第9話:チンピラとテンプレと、そしてテンプレ

「てめぇ……何様のつもりだ? あぁん?」


 現在俺は、いかにもチンピラらしき冒険者連中に絡まれている。

 正面には最初に声をかけてきた男、周りは他の4人が囲んできている。


「『何様』というと、何かあなた方にしたと?」

「誰が口答えして良いって言ったよ。てめぇ、キャシーさんに気に入られやがって……」


 なんだ、ただの僻みか。

 だが、はっきり言ってどうでも良い。

 彼女は友好的だが、別に好みだとか、好きだというわけではないのだから。


「別に気に入って欲しいといった覚えはないんですがね……それに俺のパートナーは彼女です。はっきり言って関係ないとしか言えないですね」

「な、て、てめぇ!! キャシーさんを『どうでも良い』って言うのか!?」

「『関係ない』というのが本音です。あくまであの人は受付嬢。俺は冒険者。それだけです」

「なっ……!」


 俺のあまりの言い方に、彼らは言葉を失ったようだ。

 愕然とした顔でこちらを見ている。


「……いいからどいてもらえますか。食事に行きますので」

「……いや、やっぱ我慢ならねぇ! テメエら、やっちまえ!」


 そう言い、俺に向かって殴りかかって来ようとする。

 だが、彼らは忘れていないだろうか。子供冒険者に暴力を振るうということの結果を。


 それをすると、下手をすれば冒険者ライセンスの剥奪だけじゃなくて、鉱山送りの可能性があるような重罪扱いなんだが……


 そう思った俺は、念のため全員に向けて【威圧】を放った。

 魔力循環によって発動させることのできる【威圧】。護国流剣術の基礎の一つで、自分より格下であれば戦意を失わせたり、気絶させることの出来る技。


 これに新しく習得した【整流レクティファイア】が絡むと、大変効率良く、そしてピンポイントで【威圧】を賭けることが出来るようになった。


 そのため……


「う、うわああぁぁあ!」

「い、いやだ……殺さないで……!」

「ま、ママ……どこ? ぼくはここだよ? い、いやだあああ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 阿鼻叫喚。

 なんか精神壊れ気味のもいるし。


「……な……あ……」

「ほう、お前はどうにか尻餅程度で済んだんだな」

「ひいっ!?」


 俺に元々絡んできた冒険者だけは尻餅をついて震える程度で済んでいるようだ。

 少し話をしようと【威圧】を止めてそちらを振り返ったのだが、大変怯えられてしまったようである。


「傷つくな……あのな、俺は子供冒険者だ……見た目は別としても、な。俺を襲ったことが知られたら、冒険者でいられなくなるぞ? 下手すれば鉱山行きだ」

「あっ……嘘だろ……」

「嘘じゃない、というか今頃気付いたのか……とにかく今日はなにも言わないから、とっとと俺の前から消えろ。邪魔だ」

「は、はいいいぃぃ!!」


 そう凄むと、一目散といった感じで逃げて行ってしまった。

 それを横で見ていたフィアが一言。


「……お主はワイバーンでも【威圧】する気かえ?」

「え? そんなレベルだったか?」

「……無意識は良くないのう」


 * * *


 次の日。

 俺とフィアはギルドマスターに言われたように冒険者ギルドに向かっていた。


 ギルドに入ると、ゲッツたちと挨拶をしつつ、カウンターに向かう。

 今日はキャシーではなく、他の受付嬢だった。


「レオニスさんですね、お話は聞いています。ギルドの訓練場で行いますから、しばらくお待ちください」

「わかりました」


 どうやら試験は訓練場で行うらしい。

 訓練場というのはその名の通り、ギルドに併設された運動場のようなもの。

 訓練用の武器だけでなく、的や案山子など色々置いてある。


 さらに、子供冒険者であれば定期的にそこで訓練を受けるのである。

 広さとしてはかなり広いので、普段から色々な冒険者がそこで鍛錬しているのだ。


「レオニス、どうじゃった?」

「訓練場でするらしい。呼びに来るらしいからしばらく待っていよう」


 そう決めて、二人で依頼票などを見ていく。

 依頼票はクラスごとで分けられているため分かりやすい。


 一般の冒険者であれば、自分のクラスの一つ上のクラスまで受注が可能。

 下のクラスを受注しても良いが、基本的に依頼が少ないので持って行っても受領されない場合がある。


 そういえば、もしDクラスに上がると俺は子供冒険者とはいえなくなるのでは?

