第11話:昇格試験②

「ふあぁ……眠い」

「そうは言ってものう……既に6時じゃ」

「……朝食でも食べるか」


 今日の試験依頼は7時から。

 この世界では6時から3時間毎に街の鐘が鳴らされる。最終は0時だ。


 フィアは鐘の音よりも早く起きていたらしい。

 封印されていたから寝る時間はその分短くなっているのだろうか。


「……ふーむ、宿舎のベッドは固くてかなわんな……」

「腰痛めたか?」

「今のところは問題ないが、これでは疲れが取れん気がするのう……」

「どうせ宿舎も引き払うからな。その時に考えよう」


 二人で話しつつ、下の食堂で朝食を摂る。

 ここの子供冒険者用の宿舎では、味は別としても栄養価の良い食事が出されるのだ。


「クラスが上がると、朝食も自腹じゃな……どこか良いところはないものか……」


 この都市に慣れてきたのだろう、フィアがそんな事を呟きつつ食事を口にする。


 食事を終えると、ちょうど良い時間となったため宿舎を出て正門に向かう。


「お、来たな」

「おはよう、イゾルデ。早いな」

「ああ、これは長年のクセだよ。基本15分前行動だからな」


 凄いな。

 15分前行動は流石に考えていなかった。

 基本的に5分前行動、今回は念のため10分前に到着するようにしたのに。


「あとは……」


 フィアがあと来ていないメンバーを探す。

 すると道の向こうから2人、こちらに駆けてくるのが見えた。


「早いねイゾルデ、それにレオニスくんとプエラリフィアさんも……」

「……ん、早い。流石」


 エミリオとクララの二人はどうやらパーティを組んでいるらしい。

 それに定期的にイゾルデが参加しているとのこと。


「俺のことはレオニスで良い。わざわざ『くん』付けは面倒だろう」

「そうじゃな。妾も『フィア』で良いぞ」

「はは……それじゃあお言葉に甘えて。レオニスとフィアさん、僕たちも呼び捨てで良いから」

「……オールオッケー」


 エミリオはフィアのことはやはり「さん」付けにするらしい。

 そしてクララはやはり無口であった。ちなみにジェスチャーが入るのが面白い。


「レジスはまだか?」


 あの癒やし系巨漢がいないぞ。

 そう思っていたら、俺の後ろから影が差した。


「なっ……」

「お待たせなんだよ~」

「こやつ、気配を消しておったぞ……」


 基本的に、俺もフィアも気配には敏感だ。

 少なからず生き物が持つ魔力を探知することが出来るからである。


 だが、俺もフィアもレジスの接近には気付かなかった。

 もちろん、殺気であったり敵対の意思があれば別だっただろうが……


「それで馬車はどこなんだよ~?」

「そろそろじゃろうな……ほれ、来たぞ」


 ちょうどそんな話をしていたタイミングでギルドの馬車がやってきた。

 御者席にはレナードが座っている。


「おはよう。それにしてもちゃんと揃っているな。冒険者はルーズなやつが多いから、少し遅れる可能性も考えていたが……何よりだ」

「おはようございます、レナードさん」

「俺はそんな上品な人間じゃないから呼び捨てで構わない。レオニスは特にこれからその辺りを変えていくと良いぞ」

「なら、そうさせてもらおう」


 レナードとそんな話をしつつ、皆で馬車の周りに集まる。


「さて、問題なく揃っているところで、これから出発するわけだが……今回はいわゆる仮パーティでの討伐だ。リーダーを決めなければいけない。誰かしたいやつはいるか?」


 そう尋ねられるも、誰も手を挙げない。

 流石にリーダーは面倒というか、積極的にしたいというやつは多分稀だろう。


「……ま、いないとは思っていたが。なら俺が決めるぞ。レオニス、お前が指揮を執れ。このパーティのリーダーだ」

「……俺か?」


