第7話:帰還
「さて、そんなわけでレオニスよ」
「なんだフィア?」
「そろそろ外に出ようかのう」
「確かに」
あれから1週間。
俺はフィアからの指導を受け、とある魔術の作成を行った。
ちなみに、俺はフィアから教わる正しい魔法を、旧世界と同じく【魔術】と呼ぶことにした。
本当の魔術は、それこそ複雑な式を組み合わせ、プログラムした「術」と呼ぶにふさわしいものだ。
そのため、実際に式を組んで作成したものは、魔法ではなく魔術と呼ぶことにしたのである。
「しかし、この式はよく出来ておるの」
「だろう?」
「流石は転生者じゃな」
* * *
彼女がなぜこのことを知っているのか。
それは、フィアからの指導を受けるに当たって、俺の本当の事情を伝えることにしたからである。
それは自分の出自だけではなく、前世の記憶についても含めてであり、掻い摘んでではあったが大体のことは伝えた。
彼女は相当驚くだろうなと期待していたのだが……
『ふむ、なるほど【転生】か……まあ、薄々感じておったよ』
これである。
実は旧世界には、それこそ地球から転移したり転生したものは多かったらしい。
それらの人物は普通に旧世界で生活して、人生を楽しんで亡くなっていったそうだ。
『普通に転生者や転移者の子孫はおったからのう……』
そのようなわけで、特に問題なく受け入れられ、逆に元々大人だったということでかなり訓練が厳しくなったのだが……
さて、その中で作成したのが【マジック・レイ】というものだ。
これは属性を持たない純粋な魔力を用いた攻撃魔術で、フィアの知識にあった【コヒーレンス】という術式をベースに改良を施したものである。
簡単に言うと、魔力ビームを発射させるというものなのだが、エーテルを用いることでかなりの出力を持たせることも出来るかなり危ない術式でもある。
魔術を組むにはまず術式を組むのだが、それだけでは終わらない。術式を組むのだって膨大な作業が必要だが、更なる行程が必要である。
それが術式を魔力で発動させるための、いわばコンパイルが必要なのである。それは【魔法陣化】と呼ばれる作業で、手作業でも出来なくはないが複雑な術式になるとものすごく面倒な作業である。
そしてそれが終われば、今度は自分のアストラル体に【インストール】する。
だがあいにく容量の限度があるため、基本的に旧世界の魔術師は記憶媒体である本――【魔導書】を作るのである。
ちなみに術式を組む際、この【マジック・レイ】の式は旧世界の魔術をベースとするので、魔法陣化が自力で出来るものではなかった。
そのため、これはフィアが魔法陣化させることになったのである。
『そうじゃった……魔法陣化をするには専用の装備が必要じゃった……なぜか妾は出来るのじゃが。不思議じゃのう』
本人でもなぜかということは分からないらしいが、彼女は自分で魔法陣を組める。
だが、普通【全属性】持ちは専用の装備で魔法陣化させるのだそうだ。
『で、その装備というのはなんだ?』
『魔導書……それも【グリモワール・カルクラ】と呼ばれる特別なものじゃ。すでに完成された魔導書で、決まった術式で組まれておる。もちろんそれ以外にも【マギ・カリキュレータ】と呼ばれるものもあるのじゃが、これは基本的に大きな装置でのう……持ち運びは出来ん』
『なら、魔導書探しが早いか……』
『そうじゃな……すまんレオニス、これは妾の失態じゃ……』
【全属性】の継承のために作った研究所なのに、術式を組むために必要なものを一つも残していなかったということが堪えたらしい。