 子供冒険者で上がれるのはEクラスまで、Dクラスからは一般だ。

 そうなると、今の宿舎も使えなくなるような……


「どうしたのじゃ、頭抱えて」

「え? ああ、いや……」


 俺はフィアに説明した。

 クラスが上がるということは立場が変わり、一般冒険者扱いになる可能性があること。

 今日の宿舎から移動しなければならない可能性があること。


 だから、今後の予定を色々考えなければいけない……という点を話す。


「なるほどのう……まあ、住まいはどうにかなるじゃろ」

「……ああ、あそこを使うのか」

「うむ。元手となるものが無い限り、やむを得まい」

「そうだな……そうするか」


 確かに研究所まで俺とフィアは簡単にできる。

 専用の魔法陣を刻んだアルカナを持っているため、それを使えば良いのだ。

 ただし、出てくるときはダンジョンの中だが。


「これ、出る場所を変更したいよな……いつもダンジョンから出てきたら怪しまれる」

「それもそうじゃが……安定した場所なぞ普通無いからのう……」


 確かにな。

 魔法陣は形が変化してしまっては終わり。

 もちろん多少の変化は問題が無いように作ってはいても、それでも絶対ではない。

 その点、ダンジョンは発生した層は以後も変化しないからな。


「ま、そこは追々考えるか……」

「そうじゃな……」


 そういう話をしていたらちょうど担当者が俺たちを呼びに来た。


「さて、今日は戦闘試験ということを聞いているが……レオニスとプエラリフィアで合っているか?」

「大丈夫です」「うむ、問題ない」


 二人で頷くと、「じゃあ、こっちだ」と担当が歩き出した。

 そのまま訓練場に入ると、朝から多くの冒険者が訓練しているのが見える。


 二人で剣の鍛錬をしたり、格闘の練習をしたり。

 弓でいくつもの的に速射する練習をしたり。

 珍しいところでは、魔法使いが【ファイアボール】を練習したりしている。


 その訓練場の中央付近。

 そこで担当が止まり、振り返った。


「さて、今から行うのは二人の戦闘力を見せてもらうための試験だ。近接戦闘術を持っていればそれを見せて欲しい。出来れば得意なものが良いな。ちなみに、レオニスは剣術だ。お前は剣士登録だからな」