 一番年下の俺がするというのはどういうことだろうか。

 そう思って見回すが、イゾルデは頷いているし、エミリオはホッとした表情をしている。

 クララは……無表情に親指立ててくんな。

 レジスは……アルカイックスマイルか? 仏顔だな。


 そしてフィア。ニヤニヤするのはやめろ。一瞬お前気配消したろ。


「……はぁ、分かった。なら俺がするぞ……といっても、レナードは御者をするのか?」

「いや、俺はあくまでここまで馬車を持ってくるために御者をしたが、ここからはあくまで随伴員扱いだ。俺が手出しはしないからな」

「了解。なら、まずこの中で御者をしたことがあるのは?」


 そう尋ねると、イゾルデ、レジス、そしてフィアが手を挙げた。


「……フィア、お前出来るのか?」

「うむ。これでも昔は結構馬に乗っておったんじゃ」

「ならいいか……じゃあ、イゾルデ、レジス、フィアの順で御者をする。1時間交代で良いか?」


 3人が頷く。


「じゃあ、残りの俺たちと、御者役が終わった一人を加えて、二人一組で見張りを交代する。一人が前、一人が後ろを見張れ。いいな?」

『『了解!』』

「よし、荷物を積んだら出発するぞ!」


 そう分担を決め、馬車に乗り込んで俺たちは出発した。


 * * *


「そろそろ夕方だ、野営の用意をするぞ。イゾルデ!」

「うむ、調べた限りでは、もう少しいったところに開けたところがある! 水場も近いらしいから野営に良いぞ!」

「分かった。聞こえたな? 数分といったところだ、警戒態勢を取れ。エミリオは到着と同時に索敵、イゾルデとレジスはかまど用の石を集めろ」


 俺は今御者台で警戒にあたっていたが、ちょうど夕方になり、日が沈む頃になったため野営の準備をするように指示をする。

 ちなみにイゾルデには前日に、地図からルートと野営地をチェックしてもらっていたのである。


 おかげで順調にここまで来ただけでなく、野営においても慌てることがなく済んだ。


 野営地に到着し、それぞれ準備を始める。

 俺は馬車から馬を外し、水場に連れて行くことにした。


「中々よくやっているじゃないか、レオニス」

「レナードか」

「しかし、年齢以上に慣れているな。何かリーダーでもしたことがあるのか?」

「どうだろうな。だが、色々な場所で様々な予想を立てつつ行動する、というのは小さい頃に叩き込まれたよ」

「ははっ……凄い家庭だな」


 そんな話をしながら馬の世話をする。

 水を飲ませるだけでなく、ブラッシングなどは馬にとって重要だ。


 数日とはいえ、世話になるわけなので、丁寧にブラッシングをしつつレナードと話す。

 それを終えてから、馬を皆の近くに引っ張っていき、近くで休ませておく。


「夕飯が出来たぞー」

「今行く!」


 フィアの声が聞こえてきたので、レナードと共にテントまで戻ると、既に夕食が準備されていた。

 簡単ではあるが温かいスープと、兎のローストが準備されている。あとはパンだ。


「へえ、誰か仕留めたのか?」

「うむ、エミリオがの。中々上手じゃったよ」

「凄いな。兎は結構すばしっこいだろ?」

「まあ、慣れてるしね……でも、オークとかじゃなくて良かったよ。流石にオークじゃ負けるし」


 オークというのはCクラスモンスターで、いわゆる二足歩行の豚である。

 種類が多いことや、他種族の雌や女性を狙って苗床にすること、肉が美味なことで有名な魔物。


 地味に強いこともあり、女性冒険者の最も嫌う魔物の1つだろう。


「あれ? レジスはどこに行った?」

「……警戒。エミリオが頑張ったから」

「一人でか? しまったな……分かった、俺が行く。先に食べていてくれ。食べ終わったら……フィア、レジスと交代してくれるか? ついでに俺の食事を持ってきてくれると嬉しい」