かなりフィアはしょげていた。だから寝るときにひたすら撫でてモフって慰めたのである。ごちそうさま。
持ち直したフィアは、魔導書が見つかるまで魔法陣化を手伝う、と約束してくれたのである。
彼女は元々、外を少しは見たとしてもここで生活するつもりだったそうだ。
だが、このまま研究所にいるのではなく、俺と共に外に出て一緒に活動する、と決めたそうだ。
『せっかくヤツの末裔に会えたのじゃ。共に冒険するのも悪くはないな』
『本当か? それならすごく心強いな、嬉しいよ』
『……ばかもの』
という調子であったのだが、実際には尻尾が中々の勢いで振れていたので、喜んでいるのは間違いない。
* * *
さて、そんな俺たちは現在、出発のための準備をしている。
「レオニス、お主はどれを着る予定じゃ?」
「その黒いタートルネックとプレート、その上から深紅のコートにする」
「ふむ、渋めの色じゃな。なら妾はどうするか……赤と青ならどっちが好きじゃ?」
「赤も好きだが、こっちの紫の方が似合わないか?」
「派手じゃろ……」
「なら、青だな」
こんな感じで服を選んだり……
「流石に魔術以外の攻撃方法考えておかないとな」
「ふむ……なら妾は弓じゃ」
「いいなそれ……お、俺はこれが良いな」
「
「え、格好いいじゃないか」
「……吸血鬼狩りでもするのかえ?」
「どちらかといえば化け物相手の神父様……」
「どっちもどっちじゃな……」
今使っている得意な武器以外の武器を見繕ったり……
「この本と、これもいるな……あとこれ」
「ここには簡単に転移できるようにしておくぞ?」
「いや、これは貴重な資料としてな……」
「なら、【インベントリ】をインストールしておくかのう……」
結局、持ち帰るものが大量になったために新しい魔術をインストールしてもらったりしていた。
新しい魔術は【インベントリ】。亜空間に物体を収納する魔術だ。
いわゆる【アイテムボックス】なのだが、容量が比べものにならないくらい大きいのと、その中で調合したりだとか様々な作業が出来るというのが非常に特殊な魔術である。
「これは妾が開発したものじゃからな……お主にも入れておかんと勿体ない……」
「これ、なんてチート魔術?」
「そうか? インベントリは基本的に物体を圧縮情報化されたデータとするものじゃ。データである以上、操作は簡単じゃろ?」
「それ、俺の頭パンクするんじゃないか?」
「いや、そこはきちんと魔術式内でクリアしとる」
彼女曰く、高等術式はアストラル体で演算させることがほぼ不可能なため、演算のための術式も含めて組むそうだ。
その分容量が重くなる気がするが、それは許容範囲に抑えられているそうだ。
「旧世界では、【インベントリ】ほど便利ではないが、【亜空庫】の魔術は一般的でのう。魔術師なら使えるものだったのじゃ。普通、魔術師はこれともう一つなにか魔術をアストラル体にインストールして、他のは全部魔導書に入れておくのが普通じゃったよ」
つまり簡単に言うと、『どうせ2個分の容量しか使ってないんだから心配すんな』ということだろう。
そのようなわけで、俺は現在、【マジック・レイ】【インベントリ】の魔術をアストラル体にインストールした状態である。
なんとなく、この時代の人間をかなりブッチしている気がするのだが……気にしたら負けなのだろう。
「さ、そろそろ行くかのう」
「ああ、そうだな。しかし、まさか出口がここだとは……」
現在俺たちが立っているのは、フィアが封印されていた場所。
ちょうど封印の台座の下に、出口の魔法陣が存在していた。
魔法陣は、青や紫に色を変化させながらそこに存在している。
