を見つめる彼の翠色の瞳。
レオニス、良かった……生きていて。
もう一度、一緒に冒険したかったな……
そう思いながら、私は目を閉じた。
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