第66話:胎動と覚醒
――ドクン……
鼓動が聞こえる。
――いや、これは胎動だ。
何故?
――生まれるために。
何のために?
――護るために。
――ドクン。
フィアが、傷つけられた。
エリーナも、傷つけられた。
ノエリアも、傷つけられた。
誰の所為だ?
――ドクン!
――俺の所為だ。
――俺が弱いからだ。
――ドクン!
また繰り返すつもりか。
あの時の思いを。
あの悲劇を。
大切なものを失う悲しみを。
――いや、そのつもりなどない。
ならば、どうする?
――ドクン!
思い出せばいい。
かつての自分を。
本当の自分を。
――ドクン!
殻を破れ。
羽ばたけ。
手繰り寄せろ。
掴み取れ。
真実を。
全ての理を。
――ドクン!
星を統べる者よ。
咆哮を上げよ。
其は全ての祖。
其は理の管理者。
其は絶対の超越者。
故に其は呼ばる――
――ドクンッ!!
――【星竜】と。
――パ……キッ……
・
・
・
・
・
・
『フィア!』
フィアのおかげで、エリーナは気を失っているものの凶刃の餌食にはならなかったようだ。生きているのがわかる。
だが、フィアの状況はよくない。
俺は、フィアに一瞬で近付き、その場に膝を付いてフィアの容体を確認する。
明らかに赤黒く、そして禍々しい魔力の片鱗が付着した傷口は、徐々に侵蝕し、肉を溶かすようだ。
どうやら掠めただけでも相当危険な魔剣なのだろう。
意識を失ったのか目を伏せ、顔面蒼白のフィアの傷口に手をかざす。
すると、凄まじい勢いで情報が流れ込んで来るのを感じる。
これは……恐らくフィアの情報。その存在についての情報だろう。
俺はこの時全く考えていなかったが、それは普通の人間に流れ込めば一瞬で廃人になるレベルのものだった。
その中から俺は、フィアの傷とその解決策を感じるままに手繰り寄せていく。
《境界侵蝕率50%》
《【神壁】システムアップデート……完了》
《【神壁】を再起動》
《浸食率抑制を確認》
《サルベージ開始……修復可能範囲、99%》
《サルベージ完了》
《デフラグ開始……完了》
《リカバリシステム……修復部を確定、データを展開します》
自分がその時何をしていたのか、それを今になって説明することは困難だ。
ただ、プエラリフィアが治療されていく様子を、俺は自分の身体でありながらもどこか遠くに感じながら見ていた。
「……いつの間に動いていやがった。だがまあ、無駄なこと……なんだとぉ!?」
ディムが叫んでいるのが聞こえる。
「……な、何、してやがるんだ……この魔剣は、一瞬で人間程度の肉なら腐らせて殺す力があるのに……」
やはり碌でもない短剣だったようだ。恐らく暗殺に使うような即効性のある危険な代物なのだろう。
だが、それを俺が治療しているのを見て、信じられないという表情をしている。
とはいえ、それも長く続かない。
「――まあ、いい……テメェを殺せば、何でもないことだからなぁ! 死にやがれ!」
そう叫びながら俺に向かって短剣を振りかぶってくるディム。
そんな彼を見ながら、俺は左手をフィアに向けつつ、右手を奴に向けた。
『【フォース・ブラスト】』
――ズガンッ!