この上に乗ると、自動的に転移させられるらしい。
「じゃあいくか、師匠」
「うむ、行こうかの、愛弟子よ」
そうして俺とフィアは、その場所から消えた。
* * *
「で、転移した場所がここか……」
「うむ。ここなら出てきてもばれにくいじゃろ?」
俺とフィアが出てきたのは、ちょうどダンジョンから入って影になった場所。
普通に見過ごすようなところである。
「確かに、ここに出れば他のダンジョンに入っている連中に混じって出口にでられるな」
「その通りじゃ」
ちょうどダンジョンには誰もおらず、そのまま出口を出た。
すると、ちょうど出口のところに立っていたギルド職員と目が合う。
「ん? お前……!?」
「あ、ビクトルさんじゃないですか」
ビクトルさんは40代後半のギルド職員。
元Bクラス冒険者で、現在はダンジョンに出入りする冒険者のチェックを行っている。
そんなビクトルさんが、俺を見て固まっている。
「お前……生きていたのか……!」
「ええ……無事ですが……」
そう言って俺を抱きしめてきた。
というか、ビクトルさんは体格が良く、上背もあるマッチョなので、最早抱き潰すと言わんばかりである。
「ちょっ、締まる締まる!」
「この……馬鹿野郎……! 2週間近く経ってんだぞ! みんな心配して……」
なんというか、熱い男なので俺が無事に戻ってきたことに感極まって涙を流してくれている。
本当に心配かけたんだな……申し訳ない。
というか、そんなに経過していたのか。そりゃあ心配もするわな。
「……すみません、ビクトルさん。また会えて良かったです」
「おう……! ……っとと、悪いなお嬢さん……」
男臭い笑顔を浮かべながら頷くビクトルさん。
だが、俺の隣のフィアを見て、口を開いたまま固まった。
「……おい、レオニス」
「はい?」
「……これ、誰だ?」
なんというか、頭が働いていないらしい。
言葉も怪しいし、何よりいい大人が顔を真っ赤にしている。
言葉を選んで言ったとして、気持ち悪い。
「ああ、紹介していませんでしたね。彼女はプエラリフィア。色々あって出会った、俺の師匠であり、パートナーです」
「うむ。レオニスの永遠のパートナー、プエラリフィアじゃ。よろしく頼むぞ、ビクトル殿」
「あ、はい……よろしく」
完全にフリーズしているビクトルさんなので肩を揺らすとやっと復帰したようだ。
ハッとした表情で、「と、というわけで、無事帰って、来てるんだから、報告しに行け!」としどろもどろになりながら話してきたので言われた通りにすることにした。
ダンジョンから冒険者ギルドへの道すがら。
「レオニスよ」
「うん?」
「……あの男、どうしたのじゃ? 大丈夫かの、頭」
そんな事をフィアから尋ねられた俺だったが、
「……うーむ」
それに対して「大丈夫」と断言することは出来なかった。
「あ、というかフィア、お前『永遠のパートナー』って……」
「そ、それは突っ込まないで欲しいんじゃ!」
「ま、俺はそのつもりだけど」
「むぅ……」
フィアがちっちゃく俺の小指を握ってきたので、俺はしっかりとフィアの手を握り直してから、二人でギルドへの道を歩いて行ったのであった。
* * *
「れ、レオニスくん! 無事だったんですか!?」
「あ、ああ」
いきなり飛び出してきた冒険者ギルドの受付嬢の気迫に、俺は思わずのけぞった。
しかし、ここまで心配されていたとは……
「意外そうな顔をしておるの、レオニスよ」
「ああ……流石にな……大体俺そんなに他の人と絡んでいなかったし……」
「ふふっ……そういうところもそっくりじゃ」
ああ、ご先祖様にか?