「む? それならアタシがいこうか?」

「いや、戦力的にイゾルデには残って欲しい。そうしないと、前衛がレジスになるだろ?」

「ああ、そうか……」


 俺とフィアが探知できる範囲は広い。

 だが、今回は試験のため、こういった部分もセオリー通りに動くべきだった。

 詳細な指示をしていなかったミスを思いながら、俺はレジスのところに向かう。


「レジス、悪いな」

「ん? ん~ん、大丈夫さ。おいらはこういう役目が多いからさ~」


 なんだろう。力が抜けてくる。


「ま、それでも警戒は二人一組がセオリーだからな。しばらくしたらフィアが来る。それまで待っていてくれ」

「大丈夫さ~」


 そんな癒やし系の巨漢であるレジス。

 しばらく話しながら警戒に当たった。


「おいらは、ヴェステンブリッグ生まれなのさ~」

「ほう。なら、ご両親は健在なのか?」

「うん~、教会で司教をしているよ~」


 教会。

 この世界には【セプティア聖教】という宗教がある。

 【七柱神】を崇める最大の宗教で、神によって世界が造られており、その子らとして人間が存在する、と教えている。


 基本的に生まれて数年したときに行われる【洗礼】は、必ず教会で行われるので、どの国でも都市でも、街でも村でも、教会は存在する。


 ちなみに、【神官】として教会に入り、修行を行うと【ヒール】などの治療系魔法を覚えることが出来るようになるらしい。理屈はさっぱりであるが。


「おいらも【神官】として修行したから【ヒーラー】ができるのさ~」

「そのまま教会に残らなかったのか?」

「父上が『見聞を広め、多くを救え』って出されたんだよ~。まあ、一族皆経験するんだけどね~」

「……なるほど」


 つまり、【神官】としての基礎修行を終えたから次は実地訓練というわけか。

 確か、教会には【神殿騎士団】という、アンデッドなどを専門とした戦力があった気がする。


「いずれは冒険者を辞めて、【セプティア聖教国】の【神殿騎士団】に入るよ~」


 つまり彼は家を継ぐことはないわけだ。

 だから実力をつけて、【神殿騎士団】への道を選ぶつもりなのだろう。


「家はどうするんだ?」

「弟がいるから、弟が継ぐよ~? おいら、教会の細々は苦手だから~」


 そっちかよ。

 どうやら弟の方がそういうのは得意らしい。逆に細身で、冒険者は出来ないだろうというのが兄の評価だった。


「で、おいらばかり話してたけど~、レオニスくんは? 出身どこなんだい?」

「俺か……」


 あまり出身とか、詳しいことを話すと面倒になりそうなのでかいつまんで話すか。

 そう思っていたら……


「レジスよ、交代じゃ……む? お話中だったかの?」

「いや~、大丈夫だよ~。じゃあ、また機会があったら~」


 そう言ってレジスは立ち上がると、テントの方に戻っていった。


「むう……邪魔したかのう?」

「いや、助かったよ」

「そうなのかえ?」


 俺はフィアに、レジスと何を話していたか伝えた。

 それでフィアは分かってくれたようだ。


「ああ、そりゃ面倒じゃの。しかし、【セプティア聖教】とは初めて聞くのう」

「旧世界にはなかったのか?」

「うむ。もちろん色々な宗教があったがの、【セプティア聖教】というのは間違いなく無かった」

「……なら、この時代になってから、というわけか」

「そうじゃのう。ちなみにどんな宗教なんじゃ?」


 フィアが興味を示してきたので、俺はセプティア聖教の信条を説明した。


『この世界は7人の神によって造られ、人はその子らである。

 神々はそれぞれ、【世界】【生命】【天地】【魔法】【商業】【武芸】【芸術】を司っている。


 神代にて、混沌にて争いの絶えぬ世界より、7人の神は新世界を創った。

 しかし、敵する神がそれを破壊しようと企んだ。

 故に神々はその神を封印し、子らである人間に【魔法】を授け、力を与えた。

 自然と共に、健やかに育ち、生きるように。

 しかし、自然を超えた力を使わぬよう、神は命じられた』


「……だったかな。最近は教会と絡んでいないから結構忘れているな」

「ふーむ……なんじゃろうなその宗教。しかし、聞き覚えはどこかあるのが……」


 何か引っかかるのか、フィアはしばらく首をひねっていたが、思い出せないと思ったのか「やめじゃ」と話を変えた。


「さ、この調子なら明日の昼には到着できるかのう」

「だろうな。早めに交代で休むぞ」

「うむ」


 そうして、俺たちは夜警をしながら休みを取り、次の日の昼には盗賊のアジトと思われる場所に到着したのだった。


 * * *


「間違いないよ、あの洞窟だ」


 翌日。ちょうど昼の2時頃。

 昼食を終え、今回の依頼である盗賊討伐のため、アジトと思わしき場所の確認を始めた俺たち。


 この辺りには何個か洞窟があるため、一つずつ調べたのだが、そのうちの最も大きな洞窟がアジトだったようだ。


「今は特に多くは無さそうだけど、見張りが3人立ってた」

「少ないな、出かけているのか?」

「多分な。一網打尽にするのであれば……」


 そうやって皆で話し合う。


「やっぱり夜襲がいいだろうさ~」

「レジスはそう思うか」

「……夜、魔物多い。昼推奨」

「クララは昼……」


 確かに夜は魔物が活発になるため、下手すると盗賊より前に魔物に襲われる可能性がある。

 だが、同じ心理から、盗賊がアジトに戻るのは夜前とも考えられる。


「どうするのじゃ? ここはリーダーが決めんと、進まんぞ?」

「心配するな……俺は夜襲が望ましいと考えている。理由としては……」


 今回夜襲を決めた理由。

 この森において、魔物の種類がそこまで高クラスではないということ。

 盗賊を完全に討伐する必要性。

 奇襲のメリット。


 もちろん考えられる可能性として、魔物の種類は絶対ではないこと。

 抜け道があると討伐しきれない可能性があること。そして、暗闇に紛れられて逃亡される可能性。

 それも合わせて説明しておく。


 それらを伝えることにより、皆の理解を得なければならない。


「そうですね……今回は夜襲の方が良いかもしれません。相手の人数もありますし」

「……ん。魔法なら逃がさない」

「奇襲が成功すれば、相手は立て直すのに時間が掛かるからな。連携を取られなければ問題ないだろ」

「おいらはみんなを守るさ~」


 皆の賛同を受け、俺はフィアを見る。


「妾の答えは簡単じゃ。レオニス、お主の背は妾に任せよ」 


 不敵な笑みを浮かべ、フィアがそう告げる。

 よし、これなら問題ない。


「では、夜襲に決定だ」

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