第10話:昇格試験①
「毎日ギルドに顔を出してる気がするな……」
「仕事じゃろ? そういうものじゃ」
俺とフィアはいつも通り冒険者ギルドへの道を歩いていた。
時刻としては、まだ6時半頃。
だが、人々は既に活動を始めている。
軒先に野菜を並べる八百屋を筆頭に、様々な店が立ち並ぶアーケードを横目で見ながら、メインストリートを歩く。
既に見慣れた街並みなのだが、フィアにとってはそれが楽しいらしく、色々なものを見て目を輝かせていた。
「……しかし、まさか本当にDクラスに上がるとはな……」
「意外なのかえ?」
「一応13歳までは上がれないんだよ。多分特例扱いなんだろうな……」
本音、普通では考えられない話ではあるのだが……
それでも、ギルドの決定である以上逆らうつもりはないし、クラスが上がるのは良いことだ。
そんなわけで、今日は例の「盗賊討伐」を受けるのである。
この依頼は、俺たち以外にもメンバーがおり、そのメンバーで討伐にあたるのだ。
念のため何か情報が無いか確認しておくか……
そう思いながら、近くの八百屋に顔を出す。
「おはようございます」
「あら、おはよう。久しぶりだね~、元気だった?」
「ええ、なんとか。最近どうです?」
どの世界でも、主婦のネットワークというのは洒落にならないくらいの情報が転がっていたりする。
もちろんデマも多いのだが、それでも街の人がどんなことを考え、気にしているかの指標にはなる。
「そうねぇ、基本的にはいつも通りだけど……ああ、そういえば、あの服屋さんの娘さん――」
しばらく話を聞く。
最初は近所の人たちの話だったが、しばらくすると外の話に変わり出す。
「――最近、街道の近くでオークを見かけたとか! 怖いわよね~。でも、ギルドの人たちが良く行き来しているって聞くから、実際にはそうでもないのかしらね……そうそう! 最近盗賊がいるとか! バカよね~、そんな事しても見つかったら討伐でしょ? 犯罪奴隷になることもあるらしいけど、どのみちお先真っ暗よね、普通に働けば良いのに……」
やはり最近盗賊が出ているのか?
しかし、しばらく聞いてもこれといった話は出て来なかった。
「――あらごめんなさい! 私ったら話し込んじゃって!」
「いえ、色々聞けて楽しかったです。これ、何個かもらえますか?」
「ええ、ええ! 美味しいのを選んであげるわ! はい、これで20ディナルよ!」
「ありがとうございます。また来ますね」
手に入れた青リンゴを口にしながら、八百屋から出る。
ちなみに【ディナル】というのはこの世界の通貨の単位だ。
1ディナルでおおよそ10円程度の価値だろうか。
種類としては、
・1ディナル銅貨
・10ディナル銅板
・100ディナル銀貨
・1000ディナル銀板
が、庶民が基本的に使うもので、さらに上に
・1万ディナル金貨
・100万ディナル白金貨
・1億ディナル王金貨
・100億ディナル光金貨
とあるのだが、精々使われるのが白金貨までで、王金貨や聖金貨は、最早手形のような扱いである。
というか、国家予算レベルなので一般人が持つものではない。
ちなみに単位じゃなくて貨幣の種類で「銅貨3枚」とか、「銀板2枚」と呼ぶこともある。
説明は以上。
そのようなわけで俺は買い物をしていたのだが、近くでその様子を見ていたフィアが口を開いた。
「……なるほどの。ああやって情報集めをするのか」
「いや、あくまで話を聞くだけさ。俺はアップルを欲しかっただけ」
「……そういうことじゃな」
「1個どうだ?」
「うむ、いただこう」
そのまま二人でアップルに齧り付きつつ、しばらく歩くとギルドへ到着したのだった。
* * *
「レオニスくん! これ受けるんですか!?」
「ああ、そのために来たんだが……」
ギルドに入って、手続きをしようとしたところキャシーが突然こう言いだしたのである。
「そんなダメですよぅ! 危なすぎますから! だって、『討伐』じゃないですか!」
「もちろん」
「それに、そんなのはもっと後で経験すれば良いんですっ! 今は純粋なままで良いんです!」
なんだろう。
この、なんというか、オカンキャラ。
まるで息子を心配する……というか、映画のキスシーンを子供に見せまいとするような雰囲気……