「――え?」
俺の右手から放たれた何か。
それは意識するよりも早く放たれ、意識するよりも早く、ディムの右肩に着弾した。
「えっ……?」
呆然とした表情で、自分の肩を見つめているディム。
確かに右手首から下は失っていたが、今度は肩から下が完全に消失している。
「あ……あっ……あ……ぐ、ぐぎゃあああああっ!?」
恐らく今まで理解できず、脳も認識していなかったのだろう。
だが時間が経ち、それを認識した時から痛みが生まれたのだろう、ディムは叫び声を上げ、のたうち回っている。
「て、テメェ……マジで殺す……ここでコロシテヤル!!」
必死で立ち上がりながら、再度俺に向かって突撃してこようとするディム。
だが、なんとも欠伸が出るスピードだ。
一応跳躍して、俺の右側から攻撃を仕掛けようとしているが……
俺は適当に短剣を躱しながら、奴の鳩尾に右手の拳を叩き込む。
「ブッ!?」
全く回避も取らず、受け身も取らず、玉座の後ろの方に飛ばされていった。
同時に何か叩きつけられたような音がしたのも、俺の耳は捉えている。
そうしている間に、左手で触れていたフィアの治療が終わったようだ。
《展開データより、修復部データを抽出……完了》
《復元は全て完了……再起動まで10秒…………》
《システム起動完了》
情報を見る限り、完全に治療できたようである。
さて……この愚かな賊をどうするか。
ふむ、そういえばもう1人いたが、まだあの男の方は話が分かるようだったな。
みると、どうやらしばらくは俺を見て呆けていたようだが、慌ててアンプルを震える手で飲み干しているようで、しばらくすると動けるようになっていた。
『貴様はどうする? あの者のように抵抗してくるか?』
「い……いや……」
『ならばそこで待機しておくのだな。俺はあの者を始末する』
不思議と、自分の声のように聞こえないのだが、これが自分の
ふむ、玉座に当たらなくて良かった。これを下手に壊すと問題だからな。
そんな事を考えつつ見ると、ディムが壁にめり込んで呻いていた。
「ぐぅっ……なんで……なんでオレが…………こんなところで死ぬわけには……!」
血を吐いているところからして、相当に内臓を傷つけたのだろう。
それでも諦めまいと、必死に藻掻いて抜け出そうとしていた。
『しぶとい男だ』
「なっ……! テメェ、テメェの所為で俺はこんな……! 何なんだよテメェ、マジで何なんだよぉ!」
近付く俺に気付いたようで、血を吐きながらも叫び、俺を睨み付けて来るディム。
だが、俺が一歩進むと、途端にその顔が歪む。
「ヒッ!? て、テメェ、俺をどうするつもりだ、あぁ!? 殺したらどうなるか分かってんだろうなぁ! 俺の後ろには大きな組織があるんだ、テメェらでは想像も出来ねぇような、そんな――」
そう喚き立てるディムの言葉は途中で途切れる。
それはそうだ、俺が奴の首を掴んでいるから。
「な、なんだよ……本気で俺を殺すのか!? どうなるか分かって――」
『黙れ』
騒ぎ立てるディムの言葉を遮り、俺は殺気を叩きつける。
その瞬間顔面蒼白になるディムに、俺は言葉を続けた。
『例え貴様の後ろ盾が如何ほどであろうと、俺に敵するならば容赦しない』
「なっ……!? わ、分かってんのか……そ、そうだ、もし俺に手出しをすれば、俺の仲間は今度こそあの少女を殺すぞ! それが分かって――」
今、なんと言った?
こいつの仲間が、エリーナを殺すだと?
「カ……ハァッ……!?」
俺はディムを床に投げ飛ばした。
相当な衝撃だったのだろう、床が陥没している。
同時にその衝撃で息が出来ず、かといって動く事も出来ないディムの胸元に、俺は足を置いた。
「……て……め……!」
『もし向かって来るならば――俺に敵対し、俺の愛する者に手を出すならば、容赦はしない』
明確に敵対し、害をもたらす存在に対して、俺は躊躇も慈悲も持ち合わせていない。
俺の、大切な者たちを傷つける存在を、俺は絶対に容赦しない。
そしてそれは、将来の話ではなく、今この時も同様。
『そして、貴様は……実際に俺の“大切な存在”に手を出した。だから――』
例え血に塗れようと。
例え敵が増えようと。
例え――この命が果てようと。
俺の「大切」に手を出したならば、必ずその報いを受けさせる。
だから――
『――貴様を 殺す』
俺はそう宣言し、逆手で柄を握り、剣を振り上げた。
「や……め……!」
「死」が確実に降り注ぐのを理解したディムは半泣きになっているようだ。
必死に身体を動かし首を振る。
俺はそれを見ながら、剣を振り下ろした。
『死ね』
「――おっと、そこまでだ」
おかしい。
剣に手応えがない。というより、剣が止められている、だと?
というより今、どこから声が聞こえた?