そんなに似ていたのだろうか。
「って! 誰ですかその人! なんかレオニスくんに近すぎませんか!?」
「……あ~、落ち着け。彼女は俺のパートナーだ。それに……周りが見てるぞ?」
「ぱ、パートナー……あ」
あまりにも興奮しすぎた彼女は、かなり大きな声で喋っていたため周りからの注目を受けていた。
というか、「あの野郎、キャシーちゃんをあんなに心配させやがって……」とか「そのくせに他の女を連れ込むとか……万死」という鬼みたいな形相の野郎共もいるんだが。
『キャシーちゃん』? ああ、この受付嬢のことか。
そんな周りの視線に気付いたのか、受付嬢は慌てて俺に頭を下げてきた。
勢いで、髪がものすごく荒ぶっている。
「す、すみましぇん!」
あ、噛んだ。
「……それで、ですね。レオニスくんには当時の状況を聞きたいとギルドマスターが仰っていまして、もし戻って来たら呼ぶようにと言われているんですが」
「そうだな……ああ、構わない。その際には彼女も一緒だがいいか?」
「え、ええ。ですが……」
そう言いながら、少し躊躇いがちにフィアに視線を向ける受付嬢。
「うむ、妾はプエラリフィアと申す。レオニスの事情を話すには、妾も関係しておってな。よろしく頼むぞ」
「プエラリフィアさん、ですね。分かりました、ギルドマスターにはそのようにお伝えします」
「フィア、ついでだから冒険者登録をしたらどうだ?」
今後行動を共にするのであれば、彼女も冒険者の方が都合が良いだろう。
そう思い、俺はフィアに提案した。
「ふむ、確かにそうじゃの。お願いしてもよいか?」
「は、はい……ではこちらに……」
そのままフィアは隣のカウンターに向かい、登録を始めた。
登録は別の受付嬢が対応しているらしい。
恐らくキャシーさんは上のギルドマスターのところに……
「ぐえっ」
「よー、レオニス。無事帰ってきたついでに何してたか聞かせてもらおうか……」
そう言って後ろから俺の首に腕を巻き付けてきた冒険者。
「……ゲッツさん、少し緩めてもらって良いですか? 俺じゃなければ首が折れます」
「そんなひよっ子共にこんなことするかよ……さ、座れや」
そうして俺はむさい男連中が座るテーブルに連行されるのであった。
* * *
「レオニスくん、ギルドマスターが呼んで……って、ゲッツさん何しているんですか?」
「お、おお、キャシーちゃんじゃないか……いや、色々事情をね、お兄さんたちが……」
数分後。
キャシーさんが俺の連行されたテーブルにやってきた。
というかゲッツさんは事情を聞いているというか、尋問をしてきたな。
それに、あんたは最早お兄さんという年ではなかろうに。たしかもうすぐ30だろう?
「本当ですか? レオニスくん、何かされなかった?」
「ええ、別になにも」
俺に話が振られたのを見て、一瞬慌てた表情の野郎ズだったが、俺が特に何もないといったことでホッと溜息を吐いていた。
「(一つ貸しです)」
「げっ」
俺がぼそっと呟いた言葉に素で「げっ」と言ったため、キャシーさんが振り向いた。
「『げっ』?」
「「「いや、何でもない」」」
君らそういうところ本当に仲いいよね。
他の3人が異口同音に言葉を揃えた。
「では行きますよ。プエラリフィアさんの登録も終わりましたが、カードは現在発行中なので、話が終わったらカウンターで受け取ってくださいね」
「うむ、承知した」
ちょうどフィアも揃い、共にギルドマスターの部屋がある2階に上がる。
「ギルドマスター、レオニスさんをお連れしました」
『ああ、入ってくれ』
ギルドマスターに会うのは初めてだ。
普通、そうそうギルドマスターと会うことはないからな。
声からすると男性だろう。
そんな事を考えつつ、開けられた扉を通り、部屋に入る。
そこは10畳くらいの広さの部屋で、ちらと見ただけでも本棚が壁一面にあり、逆の側には棚に収められた魔道具が見える。
そして中央の応接用のソファーと、その奥に見える執務机。
その執務机に置かれた書類の塔の間に見えるのが、ギルドマスターのようだ。
年の頃は50代。短く切った緑色の髪をオールバックにしており、体格は細身に見えるが、その眼光の鋭さや手の甲に浮き出た血管を見るに、相当な実力者だろう。
それを柔らかな笑みでコーティングしているのが、逆に恐ろしく感じる。
そんな彼が机から立ち上がり、中央のソファーまで歩きながら口を開いた。
「ようこそレオニス君。私がギルドマスターのデニス・ハニッシュだ」
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