「……レオニス。お主、純粋なのかえ?」
「……ともすると、人によっては、稀ながらにそう思われるかもしれない……そんな可能性は否定できないかもしれない」
「色々酷いのう……」
そんなアホなことを話している間にも彼女はヒートしている。
「やっぱりこんなのおかしすぎます! 断固受理しませんからね!」
「……いや、これギルドマスターからの依頼でもあるんだが……というかあんた業務……」
どうしたものかと隣の受付嬢を見たが、すぐに目を逸らされた。
後ろを振り返って他の冒険者に助けを求める。
……逸らされた。
誰か、俺を助けてくれないだろうか。
……と思っていたら。
「キャシー、貴方は何をしているんですか? 業務は?」
「……ギ、ギルマス?」
まるで油切れの機械のように、ギギギギ……という効果音が付きそうな感じで首を後ろに向けるキャシー。
後ろに立っていたのは、ギルドマスターだった。
「さて……私が出した依頼に対して、それを受けに来た冒険者を妨害するだけでなく、業務に支障が出ている……これはどうすべきですかね……」
「え、えーっとぉ……私はあくまでレオニスくんが心配で……」
「はぁ……彼は、いえ彼らはセドリックと1対1で戦えるような実力を持っています。そんな二人が心配されるようなレベルな訳ないでしょう……」
セドリック?
あ、もしかして昨日の担当か?
ギルドマスターがそう言うということは、かなりの実力者だったんだろうか。フィアに瞬殺されていたが。
結局、なんだかんだキャシーが言っていたが、無事依頼票は受理された。
* * *
「では、Dクラスの『盗賊討伐依頼』を受けた方は、こちらの会議室に集まってください」
受付後、「人数が集まるまでお待ちください」と言われた俺たちだったが、数分すると皆が会議室に呼ばれた。
そこは会議室ということもあって、囲む形でテーブルと椅子が置かれた部屋だった。
入って席に着いていると、少しして4人が入ってきた。
一人は恐らくシーフで、短剣を腰に差した少年。
二人目は女性で、杖を持っている事から魔法使いだろう。
さらに、体格の良い男性が入ってきたが、服装と雰囲気からするに恐らくヒーラー……【神官】だろう。
最後が、大剣を背負った背の高い女性。重戦士といったところか。
(かなりバランスの良いパーティになるな……)
そんな事を考えつつ見ていたところ、戦士の女性が話しかけてきた。
「おや、あんたが『生還者』のレオニスかい? どんなやつかと思ったが、まだ子供じゃないか」
「ま、子供なのは否定しないがな……それにしても『生還者』ってなんだ?」
なんだ『生還者』って。
「自分の事なのに知らないのかい? 仕方ないね、教えてやるよ、あんた2週間もダンジョンに閉じ込められてたらしいじゃないか。普通そんな状態なら死んでるよ? だから『生還者』なのさ」
「……ああ、なるほど」
「しっかし……本当にキラーウルフを倒したのかい? ギルドで女の子が騒いでたが……」
しばらくその女性とダンジョンでのことを話したり、その間のパーティメンバーの話を聞く。
どうも、彼女が言っていた「女の子」というのはリナと呼ばれていた少女のことらしい。
確かにあの子は俺がキラーウルフを倒すところまで見ていたな。
そして、俺が落ちるところも見ていた……
それで俺がトラップに落ちたことも、キラーウルフを倒したことも伝わっていたわけだ。
そんな話をして時間を潰していたら、ギルド職員が入ってきた。
「よし、皆集まっているな。俺の名前はレナード。ギルドでは戦闘教官……特にシーフ技術の教官をしているが、今回は試験監督をすることとなった。お前たちの働きを見て、Dクラスにふさわしいか判断させてもらう」
入ってきたのは30代前半の、長身の職員だった。
どうやらこの人が、今回俺たちに同行する試験監督のようだ。
「今回の内容だが、『盗賊討伐』だ。知っての通り、この試験は捕縛ではなく討伐……相手を殺すことが求められる。その覚悟がある者だけが残れ」
「そんなの、既に済ませてるさね」
試験監督がそう言ったことに対し、さっきの女戦士が口を開く。
それに対して、試験監督は特に咎めもせず話す。
「お前はそうでも、他のメンバーがどうかは別だ……離脱を申し出るものは、いないな」