俺は不思議に思い視線を動かす。
「悪いが、この愚か者は私に処理させてくれ」
そんな声が俺の隣から発せられており、俺は驚きと共にその方向を見る。
するとその先で目にしたのはまず、染み1つない綺麗な手が俺の剣を
そしてもう1つ。
白い、輝くような袖が見える。裾が見える。
そして驚くほど美形で、驚くほど真っ白で、驚くほど澄んだ目をした――そんな男が俺の剣を止めているのが見えた。
* * *
「……誰だ? どこから侵入した?」
「うん? ああ、驚かせてしまったかな?」
俺の剣から手を離すと、俺の横にいた男はそう言った。
その声はまるで心に染み渡るかのような美しい声で、どこか懐かしさすら感じるものだった。
「……驚いたのは事実だ。だが、それより質問に答えてもらおうか」
「うーん……そうだね……簡単に言えばマジックアイテムなんだけど。あ、そう数はないから心配しなくていいよ」
「そうか……もう1つの質問の答えがないが」
マジックアイテムでこんな王城に侵入できるというのは、少し考えものだ。
というより、本来この王都を囲む城壁は古代のアーティファクトのはずなんだが……
「悪いが、君に説明するだけの時間はない。申し訳ないが、部下の回収だけはさせてくれ」
そんな事を考えていると、男はそう言いながら俺の側を離れ、先程アンプルを飲んでいたもう1人の無口な男に近付くと、何かを話している。
無口な男は立ち上がり、白い男と共にこちらに近付いてきた。
「……今回は申し訳なかった」
そう言って頭を下げてくる。
少し拍子抜けをしながらも、俺は【威圧】を掛けながら口を開く。
「……見逃すと思うか? なにせ貴様らはエリーナを連れ去ろうとしていたのだからな」
「……それは、申し訳ない。だが――」
「――『だが』、は駄目だよコーディ。実際、これは私たちの側の問題だ」
「ですが、彼女は――」
「――駄目だ、と私は言っているよ?」
「……はっ」
どうやら無口な男はコーディという名前のようだ。
白い男とコーディの話しぶりからして、白い男はどうやらコーディよりも上の人物のようである。
俺の足元でいつの間にか気を失っていたのは、下っ端ということか。
そんな事を考えていたら、白い男は俺に話しかけてきた。
「それで……君は、私たちをどうするつもりだい?」
「正当な法の手続きに則って、判断させてもらう。治外法権などは認めんぞ? ……まあ、少なくとも君らに攻撃の意思は感じられないのでな、手荒な真似はするつもりはないが」
俺がそう言うと、白い男はまじまじとこちらを見ながら、少し驚いた表情をした。
「ふむ、えらく変わったね……てっきり問答無用かと思ったんだけど。前任の【
何を言っているのだろうか。
大体、「前任者」という言葉すら初耳だ。
そう思っていると、白い男は首を横に振った。
「……悪いが、その提案には乗れない」
「ならば……是非もなし……!」
これまで以上の【威圧】と殺気を放ちながら、俺は剣を構える。
抵抗するならば、実力で捻じ伏せるまでだ。今の状態であれば――
そう思った俺に、白い男は溜息をつきながら視線を向けてきた。
「――それは賢明ではないよ。私には君と敵する理由はないし……それに、君のその状態は長くは保たない」
「なに……?」
俺がそう聞き返した瞬間、目の前の白い男が消えた。
と同時に、足元のディムが消え、白い男の脇に抱えられている。
「貴様……!」
「そう怖い顔をしないでくれ……この男は有益に使った上で処理するつもりだから。ちゃんとこうやって封じてさ」
そう言いながら、何かの魔道具をディムの首と手に取り付けていくコーディ。
それを見つつ、俺は口を開いた。
「……それを信用できると思うか?」
「そこは信じて欲しいが……すまないね、説明している時間は本当にないんだ。いずれ教えるよ」
「詭弁だ」
「いいや違う」
白い男の表情は変わらない。
絶対的な自信を持っており、自分の行動に対して、そして自分の言葉に覚悟を持っていることが分かる。
だが……それでも信用できるとは限らない。
「……」
――スチャッ……
俺は無言で剣を構えた。
「……こうなるのか。仕方がない」
俺が構えたのを見て、白い男はどこからともなく剣を取り出し構えた。
「……【亜空庫】持ちか」
「おや、知っているのか……君も
「……煙に巻くつもりか?」
「……真実なんだけどね」
そう言った白い男は、少し悲しげな目をしていた。
不可解に思いつつも、俺は踏み込む。
――キイィンッ!
「――くっ、相変わらず強いな!」
俺の振るう剣を受けて、ディムを手放して迎え撃ってくる白い男。
俺の一撃を受け止めながら、苦しそうな顔をしている。
「……神妙に縛につけば、苦しまなくてすむぞ?」
「悪いがそうはいかないのでね!」
そう言いつつ、機敏な動きで回避しながら防御をする男。
俺は剣を合わせながら感じていた。
(こいつ、強い……!)