「なるほど、既に最初の時に剣士で受けているから、ですか」

「ああ。プエラリフィアは……弓術士か。近接は何か出来るか?」

「そうじゃな……細剣なら使えるぞ」

「ではそれで。試験方法は俺との1対1だ。いいな?」

「分かった」

「武器はそこの模擬戦用から選んでくれ。5分後始めるぞ」


 担当の言葉を聞いて、俺たちは模擬戦用の武器を選び始めた。

 握りや重さ、重心を考えながら使いやすいものを選ぶ。


「……これだな」


 俺は少し細身の剣を手に取り、振る。

 愛剣とは比べるまでもないが、それなりにしっくりくるので相性は悪くないだろう。


 フィアも選び終わったのか、こちらに歩いてきた。


「どうじゃ?」

「ま、そこそこかな」

「適度な力でやらんとのう」

「担当をコテンパンにするなよ?」

「お主も【威圧】なんぞ使ってはならんぞ」


 そんな話をしながら中央の担当者のところに戻る。


「選び終わったか。準備運動とかはしなくて良いのか?」

「常在戦場を心するならば、準備は不要じゃ」


 あ、格好いいこと言われた。

 俺も似たようなことをいうつもりだったのだが、先を越されてしまった。


 フィアがこっちを向いて、少しドヤ顔をして来た。

 うん、ドヤってもいいけど、それ厨二病の始まり……


 そんな事を考えたら、フィアがまたもやチベスナ顔になった。


「なら、いいな。始めるぞ!」


 そう担当が叫んだ。

 中々の大声だったため、周囲の連中がこちらを見ている。

 担当は大剣使いか。刃は付いていないが、かなりの重量があるだろう。


『おい、あれって……』『ああ、昨日来てた……』『か、可憐だ……』『プエラさん……はぁはぁ』

『あいつはレオニスじゃ……』『生きてたのか……』『あの野郎、いつの間にあんな美人と……』『ギリギリギリ……』


 おい、なんか危ないヤツがいるぞ。

 今度合ったら【威圧】してやる。


 そして今思ったが、予想以上に俺が行方不明だったことって知られているのね。


「まずはレオニス! お前からだ!」

「了解です」

「いいか、無理と思ったらちゃんと言うんだ! いくぞ!」


 そう担当が叫ぶと共に、俺に向かって剣を振り上げ、斬りかかる。

 流石にそのまま受けては怪我をしてしまうので、相手の大剣の腹を左手で叩き、その反動で回転しつつ剣を振るって首を狙う。


 お、避けられた。

 確かに回転からの斬りつけなので距離が伸びない。簡単に首を反らされて避けられたようだ。


 俺の剣は空を切るが、既に右に戻る段階では威力は落ちている。

 そこから少し跳躍すると同時に、今度は突きを放つ。

 跳躍で上ではなく、前に飛ぶため、先程よりも伸びたリーチとなるのだ。


 それに対し、担当も大剣を立て、俺の剣を逸らす。

 俺は右に逸らされたため、身体がオープンになってしまう。


 そこから押し込むようにして、大剣の腹で俺に向け、突き飛ばそうとしてくる。


 軽く跳躍して、同じく剣の腹を当てて防御し、飛ばされつつ体勢を立て直す。


 俺は剣を逆手に持ち直し、駆けながら途中で体勢を下げ、横薙ぎにされる大剣の下をくぐり抜けつつ斬りかかる。

 と、その瞬間。


「待った! ここまでで良い! 十分だ、合格!」


 担当がそう告げ、剣を下ろした。

 どうやら合格したらしい。


「ありがとうございました」


 そう告げ、礼をして下がる。

 すると、担当から声をかけられた。


「お、お前凄いな……俺がこんなに息を切らしているのに、平気なのか?」

「ええ、特に問題ないですね」

「……ははっ、そうか。はぁ……はぁ……俺はかなり疲れたぞ」

「大剣だからじゃないですか? 俺は片手剣ですし」

「……かもな。でも、これじゃちょっとプエラリフィアの相手は厳しいな。少し待っていてくれ」


 大丈夫だろうか。

 かなり息も絶え絶え見たいな雰囲気だったが。


「彼奴はどうしたのじゃ?」

「いや、なんか疲れたらしい。フィアの相手は厳しいから待っておけってさ」

「ふむ……大剣は重いからのう」


 そんな事を話ながら、俺たちは担当が戻ってくるのを待つのであった。



 …………



 さて、結果がどうなったかというと。


「……参った。降参だ」


 開始10秒程度で喉元に細剣を突きつけられて終了。

 フィアも俺も、共にDクラスに昇格することになったのである。


「えらく早かったがどうしたんだ?」

「……邪念を感じての。妾を甘く見たツケじゃ」


 あの担当、何か地雷踏んだか?



 * * *


 ――セドリック――


 俺は冒険者ギルド職員のセドリック。

 武術師範として働いており、元はAクラス冒険者だ。


 元々は王国騎士団で働いていたのだが、生憎任務で負った怪我のため俺は退団した。


 その後、騎士団に戻って働くという道もあったんだが、元々宮仕えは苦手なのと、自由が好きなのもあって俺は冒険者に鞍替えした。

 騎士団時代の訓練や体力作りのおかげか、年齢としては割と上になってからのデビューだったが着々とクラスを上げ、Aクラスまで上がることが出来たんだ。


 引退してからはギルド職員として働いて、新しい冒険者や子供冒険者たちを訓練する日々。

 それと、Dクラスに上がろうとする、力自慢の馬鹿共の鼻っ柱をたたき折る役目もしている。


 そんな感じで日々を過ごしていたのだが。

 あるときギルドマスターから呼び出されて、「明日来る二人の冒険者の戦闘力試験を行ってくれ」と言われた。


 まあ、これはDクラスに上がるやつが受ける「洗礼」ってやつで、鼻っ柱をたたき折るための試験……いや、試練だ。

 俺が元Aクラスということを隠して戦って、徹底的に、そしてトラウマにならない程度に叩く。

 そうすると、真面目に強くなろうとするやつは伸びるし、根性のないやつは辞めていく。


 はずだったんだがな……


 逆に俺が心折られそうだった。


 最初の一人は、まだ一人前になる前の少年。

 立ち振る舞いが立派だが……選んだのは細身の剣、つまり力はそうでもないということだ。

 もしかしたら貴族のボンボンかもしれない。形だけの剣術をしているやつかな。


 二人目は狐人族の美少女。ちょっと喋り方は古風だが、弓も使えるらしい。

 こいつは細剣を選んでいた。

 しかし……あんな重いものを2つもぶら下げて、細剣のスピードは生かせないんじゃなかろうか。


 結果から言うと、ボロ負け。

 一人目の少年は、俺の渾身の初撃を手で逸らしてから斬りつけてくるわ、飛ばしたと思ったら手応えはないわ、そう思ったら距離詰めてきて潜り込んでくるわ……


 あいつ本当にEクラスか? 年齢誤魔化してるんじゃ……


 ギリギリ最後の一撃が届く前に合格を告げたから問題なかったが、あのままだったら俺気絶してたと思う。


 二人目? あれはもう分からん。

 気付いたら喉に剣先があったからな……


 そういえばあの後、周りの女冒険者から微妙な視線を受けたんだが……

 俺なんかしたか?

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