第1章:昇格試験

第8話:対面と依頼

「ようこそレオニス君。私がギルドマスターのデニス・ハニッシュだ」

「初めまして、レオニス――いえ、レオニス・ペンドラゴンと申します」


 俺は今、このヴェステンブリッグの冒険者ギルドマスターの前に立っている。

 ギルドマスターというのは、その名の通り冒険者ギルドのトップ。

 基本的に国を超えた集まりである冒険者ギルドを統括するというのは、相応の実力を持つということになる。


 特に、このヴェステンブリッグは辺境。冒険者ギルドの重要性は高く、経済の一端を担うという意味でも、防衛戦力としても冒険者というのは重要だ。

 そのトップである以上、立場も高く、ギルドマスターというのは領主とも真っ向から話し合える立場なのだ。


 普通ギルドマスターと対面するというのはあり得ず、余程高クラスの冒険者が直接指名依頼を受けたりするときに呼ばれる程度だろう。


 俺みたいに子供冒険者が会うというのは、ほぼあり得ないと言っても良い。


「いや、そんなに固くならないで欲しい。さ、座りたまえ。お茶を準備している」

「ありがとうございます」


 しかし、わざわざお茶まで準備するというのは珍しい。

 普通、単なる報告程度であれば立って報告するものだし、お茶を出すというのはそれなりに時間を取ることの証し。

 おっと、その前に……


「ギルドマスター、私のパートナーを紹介いたします。彼女はプエラリフィア。私の師匠でもあり、良き友人です」

「お初にお目に掛かる、妾はプエラリフィア。レオニスの師であり、パートナーでもある。今後ともよしなに頼むぞ」

「これはこれはご丁寧に。ギルドマスターのデニス・ハニッシュです。どうぞお座りください」


 面白いことに、ギルドマスターはフィアに対して敬語を使った。

 もしかしたら、雰囲気から何かを悟ったのかもしれない。


 二人でソファーにかけると、ちょうどのタイミングでお茶が運ばれてきた。

 どうやら運んできたのはギルドマスターの秘書らしい。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「感謝する」


 カップを受け取り、口を付ける。

 いい茶葉を使っているようで、非常に香りがよい。

 秘書の紅茶の淹れ方も上手なのだろう、後味なども良く淹れられている。


 カップをソーサーに置くと、正面に座っていたギルドマスターが笑いながら話しかけてきた。


「……驚いたな。その歳でそこまでの作法を出来るとは」

「……何のことでしょうか」


 いきなり切り出してきたのがこの話題か。

 どうも俺は試されていたらしいな。


「いえ、最初の挨拶から、紅茶を口に付けるまでの流れ、紅茶に対する反応……すべてが洗練されており、自然だ」

「それは、両親に感謝しませんと。そう言っていただけるならば、親が褒められているようで嬉しいですな」

「いえ、それも君の努力次第ですから……」


 おや、敬語で話しかけてきている。

 もしかすると……という予想から言葉を変えてきているのだろうか。


 その様子を見ながら、俺はソーサーをテーブルに置いた。

 するとそれを見ながら、軽くギルドマスターが息を吐いたのが分かった。


「……あまり他の話をしていても時間が勿体ないですね。早速話を聞くことにしましょうか」

「ええ、そうですね……どこから話したものか」


 それから、1時間ほどをかけてダンジョンでの出来事、キラーウルフについて話していく。

 フィアとの出会いに関しては、落下した後に魔法陣があり、よく分からない森に飛ばされたということにした。


 そこで世捨て人のようにして住んでいたフィアと出会い、戦い方や魔力の使い方などを学び、一区切り付いたので一緒に戻って来た、と説明したのである。


 本当は問題だが、旧世界の遺跡など様々なものについては伏せる方向にした。

 なにせ、その場所に行けるのが俺とフィアだけなのだから、どう頑張ったところで意味が無い。


 それでカバーストーリーを作り、それを真実とすることにしたのだった。


 * * *


「なるほど……ではプエラリフィアさんも冒険者に?」

「うむ。折角じゃからレオニスと一緒に行動しようと思うておる。そのためには冒険者が一番いいじゃろ?」

「確かにその通りです。しかし、そうなると最初のFクラスからになりますが……」

「どうしたのじゃ?」


 少しギルドマスターが躊躇いがちに言葉を濁した。

 もし戦闘力が高いのであれば、Fクラスからというのは勿体ない。

 実際、必要な試験を通過すればDクラススタートという方法もある。


「いえ……少し、レオニス君の戦闘力を見たいと思っておりまして。なにせキラーウルフを討伐出来るくらいですから……もしよろしければその時一緒に戦闘スキルを見せていただけませんか?」