今の俺の剣をどれだけの人が受け止められるだろう。
昨日までであれば、父ならば可能だっただろう。
だが、今の俺を受け止められる人物は……恐らく王国にはいないはず。
そう思いながらも剣を振るい、そしてどうしてもこの男に対して怒りや、憎しみが持てない事実を不思議に思っていた。
もちろんこの男は俺を攻撃してきたわけではなく、フィアやエリーナを傷つけたわけではない。
だが、ディムに止めを刺そうとした瞬間に止められたり、逃げられようとしている状況からして、少なくとも怒りなどを感じてもおかしくないはずなのだ。
(それに……こいつは防戦しかしていない)
最初の数合は俺に対してカウンターで攻撃をしてきているが、今は全くそれもない。
ただ、防戦し、俺の攻撃を捌いているだけだ。
(分からない)
さらに、俺から仕掛けている状況で、闘気も、殺気も何も発してこない。
まるで凪いだ水面のように。
風に揺られる柳のように。
ただ回避し、逸らしているだけ。
(時間稼ぎのつもりか!)
そうはさせないと、俺は1段階速度を上げた。
だが、それに一瞬驚いた表情をしただけで、これまでと変わず防御してくる男。
(追いついて来ているとは……!)
心の中に焦りが浮かぶ。
なんとなく理解してしまった。
恐らくこの男は俺より更なる高みにいるのだろう。
絶対的な強者としての自信、揺るぎなさが、この男の剣に、表情に表れている。
だが、たとえそうだとしても。
俺は、エリーナを狙い、フィアを傷つけ……王城に乗り込んできたディムを許すわけにはいかないのだ。それを見す見す取り逃がすというのは、許されざる事。
そう考えた瞬間に俺が纏った殺気を感じたのか、白い男は口を開いた。
「……もちろん、君の怒りはもっともだ。だからタダとは言わないよ。それに、その男は私たちと敵する組織の連中だ、それを確実に潰すために、この男を使うつもりなんだ。だから、引いて欲しい」
「……誰がっ!」
この男の声が、まるで聞き慣れた友人の声のように心に入り込んでくる。
思わずこの男の提案に頷いてしまいそうになる。
俺はその気持ちを振り払いながら声を上げる。
すると、白い男はさらに言葉を続けた。
「こう見えて私は……とある国のトップだ。だから間違いなく事が済めばこの男は処刑する……それは約束できる。だから、どうか回収させてくれないだろうか? それに……君はそんなにも苦しそうな表情をしている、だから、どうか頼む」
「……くっ!」
まるで懇願するかのように、俺を気遣うように。
その言葉がまたしても俺の心に入り込んでくる。
揺らぐ俺に気付いたのか、その隙を突かれて押し飛ばされる。
着地をしながら、再度床を蹴って飛び込もうとする俺だったが、男は既に剣を納めており、俺に右手の平を向けて制止のジェスチャーをしてきた。
「……すまないが、本当に時間だ。それに君のためでもある。過ぎた力は身を滅ぼすよ」
「なに……? くっ……!?」
男の言葉に聞き返そうとした瞬間。
頭の奥で「ズキッ!」と音が鳴った気がした。
「……頭がっ」
「……意外と長く保っていたが、やっぱりか。……忠告だよ、レオンハルト君」
「……忠告……だと?」
左手で頭を押さえ、頭痛を堪えながら、俺は聞き返した。
すると人差し指を立てながら、まるでどこかの教授のように男はこう答える。
「君のその力は……強大だ。だが、今の君の器では、それを収めることができない。使い続けては、器が壊れてしまう」
「……身を滅ぼす、ってことか……」
まるで、全ての情報が自分の味方となり、そして圧倒的な全能感すらもたらす、あの力。
この頭痛からして、確かに相当な負荷を掛けているのだろう。
男の言葉を聞きながら、俺は歯噛みした。
(くそっ……ここで賊を取り逃がすことになるとは!)