全員頷く。
「よし。では詳細を説明する。まず――」
説明されるのは、盗賊のアジトと思われる場所、そこまでの距離と時間である。
その後は質問タイムとなり、それぞれが質問を行って情報を得る。
「予想される人数は?」
「詳細は不明だが、恐らく30人以上だ」
「陣容や
「不明。ただ、頭については元冒険者の可能性があるとのこと」
俺やフィアも質問をしつつ情報を得る。
「ちなみに報酬は?」
「ふむ。報酬は、試験なので基本が銀板2枚。合わせて、アジトにある宝物等はお前たちで分配するように」
「お主はサポートするのか?」
「いや、私はあくまで道案内と監督だけ。サポートは行わない」
「移動手段は?」
「こちらで準備する。だが、食糧、回復薬など必要なものは自分で準備すること」
なるほど。本当に移動手段だけはギルドが出すが、それ以外はすべて通常の依頼通りということだな。
しばらく質問を行い、聞ける事柄をすべて聞き終えたので、レナードがまとめる。
「――質問は以上だな。ではお前たちの自己紹介をしてもらう。まずはお前からだ」
そう言うと、近くに座っていたシーフの少年に目を向ける。
「え、ぼくですか? ……えー、エミリオ・アレッシです。シーフなので罠とか、トラップ探索が得意です。武器は弓と短剣……ですね。よろしくです」
「……クララ・ディエス、魔法使い……風属性……よろしく」
「おいらはレジス・ガストン・ワロキエ―ル。神官だよ。メイスとシールドを使うよ」
「アタシはイゾルデ・ハイムゼート、戦士だ! 武器はこの大剣一本さ!」
なんだろう、この個性派メンバー。
ショタ、無口クール、癒やし系巨漢、女戦士……
年齢的には10代半ばから後半だろう。
「レオニス・ペンドラゴンです。剣士ですが、魔法も一部使います。投擲武器も使いますので、よろしくお願いします」
「プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ。魔法と弓を使う。今回は弓をメインで使うつもりじゃ」
こちらも自己紹介をしていく。
どうも知られているらしく、自己紹介をしたら好奇の目を向けられているな。
「今回はこの6人だな。では、また明日、午前7時に正門前に集合とする。準備の元、参加するように。以上だ」
試験官の一言で解散となる。
俺たちも必要なものを準備しておかなくては。
そう思い、フィアと外に出ようとしたところ……
「なあレオニス。一緒に買い出しに行かないか?」
「イゾルデさん……俺は構いませんが、忙しいのでは?」
なぜわざわざ声をかけてきたのだろう。
最初、それなりに絡んできていた気がするのだが。
「いや……なんていうか、こういうの慣れてないだろ?」
「……否定はしませんが」
「それにな……さっきの会議の時、確認点とかしっかりしていたし……その、なんだ……絡んで悪かった」
「ああ……」
中々素直な人のようだ。
少し、謝るタイミングのために、買い物とかの手伝いを申し出るという遠回しなところはあれだが。
「気にしてませんよ、子供なのは事実ですから。では、よろしくお願いします。フィアも一緒ですがいいですか?」
「もちろん。それと、アタシのことはイゾルデでいいさ、固っ苦しいのは苦手なんでね」
「ふむ……分かった、イゾルデ」
そのようなわけで女戦士のイゾルデに誘われたため、3人で買い物に行くこととなった。
* * *
「この道具屋は良心的だ! オヤジ、いるか!」
「イゾルデ、少しは声を落とせ……」
最初に向かったのは道具屋。
ここでは基本的に回復薬や携帯食料などの販売を行っている。
「へえ、この回復薬は安いな」
「これは魔力回復薬……品質もいいのう」
色々見回ってみると、ここに置いてあるものはかなり良いものだということが分かる。
しかもお値段が良心的。
その代わり、ここまで来るのが少し大変だった。
大通りではなく、入り組んだ路地の先にある道具屋で、知る人ぞ知る、というようなところのようだ。
「……しかし、良く続けられるな」
「そりゃ、ご贔屓さんが多いもんでね。それに大通りなんて騒がしくていけねぇや」
俺の呟きを聞かれていたらしい。
気付いたら横に熊のような雰囲気の男性が立っていた。