「ふむ……それのメリットは?」

「もし、十分な戦闘力があると分かれば、お二人をDクラス冒険者として認めます。もちろん、Dクラス昇格後、一つの依頼を受けていただいて正式に……とはなりますが」


 その言葉を聞いたフィアは俺に顔を向けてきた。


 条件として問題は無いだろう。

 ただ、一応これは聞いておくことにする。


「昇格後の依頼は……討伐依頼ですね? 盗賊の」

「その通りです。『人を手にかける』、それが出来るかを見せていただきます」


 Dクラスになれば、護衛任務が含まれるようになり、それは時として人を殺す可能性があるということだ。

 人を殺す経験がなければ、実際にその状況に直面した際に躊躇ったり、尻込みすることで護衛対象を危険にさらすかも知れない。


 そのため、実際に一度体験させるというのがこのDクラス最初の依頼の目的である。


「ふむ……捕縛ではなく、殺すのじゃな? まあ、必要なことじゃの」

「プエラリフィアさんは問題ないようですね……レオニス君はいかがですか?」

「問題ありません」


 なんとなくだが、前世の時の常識というのは知識としては残っていても、俺に影響を及ぼすルールにはなっていないと感じる。

 これまでに人を手にかけた経験は無いが、恐らく問題ないだろう。


「では、決まりですね。よろしければ明日、戦闘力の確認をさせていただきます。武器はこちらで準備しますので」

「うむ、承知した。よろしく頼むぞ、ハニッシュ殿」

「ええ、もちろんです。それと、『ハニッシュ殿』は固いですから、普通にデニスとお呼びください」

「立場ある者は然るべき敬意を受けるべきじゃ。デニス殿」

「……これは手厳しい」


 ギルドマスターは少しでもフィアと近付きたいと思ったのだろう、名前で呼ぶようにと言ったが軽くいなされていた。


「ではギルドマスター、ここで失礼いたします」

「はい……レオニス君も、今後ともよろしくお願いします」


 ギルドマスターの言葉には特に返事せず、軽く会釈して俺たちは執務室を出た。



 * * *


 ――デニス――


 二人が出て行ったあと、私はそれまで座っていたソファーに倒れ込むように腰掛けた。

 既に二人の気配は外に出て行っており、近くにいるわけではない。


 ――寿命が縮まるかと思った。


 レオニス少年については、実は前から目を付けていた。

 10歳の時に突然この都市に現れた少年。

 冒険者としての力はそれなり程度だったが、立ち振る舞いや仕草が普通ではなかった。


 基本彼はソロだが、仮パーティを組むこともあり、その時にはパーティのブレインとしてサポートしつつ動いていた。

 実際、彼がEクラスに上がったのは非常に早かった。その恩恵を受けたパーティも多く、子供冒険者たちの間では良く知られていた。

 しかも、彼と行動を共にしたあとの少年少女たちも成長しており、態度であったり考え方が非常に現実的になっていたのだ。


 それらの少年少女たちと組んだ大人たちがとても驚いていたのもよく聞こえており、ギルドとしても注目していたのは事実。


 だが、どうも彼は周りと一定の距離を置いており、どこかのパーティに正式に入る事も、友人を作ることも無かった。

 それ故心配していたところで、今回の件である。


 もちろん、彼があの子・・・を救ってくれたことにはギルドとしても個人としても非常に感謝していたが、それでも行方不明になったと聞いて非常に後悔していた。


 しかし、彼は戻ってきた。

 それも、以前の雰囲気とはまるで変わり、余裕と、それによって覆われた秘められた実力を感じさせる雰囲気に変化していた。

 まるで、竜を目の前にしたときのような雰囲気というだろうか。


 はっきり言って、もし彼に不都合なことを言ってしまい彼がキレてしまえば、私は瞬間的に殺されていただろう。

 元Aクラスの私がそう思うほどの風格だった。


 そして、その雰囲気の変化の原因となった彼女。