俺が頭痛に苛まれながらそう考えていると、さらに男からの言葉は続く。
「……あと、この馬鹿がどうやらスタンピードを起こして、魔物を大量に王都へ引き寄せているらしい。……今気付いたんだが、ちょっと私たちではそれを止める時間がない。まだ数日あると思うから、準備しておくといいよ。人間でも十分対抗できるはずだから」
「……なん……だと……!?」
魔物のスタンピード。
いわゆる集団暴走だが、王都とはいえどもし魔物が迫ってきたら大きな被害が出るだろう。
その前に迎撃の準備をしなければいけない。
どうにかしてそれを伝えなければならないと思いつつも、頭痛で思考が定まらなくなってきている。
「なぜ……貴様らの……尻拭いをしなければ……いけない!」
「……うん、それは悪いと思っているんだが。本当にごめん、としか言えないよ」
「き……さま……っ!」
俺は男を睨み付けるが、それをまるで柳に風とスルーする男。
その表情に、だんだん腹が立ってくるのだが、頭痛の所為でそれすらままならない。
「――あ、あと1つ……私は『貴様』じゃない、シルベスターだ」
「……だから……何だ!」
「折角だから、名前を呼んで欲しいんだけどね……」
誰が呼ぶか!
そう投げつけたくなるが、言葉は出ない。
「……ふんっ……次に会うときまで……お預けだ……!」
「ちぇっ……また会いに来ないといけない、ってことか」
俺が仕返しとばかりにそう言葉を振り絞ると、どことなく「やれやれ」とした表情で俺を見つめてくる。
だが、フッと頬笑むとこう告げてきた。
「――また、会おう…………友よ」
奴の隣には、コーディがディムを抱えたまま頭を下げている。
そして次の瞬間、彼らはその場から消えるのであった。
気の置けない友人のようにそう告げる奴のことを考え、次こそぶん殴ってやると誓う。
だが、そろそろ俺の身体が限界のようだ。
「……ぐっ!?」
これまで以上に凄まじい頭痛に苛まれ、俺は床に膝を付く。
駄目だ、立っていられない。
前世で頭痛と付き合ってきたが、今の頭痛はそのどれよりも激しく、凄まじいものだった。
「ぐ……ぐおぉおっ……!?」
脳を酷使したときの頭痛が何倍にもなって急激に押し寄せるような、そんな感覚。
俺はひたすら床を転げたい気持ちを抑えながら耐える。
と、そこへ近衛騎士を連れた叔父上たちと両親が入ってくるのが見えた。
「レオン! 無事か!? ……エリーナ!?」
「……お……じうえ……」
俺の側に駆け寄ってきた叔父上を見ながら、俺は視線でエリーナを示す。
それに気付いた叔父上は驚きながらも、周りに指示を出していく。
「この者を誰か知っているか!? 確認しろ! そしてエリーナを医者のところへ!」
そうだ、フィアの事を叔父上は知らないのだ。
俺は痛みを堪えながら叔父上に声を掛ける。
「叔父上……あの者は……」
「レオン、無理に喋るな! 医者を呼べ!」
「ノエ……リアを……」
俺の言葉は聞こえただろうか。
最早目も開けていられないほどの痛みに襲われ、俺はどうにかしてフィアについての情報を知らせようとする。
「フィア!? 何でここに……というか大丈夫!?」
「知っているのか、ノエリア!?」
「ええ、彼女は味方……特にレオンにとって大切な人よ……彼女も医者のところへ」
「分かった……誰か! この者を運べ! レオンの関係者だ!」
どうやらノエリアがいたらしい。
フィアに気付いたノエリアが「味方」だと言ってくれたので、これでどうにか大丈夫だろう。
父がそれに反応して動いてくれているようだ。
だが、まだだ。
「ちち……元……帥……っ!」
震える声で俺は叫び、どうにか立ち上がる。
すると父が近くに来たが、俺の様子を見て必死で止めてくる。
「レオン、これ以上無理をするな! 後は我らが――」
「賊が……スタンピードを起こしたそうです……この王都に向かって……魔物が……」
「なんだと!?」
「数日……猶予は……あっても……早く態勢を……」
「分かった! 分かったからお前は――」
父は内容を聞いているだろうか。
俺は必死で父の腕を掴み、倒れそうな身体を必死で奮い立たせて叫ぶ。
「命……令……だ元帥……! ……奴らに……王都の地面を……踏ませるな……!」
「ああ、ああ! 必ずそうする!」
父はしっかりと俺の腕を掴み、頷いている。
本当は父にこう言うのはどうかと思ったのだが……一応立場的に俺が上になった以上、許してもらおう。
父が俺の言葉を受け取ったと認識した瞬間、俺は床に崩れ落ち、倒れ伏す。
どことなく周囲の声を遠くに感じながら、頬に触れている床の冷たさを心地よく感じた。
これで……どうにか……終わった。
エリーナも……フィアも……無事に……
そう思った瞬間、俺は意識を手放した。
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