「なるほど……それなら納得ですね」
「よせよせ、そんな丁寧な言葉は寒気がすらあ。俺はディルク。こんな形だが錬金術師だ」
「レオニスだ。剣士をしている」「プエラリフィアじゃ」
お互い自己紹介を済ませると、ディルクが肩を叩いてきた。
「いいなお前さん、しっかり鍛えてやがる。腕も相当だろうよ」
「どうかな……」
「ははっ、謙遜すんな。強いやつは強いんだから」
そう言うディルクだが、逆にそれが分かるという時点でこの人も相当な実力者だな。
もしかしたら、元々冒険者だったのかも知れない。
イゾルデは向こうの棚で煙幕や携帯食料を見ている。
他にも色々な道具があり、ふとキャンプ専門店って楽しかったな……なんてことを思い出していた。
「……これと、これ。あと、これか……」
「何を買っているんだ、イゾルデ?」
少し気になった俺はイゾルデに声をかけた。
「ああ、相手が多ければ煙幕で分断して、戦うというのも手だからな……こんなのを買っているぞ」
「煙幕と、それは……ああ、催涙系の」
「ああ。これは【催涙玉】といってな、これを食らうと咳と鼻水が止まらなくなるからな!」
やたら実感がこもった言葉だな。
誰かから食らったことでもあるのだろうか。
「しかし、煙幕も【催涙玉】も、洞窟だと仲間に影響しないか?」
「そこは使いどころだが、クララがいるからな!」
「……ああ、あの無口な。彼女は風属性だったな」
「ああ、だから影響がありそうなら吹き飛ばしてもらうさ!」
他力本願だが良いのだろうか。
とはいえ、突っ込んでも良いことはなさそうなので俺はスルーすることにした。
* * *
「しかし、あの店は良かったな。イゾルデ、助かったよ」
「どういたしまして! つっても、アタシも紹介してもらった口だからな。少しでもあのオヤジさんの客が増えたら良いだろ?」
「確かにな」
そんなことを話しつつ帰路に着く。
しばらくいくと、宿舎が近くなったので別れることにした。
「それじゃイゾルデ、また明日」
「ああ、レオニスも、プエラリフィアさんもよろしくな!」
なぜフィアは「さん」付けなんだろうな。
だが確かに風格というか、雰囲気が明らかに違うし、野生の勘というやつだろうか。
「……ふむ。悪くない娘じゃったが、明らかに脳筋じゃな」
「それは……」
「否定せんところがお主の心の内を示しておるの」
それは言わぬが花ではなかろうか。
「しかしわざわざ俺に近付いてくるとはな……」
「脳筋じゃからじゃろ。なんとなく野生の勘が働いたんじゃないのかえ?」
「……かもな」
実際、今回のメンバーの中で最高戦力となるのは恐らくフィアと俺だ。
特に模擬戦とかもしてはいないが、もしかしたらそういうのを嗅ぎ取ったのかもしれない。
「さ、妾たちも食事をして、さっさと寝るかの」
「そうだな……武器の手入れをして、その上で寝ようか」
まだ夜というわけではなかったが、明日が早いため早く休むことにする。
宿舎の食堂で食事をしてから装備の点検と手入れを行う事にした。
「とはいえ、妾たちの装備は【アーティファクト】じゃから、汚れる心配も無いし、切れ味不足もないがの。唯一、レオニスの剣くらいか?」
研究所を出る際に装備した新たな武器。
俺の
そのため、この2つについては手入れが必要ない。
「といっても、俺の剣もミスリル製だからな……少し汚れを落とせば終わりだ」
俺の剣は、実はオールミスリルの稀少な剣で、これも普段魔力を循環させて使用するため切れ味が落ちることはまず無く、血糊など汚れを取るくらいで終わってしまうのだ。
「特に問題は無く、明日を迎えられそうじゃの」
「ああ」
現在俺とフィアは同じ部屋に泊まっている。
もちろん昇格後はここを使うわけにはいかないので、恐らく宿屋住まいだが。
その時は別の部屋になるだろう。
寝間着に着替え、ベッドに入るとフィアも同様に寝間着で入ってくる。
「おい、今日は俺がベッドだろ?」
「うるさいのじゃ。弟子は師匠のために抱き枕になれっ!」
「むぐっ」
そのようなわけで、俺はフィアに絡まれたまま意識を落とすのであった。
……俺、ちゃんと寝てるんだよな? 気絶じゃないよな?
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