 プエラリフィアと名乗る狐人族の……少女? だったが、別の方向で凄まじい風格だった。


 なんというか、深淵を覗くような、聖樹を見上げるような、そんな雰囲気を感じ取った。

 とにかく二人と敵対しないこと、それを私は心に誓ったのだった。


「大丈夫ですか、デニス?」

「ああ……大丈夫だ」


 気付かなかったが、秘書が側に来ていたらしい。

 彼女に声をかけられ、私は冷めた紅茶に口を付ける。


「……彼はどうですか?」

「そうだね……」


 秘書は、この都市の領主との繋がりもある。

 領主の一族のうちの一人で、幼馴染みでもある。


 そんな彼女の質問に対して、なんと答えようかと考え、私は口を開いた。


「……礼儀正しく、貴族相手でも問題ない。ただ、間違っても敵対はしないことだね」


 彼の礼儀正しさは、単なる付け焼き刃のものではない。

 自然に動くほどに、それが自分の一つになるほどに仕上げられたものだ。


 だが、同時に相当の実力者。

 だから、敵対だけは避けたい。


「それに、多分だけど……」


 彼の仕草は、明らかに中央の貴族に似ている。

 本人は気付いていないのかも知れないけれど、彼は相当良い家の出のはずだ。


 でも、銀髪というのは無いな……あの翠色の目はどこかで……


 しかし、どんなに考えても思い出せず。


「『多分』?」

「……いや、何でもないよ」


 私はそう言葉を締めくくり、執務机について仕事の続きをするのであった。



 * * *


「はっくしょん!」

「な、なんじゃいきなり!?」


 いきなり鼻がむず痒くなり、俺は街のど真ん中で盛大なくしゃみをしてしまう。

 だれか、俺のことを噂しているな?


「すまん、大丈夫だ」

「ふむ、気を付けるに越したことはないぞ」


 こういうところ、姉みたいな雰囲気のフィア。

 間違っても、「お母さん」なんて言わないことだ。それを言ってしまえば……


「……レオニス?」

「ん?」

「……(無言でつねる)」

「痛い痛い痛い!」

「ふんっ!」


 こうなります。


 さて、ギルドから出た俺たちは現在、名字追加の手続きも終えてぶらぶら散策中。

 一応今日だけフィアには俺の宿舎で泊まってもらうことになったので、現在は屋台を見て回ったり、道具屋を冷やかしたりしながら街を歩いていた。


「しかし、やはり外は面白いのう!」

「……そうだな」

「かつても楽しかったが、こういう人が生きることに一生懸命なのはいいぞ。本当に生きている証しじゃ」

「なんか、昔はそうでもなかったみたいな言い方だな」


 フィアの言い方はまるで、旧世界では一生懸命でなかったような言い方だ。


「それはそうじゃ。人の根幹、アストラル体にまで手を伸ばした技術は、病気も命も、すべてを自由に思うがままにするものじゃった。じゃが、故に人は緩慢で、考えることを必要としなくなったような惰性の生き方をしておったのじゃ」

「……便利すぎるが故の弊害か」

「うむ。そう考えると、旧世界の滅亡はある意味、世界の自浄作用だったのかもしれんのう……」


 あまりにも進みすぎて、それ以上の進化や発見を失った世界。

 それは究極でありながらも、先のない世界だったのだろう。


 そのため人も一生懸命さを失い、なんとなく生きていたのかも知れない。


「ま、今となっては分からんがな!」

「それは学者にでもお願いしておこうか」

「ふふっ……そうじゃの」


 そんなたわいもない話をしつつ、俺たちは歩いて行く。


 と……


「おい、お前」


 後ろから声がかけられた。

 どうも装備からするに同業のようだ。


 同じような姿の男があと4人いる。


「何か?」

「てめぇ……何様のつもりだ? あぁん?」


 いかにもチンピラらしき連中に、俺は絡まれたのだった。

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